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天国

フローライト第百六話。

十一月に入ってから本格的に利成と朔の合作展の打ち合わせが始まった。利成が「美園も来れたらおいで」と言ったその打ち合わせは、黎花のサロンのようなところで行われた。


美園は時間より少し遅れてそこに到着した。仕事の合間をぬってきたのだ。それはやはり黎花がどんな女性か見て見たかったからだ。


ドアをノックするとドアがすぐに開いた。立っていたのは若い女性でおそらくスタッフの女性だろうと美園は思った。入り口にはいくつかの絵画が飾られていた。


「どうそ、お待ちしてました」と心なしかその女性がウキウキとしている。靴を脱いでから案内されて行った先には、テーブルを挟んで真ん中に女性と向かい合わせに利成と朔が座っていた。


美園を見ると「あ・・・」と女性がすぐに立ち上がって「美園ちゃん、ようこそ。あ、初めましてだね」と笑顔を作った。


(美人?・・・)


正直どっちなのかわからなかった。髪をアップにしてスーツを着こなしているけれど、どことなく弾けてるような?


「はじめまして」と美園は挨拶した。


「うん、いつも朔がお世話になってます」と笑顔を向けてくる。


(は?お世話?)


嫌味なのか何なのかわからない。


「美園ちゃんは、天城さんのお隣に座って。あ、美園ちゃんも天城さんだね」と言う黎花はあくまでもそつがない感じだった。


「じゃあ、今のトップアーティストの美園ちゃんも来たところで話を詰めようか?」


(トップアーテイスト?)


さっきのスタッフらしき女性が美園の前にお茶を置いて行った。それを目で確認してから黎花は続けた。


「テーマを決めてお互いお互いで描いたものと、一枚ほんとに合作する大作を創りたいなって話してたんだけど・・・美園ちゃんはどう思う?」


「私はあまり関係ないから・・・それでいいです」


「そう?関係ない?」


意味ありげに黎花が美園を見つめる。美園が黎花を見つめ返すと黎花が微笑んだ。


(ヤバい・・・マジに負けてる・・・)


「天城さんとの合作・・・油絵ですか?」と朔が聞く。


「そうだね。二人とも油絵が得意でしょ?」と黎花が朔と利成の方を見た。


「朔はどんなテーマで描きたい?」


黎花が楽しそうに言ってお茶を一口飲んだ。


「俺は・・・」と何故か朔が美園の方を見る。


「美園ちゃん?」と黎花が朔に言う。


「・・・あ、いえ・・・」と朔が顔を赤らめた。


(私?どういう意味?)と美園は朔を見てから利成の方を見た。


「美園の名前の意味、知ってる?」


突然利成が美園に聞いた。


「名前の意味?さあ?でも利成さんがつけてくれたって聞いたけど?」


「そうだよ。俺がつけたよ」と利成が言うと、朔が少し驚いた顔で利成の方を見た。


「じゃあ、どういう意味でつけたの?」と美園は聞いた。


「美しい園って何かわかる?」


「美しい園?んー・・・わかんない。何だか花畑みたいなイメージだけど」


「そうだよ。花畑だよ、そこから連想してごらん」


(連想・・・?)


「・・・天国?」と朔が言った。


利成がゆっくり朔の方を見てから微笑んだ。


「そうだね。美園は天国なんだよ。朔君にとってもそうだよね?」


「・・・はい・・・」と朔が答えている。


(は?意味がわからない)と、美園は二人を見比べた。


「そうか、天国ね!」と急に黎花が大きな声を出した。


「ありがちだけど、永遠な題材だね」と続けて黎花が言う。


「天国という発想があるから”地獄”が生まれるんだよ」


利成の言葉に黎花が利成の方を見て頷いた。


「合作は天国と地獄かな?それぞれ描くものは自分自身の天国と地獄がいいかな?」


黎花の言葉に「そうだね、いいかもね」と利成が言った。


 


それから三人で少し雑談をした。黎花が最近の利成の活動のことを聞いたり、明希の店について聞いた後、美園に「美園ちゃんの仕事はどう?」と聞いてきた。


「私?私は特に何も・・・」


「そうなの?今後はどんな感じで仕事していくの?」


「今まで通りです」


「今まで何でもがむしゃらにやってたでしょ?今後は少し絞っていくのかなって思ったの。違うんだ」


(あーいちいち勘に触るな・・・)と思いつつもその通りだから何も言えない。


「いえ、そのつもりです」


「あ、やっぱり?個人的にはあの美園ちゃんの写真集素晴らしかったから、また出して欲しいけどね」と黎花が微笑んだ。


(写真集?)


それは去年に出したものだ。嫌だったけど水着のショットもある。


「何で知ってるんですか?」


「え?だって朔が持ってるでしょ?」


黎花がそう言うと、朔が飲みかけていたお茶にむせた。利成がそれを見て「アハハ・・・」と笑った。


「朔、持ってるの?」と美園は聞いた。


「・・・うん・・・」と朔が赤くなってうつむいている。


「じゃあ、帰ったら見せて」


「ダメ」と速攻で朔が返事をした。


「何でよ?持ってるんでしょ?」


「持ってるけどダメ」とまた朔が言う。


「アハハ・・・美園ちゃん、朔ね、あれ見過ぎてぼろぼろにしちゃったのよ。特に水着写真はヤバいよ?」と黎花が笑った。


すると朔が「黎花さん!」と咎めるように黎花に言った。利成がまた爆笑している。


(朔・・・やっぱり思っててくれたんだ・・・じゃあ、何で連絡くれなかったんだろう?)


そんな疑問が残るけれど・・・きっと色々な思いが朔にあって連絡できなかったんだろうなと思う。


 


美園はまだ仕事があったので途中で抜けた。黎花が玄関まで送ってきて言った。


「美園ちゃん、最近朔はどう?落ち着いてる?」


「・・・落ち着いてるがどういう状態なのかわかりません」


「んー・・・そうだね。落ち着いてないと、描いた絵を破ったり、食べたものを吐いたり、自分の膝を叩いたり・・・色んな状態になるかな?もし、そんな感じになったらね、小さな赤ちゃんだと思ってあげて」


「・・・わかりました」


「あ、一緒にお風呂に入ってあげるとね、かなり落ち着くみたい。たまにしてあげて」


「・・・わかりました」


「あまりひどい時は連れてきて。薬とかもあるし・・・」


「薬?」


「一年くらいは心療内科に通ってたのよ」


「そうなんですか?」と美園は驚いた。朔は何も言ってなかった。


「そうなの。でもね、薬は良くないからね、今はやめてるの」


「・・・・・・」


「美園ちゃんとまた会えて、朔、かなり明るくなったよ。それはほんとに良かったんだけど、美園ちゃんの重荷にならないかちょっと不安なの」


「・・・・・・」


「だから何かあったらいつでも連れてきて」


「・・・・・・」


 


タクシーで仕事場に戻りながら美園は黎花の言葉を考えた。


──  あまりひどい時は連れてきて。薬とかもあるし・・・ 。


(朔、何にも言ってくれないんだから・・・)


美園は黎花が朔のことを何でも知ってるかのように言うところに苛立ってしまう。


(あーこの感情、厄介だな・・・)


嫉妬心が冷静な判断を奪う。とにかく仕事を少しずつ整理して、朔をサポートできるゆとりを作ろう。美園はそう思った。


 


それから引っ越しをしたり、車を買ったり、美園は色々忙しく動いた。マネージャーさんはもしかして気づいているのかもしれなかったが、そうだとしたら黙認しているようだった。


朔と利成の合作をどこで描こうかということになった。始め黎花が自分のアトリエを解放するといったが、そこは出入りもあるし色々不便なので、利成が自宅のアトリエでやるという話になった。ただし、描きだすのは年明けからということになった。それまで何作かは自分自身でも描き下ろしたいという利成の意向だった。


引っ越しは咲良と奏空も手伝ってくれた。朔の絵画もあるし、実は新しいマンションにはピアノも入れたかった。けれど防音などはしっかりしているマンションだったが、ピアノとなるとどうだろうということになった。結局電子ピアノを購入した。曲を作るのにやはりピアノが美園には合っていた。今までは利成のところまで行って弾いていたのだ。


朔のアトリエは広めで寝室のすぐ隣の部屋にした。美園は始め寝室の場所にした部屋の方が日当たりがよかったのでそっちにしたら?と言ったのだが、朔があまり日が当たらない方が絵の保管にも描くにもいいというのでそうした。


夜はゆっくり食べたいでしょ?と、咲良が手作りで料理してくれた。確かに外食は美園にとっても奏空にとってもゆっくりできない。


「じゃあ、引っ越しと二人の新しい出発に乾杯!」と咲良が缶ビールをそのまま掲げた。奏空は車で来てるのでジュースを掲げた。


「朔君、利成との合作、楽しみにしてるね」と咲良が言う。


「はい、ありがとうございます」と朔が頭を軽く下げた。


「あ、もう敬語なんていいよ。普通に話してよ」と咲良が微笑む。


「美園は何?何とか賞もらえそう?」と咲良が聞く。


「そんなの貰えないよ」と美園は料理を口に入れた。


「えー奏空のグループは何だかいっぱいもらってるじゃない?それに年末は紅白だし」


「あー私はそんなのいらないし、大晦日は休みたい」


「相変わらず欲がないこと」と咲良が少し呆れたように言った。


「美園、大晦日は休めるの?」と朔が聞いてきた。


「多分、休めるよ」


「そうなんだ」と朔が嬉しそうにした。


「朔君、前より元気そうだね」と奏空が笑顔を向けると、朔は「はい・・・」と照れくさそうにした。


咲良と奏空を見送りに朔と表まで行った。もう十二月、風は冷たかった。


「美園、しょっちゅう朔君と来てよ」と咲良が言う。


「わかった」


「朔君も来てよ」と咲良が笑顔を朔に向ける。朔が「はい・・・」と照れくさそうに頭を下げた。


「じゃあ、朔君、利成さんとの合作、頑張ってね」と奏空が言い、二人は車に乗り込んだ。


二人を見送ってから朔と部屋に戻ると、何だか急に寂しくなった。


(やだな・・・気弱になってる、私)


今まで”寂しい”なんて奏空や咲良がいなくたって思ったことはなかったのに・・・。


(しっかりしろ、美園。あの黎花に負けてるぞ)と美園は自分に心の中で叱咤した。


「美園・・・お風呂入る?」


朔が洗面所の方をのぞきながら言った。


「入るけど、シャワーでいいよ」


「・・・お風呂入ろうよ」と朔が言う。


「いいよ、お湯入れても」


朔が一緒に入りたがってるんだとわかってはいたが、気づかない振りをした。何だか一人でゆっくりしたかったのだ。


「・・・一緒に入ろう」と朔がしびれを切らしたように言った。


──  一緒にお風呂に入ってあげるとね、かなり落ち着くみたい。たまにしてあげて・・・。


(黎花さんは毎回要求に答えてたのかな・・・?それとも自分からそうしてあげてたんだろうか?)


美園が黙っていると「ダメならいいよ」と朔が言って一人で洗面所の方に行った。美園はその後を追いかけて浴室を開けている朔に言った。


「浴槽洗わないと・・・一緒に入ろう」


「・・・・・・」


「朔、よけて。私が洗うから」


「いいよ、俺が洗う」と朔が美園を突き放すような言い方で言った。


(あー・・・機嫌損ねちゃったか・・・)


もし、毎回朔につきあってあげてたんだとしたら、確かにあの黎花はすごいと思った。


(でも、負けてられないよね)


美園はそう思って自分にまた喝を入れた。


「朔、じゃあ、洗ったらお湯いれて。一緒に入るから」


「洗うものがないよ」と朔が言う。


「あ、そうか・・・スポンジもないし・・・じゃあ、まあ、シャワーですすぐだけでいいよ。ここ新築だし」


「うん」と朔がシャワーを出している。美園がリビングに戻って新しいソファに座り、スマホで明日のスケジュールを確認していると、浴槽をすすぎ終わったらしき朔がリビングに戻って来た。


「お湯、入れてるよ」


「そう」


「何してるの?」と朔が隣に座ってきた。


「ん?明日のスケジュール」


「そうなんだ」


「あー明日テレビだった。面倒だな」


「何で面倒なの?」


「だって色々打ち合わせしてから出番まで暇なのよ」


「そうなんだ・・・」


ふと見ると、朔が膝を叩いている。


「朔、何か落ち着かないの?」


「うん・・・こんな広いところ住んだことないから」


確かにリビングは前のマンションの二倍の広さはあった。


「そっか、でもすぐ慣れるよ」


「うん・・・」


 


お湯が溜まってから朔とお風呂に入った。朔がもたもたと髪を洗っているので、美園は浴槽の中から「手伝おうか?」と言った。


「ん・・・」と朔が言う。


「何か髪伸びたんじゃない?床屋に行きなよ」


美園は朔の髪を洗いながら言った。


「うん・・・いつも行ってたところが遠くなったし・・・」


「そうか・・・じゃあ、新しいところ開拓しよう」


「ん・・・」


湯船に二人で入ると朔がまた胸を触ってくる。


(あー赤ちゃんか・・・ほんとにそうだ・・・)


でもそう言えば奏空も時々咲良に甘えてたな・・・。咲良も年上だし・・・男性はやっぱりそういう風に甘えたいところがあるのかもしれない。だとしたら、何も朔が特別だというわけでもなさそうだった。


「朔、絵、描けそう?」


美園は朔の手を撫でながら言った。


「・・・んー・・・描くよ」


「そう?他のイラストとかは?」


「それもやらないと・・・何か俺の描いたキャラを採用してくれるって会社があったって・・・」


「えっ?ほんと?」と美園は朔を振り返った。


「うん・・・」


「どんなキャラクターなの?」


「女の子の絵だよ」


「そうなんだ。すごいね」


「すごくないよ」


「すごいよ」


そうもう一度言うと朔が嬉しそうな顔をした。


「ん・・・ありがとう」


朔が背中から首すじに口づけてくる。そして「美園のおかげ・・・」と言った。


 


ベッドもダブルベッドを購入した。業者の人から朔のことがバレるかもしれないけれど、ま、いいやと美園は思う。元々芸能活動は朔のためにしていたようなものだ。奏空みたくアイドルなわけでもないし・・・と美園は思う。


ベッドに入ると朔がピッタリと美園に身体をくっつけてきた。


「ベッドも落ち着かない?」


「うん・・・」


「ま、引っ越しって最初は他人のうちにいるような感じだからね」


「うん・・・」


朔が美園の背中に回した腕に力をこめてくる。朔の湿った髪の毛からシャンプーの匂いがした。


「おやすみ」と美園は朔の髪をひと撫でした。


「・・・ん・・・おやすみ・・・」と朔が言う。


師走・・・次の日から朔も美園も仕事が忙しくなっていった。


 

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