時を紡ぐ剣の行方
物語は緋と血の魔神との戦いが中心となる。彼女は命を賭けた最後の一撃を繰り出し、魔神を討つことに成功するが、自らも限界を迎える。彼女は魔神から得た暗紅色の魔晶を仲間に託し、自身の存在が徐々に消えていく中、過去の記憶と向き合う。
過去編では、緋がかつて天才と称された「彼岸龍」の一族の一員でありながら、血の月の災厄によって全てを失ったことが明かされる。逃げ惑う中で辿り着いた洞窟で、謎の太刀と出会い、強大な力を得る代わりに龍鱗と右眼の色を失う契約を交わす。
この契約が彼女の運命を大きく狂わせ、現在の戦いへと繋がる要因となった。緋の覚悟と自己犠牲の裏に隠された過去と罪が、物語を通して明らかになっていく。
彼女の選択とその代償、仲間たちとの絆が描かれ、緋の戦いが果たして何をもたらすのかが問いかけられていた…
「これで終わりだ……」
緋の視界は一瞬揺らぎ、次に目を開けた時には巨大な魔物が彼女の足元に横たわっていた。その太刀に付着しているのは、決して魔物の血ではない。
――彼女の一族の血だった。
後ろを振り返ると、そこには生気を失った村の光景が広がっていた。無数の刀傷が刻まれた屍が並び、生き残りを探して奔走する彼女の耳に聞こえるのは、足音と自身の荒い息遣いだけだった。
だが、結果は変わらなかった。村には誰一人生存者はいない。
緋は荒廃した村の中心に立ち尽くしていた。赤黒い夕陽が瓦礫と屍を照らし、静寂が一層その悲惨さを際立たせている。
手に握られた「邪刀」は、鈍い光を放ちながら不気味な音を立てた。その音が緋の耳に響くたびに、頭の中で声が囁く。
「見るがいい、お前が望んだ力の代償を。」
「黙れ……」
緋は涙を堪えながら刀を地面に叩きつけた。しかし、いくら振り払おうとしても、手から離れることはなかった。それどころか、刀から流れ出る魔力がじわりと彼女の体に染み込み、まるで彼女自身の一部になろうとしているかのようだった。
「こんな力……いらなかった……!」
彼女の怒りと悲しみは、すぐに自分への怒りへと変わる。無力だった自分、そして力に頼った結果、守るべきものをすべて失った現実――それが胸を締め付けた。
ふと、崩れかけた村の片隅に目をやると、小さな木彫りの人形が転がっていた。それは、幼い頃、両親が彼女のために作ったものであり、今では風化し壊れかけていた。
緋は震える手でその人形を拾い上げ、壊れた部分を指でそっとなぞる。
「お父さん……お母さん……」
声にならない嗚咽が漏れる。彼女はその場に膝をつき、全身が震えるのを止めることができなかった。
――しかし、いつまでも泣いてはいられない。
緋は人形を外套の内側にそっとしまい込み、刀を拾い上げると、足元に転がる魔法書に目をやった。それを手に取ると、一度深く息を吸い込み、村の外へと足を進めた。
「これからは……罪を背負って生きていくしかない。」
振り返ることなく、彼女は生まれ故郷を後にした。その背中には、決意と後悔、そして孤独が重くのしかかっていた。
緋が村を背にして歩き出したとき、夕陽は彼女の影を長く引き伸ばしていた。足元の土は乾ききっており、裂けた大地が彼女の歩みを重く感じさせる。
「……守れなかった。」
彼女の心には重い罪悪感が渦巻いていた。背中の外套は戦いの傷で裂け、擦り切れている。だが、緋は振り返ることをしなかった。振り返れば、瓦礫と血の記憶が再び彼女を押し潰すことを知っていたからだ。
ふと、遠くの丘の上に一本の木が立っているのが目に入った。村を出るたびに目印として見ていたあの木だ。幼い頃、両親と一緒に遊び、初めて飛行術を練習した場所。
緋はふらつく足取りでその木へ向かった。枝の影はどこか安心感を与えるようだったが、木の根元に近づくと、そこに何かが刻まれていることに気づいた。
「――お父さんとお母さんへ」
それは幼い彼女が木に刻んだ言葉だった。その横には小さな手形が二つ、そして大きな手形が一つ残っている。緋はその跡を指でなぞりながら、記憶が鮮明に蘇るのを感じた。
「帰ってくるときは、強くなった自分を見せるんだって……そう思ってたのに。」
緋は木に背を預け、静かに目を閉じた。頬を一筋の涙が伝うが、彼女はそれを拭おうとはしなかった。
――そのとき、不意に「邪刀」が震えた。
「何を休んでいる?歩け。お前は生き延びるために、私を選んだのだろう?」
冷たい声が頭の中に響く。緋は目を開き、刀を見下ろした。
「……分かってる。だけど、もう少しだけ、ここにいさせて。」
その言葉に刀は静かになり、緋は短い休息を取ることを許された。
だが、心のどこかでは分かっていた。この旅の目的は赦しを得ることではなく、生き延びるために、さらに多くを犠牲にする道だということを――。
やがて彼女は立ち上がり、再び歩き出した。丘の頂を越えたその先には、これからの孤独で過酷な旅路が待っていた。
その後、長い孤独な旅が続いた。彼女は心の底からこの「邪刀」を忌み嫌ったが、生き延びるためにはその力を借りるしかなかった。
緋の放浪の旅は、暗蒼邪教に拾われたことで一旦終わりを迎える。彼らは彼女を神の代理人「エデタ」の信仰へと導こうとした。
緋自身はその教えに心から従うことはなかったが、生きるために彼らと行動を共にするようになる。
「これが走馬灯というものか……」
緋の意識は現在へと戻る。彼女は周囲を見渡し、皆が重傷を負いながらも生き延びていることを確認すると、緩く息をつき、眉間の皺を解いた。
「みんな、生きていてよかった……」
ふと空を見上げた彼女の目に、淡い青の渦が広がるのが映る。
渦の中心からは巨大な鎖で覆われた青い手が空間を引き裂くように現れた。そしてその中から、和服をまとい、背中に二対の虚ろな羽を持つ人影が降り立った。
その人物が地に足をつけた瞬間、周囲には時計の針のような「カチカチ」という規則的な音が響き渡る。
「……誰だ?」
陵はその人物を見つめ、彼女の姿からエデタに似た不思議な気配を感じ取った。
その瞬間、嵐の手にあった魔晶は一瞬にしてその女性の手に移動した。彼女は淡々と法杖を取り出し、その先端に装着された魔晶をゆっくりと回し始めた。魔晶が回転速度を増し、まるで残像となった瞬間、彼女は法杖を緋に向けた。
「時間よ、巻き戻れ。」
彼女がそう呟くと、緋の周囲には無数の細かい光の欠片が舞い始める。それに伴い、失われた四肢が再び形を取り戻していく。そして緋が目を開けたその刹那、彼女は魔晶を緋の体内へと深く打ち込んだ。
「目を覚ませ。」
緋の内なる世界――その中心で、謎の声が語りかけた。
「……どうやら、お前はその命を代償にするに値するものを手に入れたようだな。」
暗い空間の中、赤い瞳を持つその存在はワイングラスを揺らしながら、無感情な視線を緋に向けていた。彼が軽く力を込めると、手の中のグラスは粉々に砕け散る。
「まあいい。お前を信じてやろう。」
彼はそう言うと、立ち上がり、膝をつく緋の額にそっと指を当てた。
指先から流れ出た魔法陣が緋の意識へと刻み込まれると、彼女の視界は再び霞み始める。そして次に目を開けた時、緋は傷一つない状態でその場に横たわっていた。
「……私、これは……?」
「まだ寝てるのか?血の魔神の討伐は成功したのか?」
「すみません……神魄までは討ち取れませんでした……」
緋が立ち上がりながら答えると、視界が鮮明になった。彼女の目には再び色彩が宿り、失われていた鱗が身体を覆い、龍の翼も元通りになっていた。
「まあ、いいさ。勝敗は兵家の常だ。次で決着をつければいい。」
その女性は緋の頭を優しく撫でた後、ふらりと陵の元へと歩み寄った。だが次の瞬間、突然その場に倒れ込た。
「?!お、おおおおおおお嬢さん?!大丈夫ですか?」
「大丈夫だ。魔力の使い過ぎだ……それよりも……」
彼女が指を鳴らすと、陵と彼女の周囲が青い半透明の結界に包まれた。結界の外側では、他の者たちが一切動きを止めている。
「時間停止⁈」
「あなたやっぱり……」
「はぁ、暗蒼邪教の人だよ」
「って言うかお前……異世界から来た者だな?」
彼女は壁に寄りかかりながら、陰鬱な表情を浮かべた陵をじっと見つめた。
「私の目は誤魔化せないぞ……」




