崩壊の命と契約の刻印
暴動収束後、嵐と陽が楽しげに会話する中、陵は黙って後をついていく。嵐がカロストに名前を尋ねると「陵」と名乗り、会話が始まる。
嵐と陽の正体が気になった陵は、「暗蒼邪教」の一員ではないかと問いかける。嵐はその予想に驚きつつも、「暗蒼邪教」の正式な意味は「暗き中で蒼時を守り、邪悪を滅ぼす教団」だと明かし、自分たちは蒼時教の精鋭部隊だと説明する。さらに、入団の証である仮面は単なる装飾品ではなく、覚悟と烙印の象徴であることを語った。
嵐は「緋」という人物の話を始め、彼女が選んだ道とその代償について触れる。緋は一族や視力を失い、多くの力を犠牲にしてきたが、それでも全てを取り戻すにはさらなる代償が必要だと説明する。
最後に、陵が「君自身の道は?」と問うと、嵐は曖昧な笑みを浮かべ、「自分の進むべき道に自信はない」と答える。その後、嵐は先を急ぐよう陽と共に歩みを進めた。
進む道の先に、荒廃した大地が広がっていた。突然、嵐は止まって誰かと話した
「状況はどうだ?」
通信の向こうから、中年男性の声が低く響いた。
「……良くない、早くしよ」
「了解。」
嵐の表情が一層険しくなる。それを見た陵と陽は、不安げに互いの顔を見合わせた。
「急げ。時間がない。」嵐の指示に、二人は無言で頷き、歩みを早めた。
「陵、いくつかのことは後で説明するから。」
そう言って嵐は首に掛けていたペンダントを外し、その中に嵌め込まれているサファイアを取り出して、深呼吸をしてその宝石を掌に握りしめた。
その瞬間、三人は淡い青色の空間に包まれた。
「準備はできたか?」
「うん!」
陵はまだ目を閉じたままで、何が起こるのか分からない陽を見つめた。
嵐は両手を広げ、白い光を放つ多面体が突然眩い光を放ち、その光の強さで陵は目を開けることができなくなった。
陵が意識を取り戻すと、彼と嵐、陽はすでに成都の郊外に立っていた。前方の城壁には大きな穴が開いており、火の光が天に向かって昇り、周囲には血の匂いが漂っていた。
その周りには他にも多くの人々が立っており、彼らは破れた城壁を見つめていた。
陵は初めて他の種族を目にした。どの人物もペンダントを身に着け、そして仮面をしていた。仮面は半分だけの者もいれば、完全なをしている者もいた。
最前線に立っていたのは緋で、太刀を握りしめ、前方を見据えていた。
突然、破れた城壁から一人の影が現れた。陵はすぐにその人物が、以前セルトを連れ去った婚約者だと認識した。その影は次第に、数日前に森で見かけた人物と重なり、最終的に完全に一致した。
「お前……セルトを返せ!」
陵は叫びながら駆け寄ろうとしたが、嵐に引き止められ、どれほど力を入れても解放されることはなかった。
「やっと会えたな、あの時お前を殺せなかったのは本当に残念だった……」
その人物は冷笑しながら言った。「でも今回は、お前は間違いなく死ぬ。」
そう言いながら、彼は手で首を切るジェスチャーをした。その後、横からゆっくりと女性が現れ、両手と首が鎖で縛られ、外套の下から白い肌に血が滲んでいるのが見えた。
「ちっ、うるさいな。」
「おい!人質はまだそこにいるぞ!」
次の瞬間、鋭い破空音と共に、強烈な魔力を伴う攻撃が陵の耳元をかすめ、直後に彼の目の前で炎が竜のように天へと駆け上がり、その男を焦炭へと変えた。
陵は驚きながら振り返ると、全身を包帯で巻かれた人物が彼の後ろに浮いていた。近づいてみると、その男の赤くひび割れた仮面を見て、陵は思わず身震いした。
「お前、誰だ?」
男は顎を高く突き出し、傲慢そうに陵を見下ろした。
「ああ……その……」
「『影』、警戒を続けろ。人質はまだそこにいる。」
「はいはい、一々うるせーな。」
男は首をコキコキと鳴らした後、陵に背を向け、あっさりと立ち去った。
その時、一陣の風が吹き抜け、女性が羽織っていた外套が地面に落ちた。
「セルト……?」
陵は周囲の制止も聞かず、駆け寄って彼女を抱きしめた。
「大丈夫か……?」
「早く逃げて……」「ごめん……陵……」
彼女のかすれた声を聞くや否や、陵は強く突き飛ばされ、周囲の人間に腕を掴まれてその場から離されてしまった。
「なぜだ……」
陵は混乱し、ただ呆然としていた。すると、セルトの身体が指先からガラスの破片のように砕け散り始めた。
かつてと同じ光景が目の前に繰り返される。陵はまたしても彼女が消えていくのを見守るしかなく、無力感に苛まれた。
彼女が完全に消失した場所には、奇妙な紋章が現れた。紋章が不気味な赤い光を放つとともに、大地が大きく裂け、激しい地震が周囲を襲った。
裂け目から赤い光が瞬き、その中から巨大な両手が姿を現した。やがて、城壁と同じくらいの大きさを誇る四本腕の魔物が、大地を揺るがす轟音と共に現れた。
緋はこの光景を見つめ、仮面を外した。憎悪に満ちた表情で、蒼白だった瞳は一瞬で血の色に染まった。右手は激しく震えている。嵐も目を見開き、警戒しながらその場を見守っていた。
緋は刀の鞘を地面に突き刺し、太刀を抜いた。瞬間、周囲には稲妻が走り、雷鳴が轟く。
緋が放った一閃は魔物の身体を腐蝕させ、巨大な穴を開けた。雷光は魔物の体内を巡り、轟々と鳴り響いた。
「嘘だろ……血の魔神がどうして復活したんだ……?」
しかし、魔物は大きな咆哮を上げると、傷ついた身体を目に見える速さで再生させていった。この様子を見た緋は、太刀を握りしめ、迷うことなく魔物に向かって突進した。
「今度こそ、他の誰も傷つけさせない!」
緋は目を閉じ、内心の世界へと意識を沈めた。その中で、巨大な背中を持つ人物が彼女に背を向けて立っていた。その身長は緋よりもはるかに高い。
緋はゆっくりとその人物に近づき、最後には片膝をついて跪いた。
「終焉の花よ……どうかもう一度力を貸して。」
「お前は、私に何を差し出せる?」
その人物は振り返り、蒼紅の瞳で緋を見下ろした。
「私の命です。」
「……」
「半神種の彼岸竜の最後の生き残り……本当にそれでいいのか?」
「はい、覚悟はできています。」
緋の言葉には一切の迷いがなかった。鋭い眼差しで相手を真っ直ぐに見つめる。
「では、24時間の猶予をやろう。その間に解決できなければ、私はお前の命を奪う。逆に、もし達成できたのなら……正式に契約を考えてやる。」
「感謝します。」
その瞬間、緋の身体から恐ろしいほどの魔力が放出され、周囲を包み込んだ。
空気中には無数の雷光が走り、緋の背中には一対の龍の翼が生えてきた。彼女は太刀を握り直し、手にしていた仮面を投げ捨てた。
その仮面には、純黒の傷痕がいくつも刻まれていた。
「エデタ……これがあなたのために戦う最後になるかもしれない……。」
そう呟くと、緋は一直線に魔物へと突撃していった。その後ろから、他の仲間たちも一瞬の躊躇もなく続いた。




