霊の歩む「道」
陵は階下から聞こえる絶え間ない悲鳴と、赤々と燃え広がる炎に照らされた街並みを見下ろしていた。
手にはしっかりと鎌を握りしめていたが、足は一歩も前に踏み出せず、恐怖と葛藤が彼の身体を縛りつけていた。
「お願いだ……殺さないでくれ! 子供がいるんだ!」
隣室から響く叫び声に胸が締め付けられる。陵はポケットから三つの魔晶を取り出すと、迷いを振り払うように口に含んだ。
「鈴、この状況って犯罪になるのか?」
「いいえ、この場合、村の防衛行為に該当します。」
「ならいい……」
門外から聞こえる激しい打撃音に、陵は息を潜め、門の傍で鎌をしっかり握り締める。そして、奥歯で魔晶石を噛み砕いた瞬間、口の中に広がる鉄臭い味。
「魔力付与」
虹色の光膜が鎌を包み込み、魔力が刃の上を脈打つように流れ始める。
ついに門が打ち破られた瞬間、陵は反射的に鎌を振り抜き、侵入者の喉元を正確に貫いた。防具をつけていない敵は、刃の進入を防ぐ術もなく、その場に崩れ落ちた。
「経験値+120、レベルが7に上昇しました。」
冷たい電子音が耳に響く中、陵は動揺を押し殺し、倒れた男の遺体を部屋に引きずり込むと、手際よくその身ぐるみを剥ぎ取った。
「鈴、この男の魔晶はどこだ?」
「胸部に埋め込まれています。」
陵は言われた通り胸腔を開き、鮮やかに輝く赤い魔晶を取り出した。それを懐にしまい込むと、敵のマントを身にまとった。
学者のマント
•魔導性+10
•物理耐性+3
•魔法耐性+7
陵は敵の大群に紛れ込みながら、冷酷に壊されていく村の風景を目に焼き付けた。建物からは断末魔の叫びが絶え間なく響き、周囲には血の臭いが立ち込めていた。
「鈴、残りの時間は?」
「あと24分です。」
そのとき、群衆の先頭から歓声が上がった。
「見ろよ! あれがエデタの教会だ!」
「さあ、燃やしてやるぞ!」
陵は一瞬、黙って通り過ぎれば任務は完了すると考えたが、目の前にそびえる教会を見た瞬間、足が止まった。かつて神に救われた彼にとって、この場所だけは破壊させたくなかった。
「……もういい。」
陵はマントのフードを外し、大群の前へと飛び出した。
「おい、小僧。何をやっている?」
「お前ら……なぜこんなことをするんだ!」
するとリーダー格の男が近づき、陵の襟を掴んで引き上げる。
「お前ら、なんでやるか教えてやれ!」
群衆の中から口々に答えが飛び交う。
「神の肉体を再構築するためだ!」
「不朽の栄光を取り戻す!」
「他人が気に入らないからだ!」
「理由なんて必要ねぇ!」
陵はその答えを聞きながら、怒りで拳を握り締めた。
「聞いたか、小僧。これが俺たちの理由だ。」
男は嘲笑うように陵を放り投げ、火炎瓶を手に教会へと向かおうとした。
「鈴、治療薬を買えるだけ買ってくれ。」
「現在の所持金102テル。低級薬水10本を購入しました。」
「……ありがとう、エデタ。俺の道は……きっとここにある。」
陵は決意を固め、口の中で赤い魔晶を砕いた。その瞬間、身体中に膨大な魔力が駆け巡り、全身を引き裂くような痛みが襲う。
「魔力過剰状態。身体が危険です。」
「黙ってろ!」
陵は血を吐きながら地面に膝をつき、苦しげに息をついていた。
敵の一団が彼を取り囲む中、リーダーが悠然と松明を掲げ、彼を冷笑して見下ろしている。しかし、陵はその隙を見逃さなかった。
周囲の注意が散っている瞬間を突き、陵は地面を蹴って素早く立ち上がると、リーダーの手から松明を切り落とした。
「なんだ、大したことないじゃないか…」
彼は軽口を叩きながらも、深い疲労と内臓を蝕むような魔力の痛みに耐えていた。
「小僧……調子に乗るな!」
リーダーが怒声をあげると、周囲の敵が一斉に武器を構える。だが、陵は構わず薄い笑みを浮かべ、リーダーを挑発するように手招きをした。
「来いよ…俺の死体を踏み越えられるならな」
リーダーが苛立ちを隠せない様子で一気に突進してきた。陵は反射的に腰を狙い鎌を振り下ろしたが――。
カンッ!
不吉な音とともに、鎌の刃が柄の部分から真っ二つに折れた。
「何だと……!?」
驚愕する間もなく、リーダーの太い腕が唸りを上げ、鉄の塊のような拳が陵の腹部を叩きつける。陵はその衝撃で息を詰まらせ、背中から壁に叩きつけられた。
「これ、鋼板かよ……防御力どんだけ高いんだ…」
壁にもたれながら呟く陵。その体は既に満身創痍だったが、彼は治療薬を取り出し、それを一気に飲み干した。
(来る――)
そう思った瞬間、リーダーの巨大な拳が振り下ろされた。
陵はギリギリのタイミングで横に飛び退き、その拳が地面に叩きつけられる音が響き渡る、地面が砕け、砂埃が舞い上がった。
陵は折れた鎌の刃を逆手に持ち、リーダーの腕を狙って切り込む。しかし、刃は分厚い筋肉に弾かれ、かすり傷さえも与えられなかった。
「防御力おかしいだろ……物理も魔力も通らねえなんて!」
リーダーは不敵な笑みを浮かべ、拳を振り上げる。陵は再びそれをかわし、懐に飛び込んで短く刃を突き出した。だが、その攻撃もまた筋肉の壁に吸収されてしまう。
「こいつ、どんだけ硬いんだよ!」
歯を食いしばりながら、陵は時計に目をやる。
《21:26》
残り時間は少ない。陵は距離を取り、教会の壁にもたれかかりながら荒い息を吐いた。体は限界に近く、まともに立つことさえ難しい。
「くそ……どうすりゃいい……」
彼の脳裏に浮かぶのは、自分の惨めな現状。全てを失い、孤独に苛まれ、希望すら見えない状況。
「家族も、友達も、金も命も……あいつもいなくなった。俺にはもう、何もねえ……」
彼はふと力なく笑った。
「何もねえなら、怖がることなんてねえよな……」
陵は震える足で立ち上がり、冷たい視線をリーダーに向けた。その目には諦めではなく、燃え上がる闘志が宿っている。
「もう俺には失うもんなんてねえんだよ!」
目の前の状況を、彼は将棋の死局のように感じていた。打つべき手が見つからず、袋小路に追い詰められた状態。だが、彼はふとその将棋盤を見つめると、手を伸ばしてそれをひっくり返した。
バラバラバラ……
駒が音を立てて散らばる中、彼は一つを拾い上げ、口に放り込んで噛み砕いた。
「神の一手が見つからないなら、盤ごと壊してやるよ……」
その瞬間、陵の中に燻っていた炎が再び燃え上がった。それは絶望を切り裂き、彼の心に新たな道を照らす熱い光だった。




