一目惚れ=初対面なのか?
「マーガレット、私との婚約を解消してくれないだろうか!」
マーガレットは、眼の前で拳を握りしめながらも叫ぶ、彼女の婚約者であるジョセフをまじまじと見つめた。
「ジョセフ……こんな」
「いや、みなまで言わないでくれ、頼む!」
ひたすらに頭を下げるジョセフと彼女がいる場所は、紳士淑女のための庭園として最近開園したばかりの、いわゆる話題のスポットであった。
その為か、周囲には老若男女の紳士淑女達が興味深げな眼差しをこちらに送ってきている。
彼女が言いたいのは「こんな場所で何を言い出すのか」という叱責であったが、微妙に二人を取り囲む円が出来上がっている現状には溜息しか出ない。
「マーガレット!」
円陣の中から一人の少女が声を掛け、小走りに近寄ってくる。
マーガレットは声の主を識別すると声をあげた。
「エリー、どうしてここに?」
「ちょうど家族で来ていたのだけれど、大きな声がするものだから」
友人であるマーガレットの表情を心配そうに伺いつつも手を握ってくれるエリー。
人見知りがちで大人しい性格だというのに、助けに出て来てくれるなんて、とマーガレットが友人の優しさをひしひしとかんじていると。
「貴女は先ほどの……」
いつの間にか頭を上げていたジョセフの視線が、エリーに釘付けになっていた。
エリーはというと、ジョセフの視線から逃れるように顔を背けたが、マーガレットを庇おうとする気持ちからか、手を握りあったままである。
「これは運命に違いない!」
言うや否や。彼はエリーの目の前まで移動し、片膝をついた。なんとも素早い身のこなしである。
「私は貴女に一目で恋に落ちてしまいました。私の伴侶として歩んでいただけませんか?」
彼の告白に周囲の紳士淑女達がざわめきたつ。
「一目惚れだなんてロマンチックね」
「まるで歌劇のよう」
「一目惚れの相手と婚約者が友人とは物語であったな」
他人事の色恋沙汰は紳士淑女達にとって大好物なのだが、その内容を聞いていてマーガレットは小首を傾げた。
「一目惚れ?それは初対面で好意を持つ、という?」
「ああ、そうだ。私はここの入場口で彼女に一目で恋に落ちてしまったんだ」
ジョセフが眩しそうにエリーを見上げるが、彼女は気味悪そうに首を振るばかりである。
「わたし……ジョセフさんと初対面ではありません」
「そうよね、婚約してから彼女をお友達だと紹介しましたし」
マーガレットとジョセフは婚約して一年ほどだが、互いの友達を紹介しあうため茶会を開いていたのだ。その場にはエリーも呼ばれており、ジョセフにはその席で挨拶も済ませている。
つまり初対面ではない。
「ジョセフ、あなた……エリーのことを忘れて一目惚れしたとか言い出したの?」
マーガレットは冷淡な視線と声音でジョセフに投げかけ、当のジョセフは困惑しきりである。
髪型が変わった、装いがまったく違うなどはなく、エリーはいつものエリーだ。
「いや、忘れていたとかではなく、一際輝いて見えたんだ!女神と見紛うばかりに」
ジョセフも負けじと言い募るが、その様子をエリーは何も言わず見つめており、ひとこと。
「どんな素敵な殿方であっても、友人に人前であんなことを言うなんて……酷すぎます」
エリーの眉間にはシワが寄り、当の本人であるマーガレットとより憤っている。
そのシワの深さを見て、ジョセフも完敗を悟るしかなかった。
マーガレットとエリーは手を取り合い、エリーの家族のもとへ。ジョセフは立ち上がりはしたが、項垂れたままである。
紳士淑女達の包囲網は舞台が完結したと見ると五月雨式に散っていった。この話は背びれ尾ひれを付け人々の好奇心という水辺を揺蕩うのだろう。
ジョセフは一目惚れしたから婚約解消!とかアホかなーとも思いましたが、浮気するよりマシな気もします。
マーガレットは人前でいきなり恥かかされた感すごいですが、その分ジョセフがアホ過ぎて。
エリーもマーガレットと同じく。
あ、ジョセフ氏が活躍。