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妖しの呪文

作者: なと


昔話にはいつも涙が隠れている

玩具箱にも小さな僕の涙が隠れていて

大人になったら密かに旅に出て行った

今僕は旅人になって荒れ野に立つ

掌の小さな小箱には

綺麗な鈴が這入っていて

涙の代わりにお婆の墓参りにいけと

次の旅路を

涙はぽっかり空いた僕の胸の中に

暗い過去と共にいつまでも居ます




旅人だけが知っている

宿場町の風は魔物の吐息

呪物の眠る家々

鴉と猫の恋路の説法

やがて凡てよしとなる

禍々しき子守歌が

籠の中の鬼の子を優しくあやす

掃除の時に見つけた

日本人形の帯に

小さな呪符

描いてある

平家の財宝の場所は

今では大きな墓が建っている

お寺と病院の匂いって

似ている








懐かしき災い事が聞きたければ

この門を叩けと

宿場町のお寺には

秘仏が隠されている

格子戸に挟まっている

千代紙で折った風車が

そっと風に吹かれて

そう此処は宿場町

古き物に宿る災い事は

お坊様に見つからないように

お堂の裏で鬼の子と燃やして仕舞おう

風の吹き抜ける

宿場町の魔道は

優しい









どうですか

過去の旅は面白いですか

旅人はコートの中に

死体やら櫻の花弁を隠しこみながら

いいや滅相もない事でさあと

解脱の方法を隠している

涅槃の道を知るあの小さなお寺のお釈迦様の仏像は

夏の呼吸を知っているのか

夢の中でも逆さに吊るされた

お地蔵様は仏罰じゃと

杓子で墓石を叩いている








春すぎて夏来にけらし白妙の

机の上のサイダーの瓶に

白い骨が這入っている

涅槃を解くお地蔵様の笑顔が

凍り付いている村の外れの塞ノ神

夢を閉じ込めた魔法瓶の中の麦茶

空は亡くなった人の涙で出来ているから

こんなにも哀しいのか

過去へ戻ろう

この隧道を抜けると

昭和の時代へ戻れるらしい







泡沫の凡てを知る者よ

あの山奥へ行って不老不死となる

謎多きひめやかな世

鬼やらいは今日は何処へ行く

夢の跡みたいな痣を

触れてはマントラを唱えて

消してゆく

山奥では羅漢様が笑っておられるわ

あの不気味なお堂の古き菩薩様は

人の世の宿命を知っている

其れは秘密の呪文

人を助けよと諭す







町の灯りは

やがて妖しを宿す

昼にしては昏き宿場町の玄関には

木漏れ日と子守歌が何処からか

あの踏切何時の頃か

枯れた花と飲み物が供えられていて

お化けが出ると噂の踏切

雨の日に少女の幽霊

逆さのお地蔵様が

便所に飾られている

過去はやがて問いかける

宿場町は何も知らない様に微笑んでいる





朝露の雫を集めた小瓶は

夜しか生きられない魂の薬

旅人は虫籠窓から覗いている娘に薬草を

もうすぐ夏が来るから

海辺の空き瓶に黒い穢れを入れたのは誰

闇人は二階の塵の中から夢の欠片を探し出して

包帯が血だらけで其処の電柱から

夕闇がおいでおいでを

ふと気が付くと夢というものは消えている







机の中の古いはさみが蠢いている

春が来た事を喜んでいる

蒲公英や土筆と並んで記念撮影

ちょっとだけ欠けている取っ手の部分が

はさみの生きてきた人生を物語っている

狭い路地を旅する古いはさみは

旅人の声を聞いてくすくす笑ってゐる

温泉に浸かって少し錆びてしまったはさみは笑う





屋敷の裏に

ひっそりと咲いている八重桜の

花弁を集めて


お札だらけの家の中の

壺の中に流すだけで

「背徳教」に入ることができる


持ち物は家人の遺影と位牌

その教団の本部には

まじないモノを神聖な神と崇めて

集めるお堂がある







飛行機が空を飛んでいる…

暗い部屋に、ジェット機の音だけが響き渡り

パソコンだけが発光していて

私の顔を照らしている

もぐらみたいな気分になって

気持ちいいときもあれば

鬱々とした気分になったりもする

今日は出かけたので

入道雲ももう見かけたので

暗い部屋にいても

平気






シンクタンクに柑橘系の香り

お皿たちが泡まみれ

日常に入り込む入道雲のうっすらした破片

もう夏はすぐそこだ

隧道の中で汗まみれで炭酸を飲む

只、蝉と自分だけが時間を消費する

壁の時計が自分の老いを告げるから

明日はきっと真っ赤な糸で

あの隧道で秘密のあやとりをしているだろう






海が見たいですね

真っ白な貝殻がいっぱい落ちている海岸


今日は人にやさしくできましたか

ほっとできる場所でご飯を食べれましたか


遠くで子供の声やからすの鳴き声が聞こえます

穏やかな午後の日差しがベッドに注いでいる


深い悲しみの後には普通の日常が残る

ただただ疲れた体を癒してください







朝焼けで焼いた目玉焼きは

お皿の上で黒焦げの喪服を着て

ずっと祖母の出棺を待っている

都会は雨だ

あらかたのものは

手に入らないのが世の中の無情にて

侍は辻にて帰らない人を待つ

海の向こうの菩薩様

家の前には美しい鴉の羽一枚

落とし主は山の向こうで何を考えているのだろう






爽やかな風の中

御仏の涙が

空を清めてゆく

掌から生えだしたゼンマイを

味噌汁の鍋の中につけてゆく

此処の細道は

本当に涼しい風が吹く

旅の僧侶が其処を通りながら

穢れを静めるりんを鳴らす

それは過去の戦場で亡くなった

哀れな亡者への鎮魂歌

今年も夏が来ます

静かな読経の声が

いつまでも耳に







夢の終わりはいつも

なんとなく寂しくて

儚くて

それでも朝はきてしまうんだから

謎の暗号を受話器から受信しているように

朝もやの中で人生に迷う

宿場町の迷路の中で

松明が燃えていて

怖ろしい過去をひっそりと燃やし

また今日がやってくる

蜩の鳴いている台所には

ヤドカリがこっそり潜んでいた







陽だまりの呪文は

解けない鼓動の暗号文

昔の人の掌は暖かい

真昼の読経が

古びた家のあちこちから

聞こえてきて

此の古町は息絶えてしまったやうだ

蜩がカナカナと法華経を唱えて

墓場の隅で火の玉が

隠れんぼ

通りがかった姉様は

お堂の手水の水を飲みながら

暗がりに隠れる小鬼に

挨拶をしている






宿場町で僕は過去に還る

何処かで風車が廻っている

お地蔵様の涙は誰も知らない

軒の下のてるてる坊主が

一つだけ真っ赤に染まっていて

みんな夏の子供だから

紙飛行機は飛んで行って

旅人のコートの中で

まだ飛んでいる

タケヤブヤケタ

謎の暗号黒マント

昭和のブラウン管の中で

まだ闇夜を飛んでいる








昭和は何処

まだあきらめたわけではない

ただ寂しいだけさ

風来の旅人は

そう云って

旅宿の部屋で

コートに隠していた

風をじっと見つめている

車のテールランプが止まって

男が降りてきた

閉店した床屋のサインポールを

盗んできて

仏間に飾っていたら

阿弥陀如来になったと言って

泣いて

喜んでいる








海は眠る

夕べはよく眠れたかい?

枕元の磯貝が

押し入れの中の座敷童が

親指を探して

洗面台をうろうろしている僕を見て

嗤ってゐる

昭和は失われたわけではない

三半規管をくすぐって

小さな豆鬼が耳の中

念仏を唱える

夕暮れの香りを求めて

いつまでもいつまでも

狂った夢の中から

帰れないんです






希死思念といふものは

真っ暗な闇に堕ちてゆくやうなものだ

壺の中の甘美な黒蜜を啜るようで

幽霊に触れるような感覚

闇夜の中で蟲が鳴いているのを聞いていると

草叢に頭を横たえて

其の儘死んでしまうような

快楽







夕べの蜩が

家の前に転がっている

今では宝箱の隅で

結晶体で眠る蛍石の様に

宿場町には不思議が眠る

家は軋み妖異が鏡に映る

あの辻には真っ黒い人影が

手鏡の中には

昔の自分の顔が見える

台所では水母が

たらいの中でぷかぷかと

涼んでいる

もうすぐ夕餉の時間

裏庭の人魚の活け作りが

幽かな風の音







街の外れの夕涼み

虫下しを探して

正露丸の香りに咳き込む夏

お婆は何処へ行ったのだろう

二階の座敷には蛇の抜け殻

蚊帳の内には鬼は入れない

海の匂いが何処からか

あの辻には落ち武者の幽霊立つ

夏の香りは血の匂い

いつまでも僧侶は鎮魂の鈴を

霧雨の中、足のない幽霊が

旅人の背中に憑こうとして






宿場町に過去が眠る

夢を見ているんです

虚ろな目をしたあなたが

暗い竹林で落ち込んだ眼差しをして

月の裏側にもこんな孤独はあるのだろうか

町は誘い闇に居残り

旅人は風に吹かれ

荒れ野を行く

耳をそばだてると

幽かに潮騒の音がするから

寂しい人になって

どこまでも逝くのだろう

宿場町にて燐寸を






夢人は街角に立って今夜眠る子供を待つ

信号機は夕べの色を幾度も繰り返し

夜のとばりは人々を思考の海辺へと連れてゆく

今夜も枕元では鈴の音が

潮騒が何処からか聞こえ

しくしくと泣く声と

お経を唱えるお坊様が小脇にお地蔵様を抱え

鬼火が窓の外をうろうろと

洗面台では何処から来たのかヒトデが






玄関に腕が堕ちていたので

花瓶に生けてみたら

綺麗な小さな櫻が咲いたので喜んだ

宿場町ではおかしな事が起こります

軒の下だけに雨が降っていたので

訳を聞くと

どうやら夕立に叱られた霧雨だった

縁側では猫が日向ぼっこで寝ております

少しづつ静かに時は逆さに廻り

私は子供になってゆく








宿場町は眠る

時折起きては旅人を飲み込む

小金の音は聞いたか春は逝きすぎるか

夜空に咲いた大輪の花を追いかけて

青空の入道雲をどこまでも追いかけて

僕らは夏の住人

あの夕陽の堕ちる頃

線香花火の小さな炎も寿命が尽きる

黒い影は布団に丸まって

今日も虫干ししておりマス






昔話にはいつも涙が隠れている

玩具箱にも小さな僕の涙が隠れていて

大人になったら密かに旅に出て行った

今僕は旅人になって荒れ野に立つ

掌の小さな小箱には

綺麗な鈴が這入っていて

涙の代わりにお婆の墓参りにいけと

次の旅路を

涙はぽっかり空いた僕の胸の中に

暗い過去と共にいつまでも居ます







宿場町で春の香りが

いつまでも蒲公英は

不思議な春の夢を見ている

空は青くて僕は不吉さと孤独を知る

電柱には真っ黒な魂が

夢の中に生きている

町の外れにはお地蔵様が

枕元の雲水さんは御経を唱えながら

ずっと六文銭を額に張り付けている

僕が寝返りを打つたびに

枕返しのうめき声が聞こえる





雨は呼ぶ

闇の生き物を

そっと法螺貝に耳を澄ませると

過去が囁きかける

夢を見ているのだ

低い男の声が腹から

雨が降っているからでしょうか

お腹の子は随分野太い声

それでなくても

仏間は線香の香りで

亡くなった人達の遺影が

笑ってゐる

雨の中

美しいかんばせの着物の男が

神社へ向かっていく






夏の季節には逢いに行きますから

と風に呼ばれて今

宿場町にいます

何故でしょうね

雨の日は陰鬱な詩を読みたくなります

空に呼ばれて

貴方の右頬に揺れる凌霄花を

枕元にそっと置いて

地獄の底へ行きたいと願うのです

壁には鬼の面を飾ってあります

欄間には龍神の木彫りがあり

いつでも旅立てるから






雨の横道では

運命が老いた体を横にして

心にぽっかり開いた寂しさの穴に風を通している

旅人はぬかるんだ泥水を必死に前に向かって

風雨は何処までも入り込み

今、洗面所のたらいにおたまじゃくしが

金魚と一緒に泳いでいても不思議じゃない

此処は宿場町

不思議と不可視の世界が交差する






宿場町に過去が眠る

夢を見ているんです

虚ろな目をしたあなたが

暗い竹林で落ち込んだ眼差しをして

月の裏側にもこんな孤独はあるのだろうか

町は誘い闇に居残り

旅人は風に吹かれ

荒れ野を行く

耳をそばだてると

幽かに潮騒の音がするから

寂しい人になって

どこまでも逝くのだろう

宿場町にて燐寸を

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