魔王、倒しました ~勇者の仲間の少年は、魔王を倒した先で幸せになれるのか?~
基本的にNLではなくBLです。
ただし、BLというよりかは義兄弟愛的な感じに仕上げました。
「勇者バン・ブローニング。此度の魔王討伐の褒美として、我が娘シンシアと結婚し、王族に名を残すことを許そう」
王様のその言葉を聞いて、僕は心に棘が刺さったかのような痛みを感じた。
勇者様は膝を突き頭を下げたまま微動だにせず、その言葉を受け入れていた。
立派な髭を蓄えた王様の横では、美人だけどどこか王族としての威厳が強く滲み出て怖い印象を与える王女様が笑みを浮かべていた。
二年前に僕を助けてくれた勇者様は、強くて優しくてカッコよくって、僕なんかが背伸びしても逆立ちしても勇者様みたいにはなれない。
僕は、僕と同じで故郷を魔物によって無くした境遇でも強く生きる勇者様のことを尊敬していたし、できればずっと勇者様と一緒にもっと冒険したり、過ごしたりしていたかった。
でも、勇者様が結婚することになったら、僕とはもう一緒に居られない。
一緒に魔王を倒した剣聖のお兄ちゃんや聖女のお姉ちゃん、賢者のおねにいちゃんには帰る場所があるけれど、僕にはどこにもそんな場所は無いから―――。
「お前さえ良かったら俺の地元についてくるか?王都と比べると何もない田舎だが、いいところだぞ?」
「あら、剣聖のトウキ様。ツムギ君なら、私の属する教会で共に神に仕えるというのも一つの道でしてよ?」
「アハハ!トウキもリズも、ツムギはこのワシ、大賢者ジーン様と共に魔法を極めるという選択肢だってあるのだぞ!」
勇者一行に用意されたお城の一室で、落ち込む僕に三人は優しく声をかけてきてくれるけど、僕はそれに応えることができなくて、膝を抱えたまま部屋の隅でいじけていた。
「…………まぁバンの奴が一番お前を心配していたからな。お前もバンが一番好きだろうし」
「王女様とのご婚姻となれば、平民であるツムギ君は勇者様の側仕えにもなれないでしょうし……」
「じゃが、ワシらもツムギが悲しむ姿は見たくないのでな」
二年前、僕の住んでいた村が魔族の襲撃を受けて滅ぼさたところを、勇者様が助けに来てくれた。
ほとんどの人達が死んだり逃げたりして誰もいなくなった村で、一人だけ生き残っていた僕を勇者様は保護してくれて、そこから僕は勇者様と一緒に行動するようになった。
戦闘の邪魔にならないように短く刈られてアップになっている金色の髪は後ろに長く襟首で軽く縛ってまとめられていて、若くてもしっかりと鍛えられている体はうっすら日に焼けて傷がついていた。小さかった僕を軽く抱っこしてくれるくらいには力持ちで、逞しくてカッコよかった。
僕なんか、小さい体に、短いけどぼさぼさの焦げ茶色の髪の毛で、勇者様みたいに強くてかっこいい人からは全然遠かった。
勇者様と僕が二人で旅をしているうちに、トウキさんやリズさん、ジーンさんが仲間になっていき、僕は彼らの背中を追いかけながら、足手まといにならないように必死にサポーターとして頑張っていった。
勇者、剣聖、聖女、賢者。
僕にはそんな立派な称号なんてなくて、どこまでいってもただの平民の子どもでしかなかった。
みんな僕にいろいろ沢山のことを教えてくれて、それができるように必死に努力もしたけれど、僕は専門的に何かをこなせるわけでもなく、みんなの下位互換でしかなかった。
一番才能があったのが補助魔法だったから、それだけはリズさんやジーンさんには負けないように頑張った。
「魔王を倒して平和になったら、一緒に冒険者でもやって、のんびり旅をしないか?ツムギ」
勇者様は決戦前に僕にそう言ってくれた。
「うん!勇者様!!」
でも、現実は勇者という称号があっても、国の制度による階級には逆らえないし、王様がそれだと言えばそれになる。
だから勇者様は僕との約束があっても、王女様と結婚してしまって、この国の貴族になるんだって、それくらい僕でも理解できる。
「ゆうしゃさまぁ……ぁ……」
溢れ出す涙と零れる嗚咽のような言葉。
三人が僕を気遣ってくれているのはわかるけど、僕も三人のことは好きだけど、でも、一番は勇者様だった。
ひとりぼっちにならないようにずっと一緒に居てくれた勇者様の横から消えてしまうのが怖かった。 なのに、勇者様は王女様と結婚することが幸せだっていうこともわかってしまう。
想像できてしまうから自分から身を引くしかないことも実感してしまう。
だから僕は、勇者様が幸せならと、覚悟を決めるしかなかった。
魔王討伐の報告をした翌日、王都はどこもかしこもお祭り騒ぎだった。
少しだけ浮いたような格好になっているかもしれない古めの外套に身を包んで、人目を忍ぶように王都から抜け出そうとする。
お城ではきっと、勇者様や剣聖様、聖女様、賢者様が祝いのパーティーに参加しているだろう。
僕みたいな子ども一人がいなくても、きっと王様たちは誰も気にしない。
だって、王様たちや貴族様たちは、僕のことなんて一つも見ようとはしなかった。
それに、みんなに褒美が考えられていたように僕にも褒美が考えられてはいたけれど、それは、とある男爵家の養子に迎えることであった。
別にその男爵様が悪い人とかそういうのは無い。
けれど、結局十二歳の僕は大人達から見たら保護対象でしかない、ただの子どもなんだ。
だから、子ども一人いなくなったところで、誰も気にもしないと思った。
なんとか王都を囲む城壁までたどり着き、一時的に他者から視認しにくくなる魔法を自分にかけて、門衛がいる門を堂々とくぐって外へ出る。
青く澄み渡る空の下、僕は外套のフードを外し、大きく息を吸い込む。
どこに行こうかなんて考えてないから、とりあえず目についた馬車が進んでいく方向に歩き始める。 街道のとおりに進めばきっとどこかの街に着く。そしたら、そこからまた新しい街道を使って移動して。
五人で旅をしていたから、一人で旅をするのはちょっと寂しいけれど、勇者様が幸せだって信じて、剣聖様がくれた短剣と、聖女様と賢者様が教えてくれた魔法があるから大丈夫。
寂しいけど、悲しくはない。
陽が沈みかけてきて、僕は街道のわきで野宿の準備をする。
焚火を囲む仲間はもういない。
沸かしたお湯で簡単なスープを作ってパンと一緒に流し込んで、片付けて。
一人ぼっちで生きていた二年前に放り出された錯覚を覚えながら、ダメなことを考える前に地面に横になって眠りにつく。
「ゆうしゃさま……ぁ…………」
せめて夢で、勇者様が約束してくれた旅を楽しめると信じながら。
そんな生活を一週間ほど続けて、街への滞在は最低限にして、その日も街道の近くで野宿をして眠りについた。いつもより体が重かったから、できるだけ早く眠るようにした。
そして翌朝、僕は自分の体の不調と天気が崩れるのを感じて、そのまま安全に雨風が凌げそうな大木の根本の洞に身を潜めた。
前の街にも先の街にもそれなりに距離があるから、ここで無理をしたらダメだと思ったから。
干しブドウをかじって水を飲みながら、気が付くと倒れるように眠ってしまっていた。
だけど、朝起きると、やわらかい布団の上で眠っていた。
木の板の天井が視界に広がる。
野宿をしていた自分の記憶を疑う。
今が嘘なのかと思って、体を起こして寝ぼけたまま自分の頬をつねる。
けど、普通に痛いし、多分夢じゃない。
「起きたか?ツムギ」
声がした方に振り向くと、そこには勇者様がいた。
「…………ゆうしゃ……さま…………?」
ここにいるはずのない人がベッドの横で椅子に座って、僕の名前を呼んでくれた。
「全く、俺が見つけたときには熱にうなされながら倒れていたんだぞ?無理をするな。無茶をするな!」
勇者様は厳しい声で僕を叱って、そのまま頭を抱きかかえるようにして引き寄せられてしまう。
「無事でよかった。…………黙っていなくなるなんてこと、もう絶対にするなよ?兄ちゃんとの約束、守れるか?」
「おにい……ちゃん?」
「あぁ。兄ちゃんだ。…………最初にツムギがそう呼んでくれただろ?」
『お兄ちゃん、この村にはもう、何も無いよ。…………全部、なくなっちゃったから…………』
「おにいちゃん……。…………でも、勇者様、お姫様、結婚…………」
あのときのことを覚えてくれていたことを嬉しいと思いながらも、勇者様がここにいるのはおかしいと、ちゃんとした言葉にできないまま訊いてしまう。
「あぁ、シンシア様との結婚のことか?……そんなもん、断った」
「なんで……?王族になった方が、勇者様、幸せに…………」
「俺の幸せは俺が決める。王様でも王女様でもなければ、ツムギ、お前でもない」
強く断言した後で勇者様は僕の頭を撫でて、優しい声で続ける。
「俺はツムギと一緒に居たいと思った。それに、言ったろ?一緒に旅をしようって」
「……うん」
「それが俺の幸せだ」
勇者様は腕を離し、僕はそれを合図に顔を上げて勇者様の顔を見る。
どこか照れ臭そうで、でも、笑顔で。
僕もつられて笑顔になってしまうのがわかる。
「ずっと後ろを一生懸命ついてきてくれた弟分のこと、放っておくことなんてできないしな。ツムギが俺を慕ってくれているのはわかっていたつもりだ。俺もお前が傷つかないように精一杯だった。せっかく魔王との戦いも終わったのに、今度はお前がいなくなるんだぜ?トウキ達が協力してくれたからなんとか見つけられたけど、俺が見つけるの遅れてたら、ツムギは死んでたかもしれないんだぞ?反省しろよな?」
勇者様は最後の方で声を震わせて、怒っているというよりかは動揺しているように聞こえた。
「それと、お前が心配していた王女様との結婚は断った。お前がいなくなったことに、あいつ何て言ったと思う?平民の子どものことなど放っておきなさい。勇者の一行と言っても、他の御三方と比べれば足手まといもいいところですわ。さぁ、愛しき私の勇者様、共に王国の安寧の為、力を尽くし励みましょう。だってよ。ふざけんなっての」
勇者様は多少声色を変えて王女様の真似をして、地声で怒って。
一緒に旅をしていたときよりか感情が豊かになっているように感じた。
「ホントふざけんなっての。あいつら見くびってるかもしれないけど、ツムギはそこらの騎士や冒険者より強いし、俺達が魔王に勝てたのは、状況に合わせて臨機応変に動けるツムギがいたからってこと、全然わかってねぇし!」
「で、でも僕、みんなのサポートしかできなかったのに?」
「自分を低く見るな。勇者の俺は多少魔法は使えるけれど、剣聖のトウキと同じで近接戦闘に特化していて、聖女のリズは回復や破邪魔法に特化していて、賢者のジーンは攻撃魔法に特化している。そんな中で、特化しているみんなの得意分野には及ばないけれど、状況に合わせてどの戦い方のフォローもできるお前が弱いなんてこと、絶対に無い。断言できるぞ、ツムギ!」
勇者様は強く僕の両肩を掴んで、まっすぐ僕の顔を見てくる。
「勇者の俺が倒れたら魔王にとどめを刺せないってことでリズは破邪による魔王の能力抑え込みと俺の回復を優先していたが、リズを含めて他の仲間の回復をメインでしていたのはお前。ジーンが高威力の大魔法を使う為の詠唱中に、前衛の俺とトウキを攻撃魔法で援護していたのもお前。トウキと合わせて魔王の意識の外からの接近戦で、俺の攻撃が通りやすくする為に動いていたのもお前だ。それに、補助魔法で俺達全員を強化してくれていた」
「勇者様や、みんなの役に立ちたかったから……」
「そう思ってそうできるってことは、やっぱお前は強いってことだよ。ツムギ」
また頭に手を置かれて、髪の毛をぐしゃぐしゃにされるようにして撫でられる。
「とりあえず、王様たちには、あんた達の為に戦ったんじゃない。魔王に苦しめられていて助けを求めてきた人たちの為と、俺を支えてくれた仲間の為に戦い続けたんだ。褒美をくれるなら結婚よりも、俺たちのことを放っておいてくることにしてくれ。って言い切ってきてやったぜ」
自慢げに笑う勇者様は、どこか子どもっぽくって、そういえば勇者様もまだ十七歳だったんだということを思い出させる。
「魔王も倒したからもう勇者でもなんでもないし、地位も名誉もない俺だけど、これからも俺を支えてくれるか?ツムギ」
勇者様は手を差し出して、僕は自分の小さな手のひらを見つめてから、その手を握りしめた。
「はい!勇者様!」
「違うぞツムギ。俺はもう勇者じゃないからな」
ちょっと迷って、言葉を選んで、そして、少し照れながら伝えた。
「バンお兄ちゃん」
僕と勇者様だったお兄ちゃんとの旅はこうして始まった。
まずは地元に戻ったみんなを訪ねよう。
そして、道中困っている人たちがいたら、冒険者として助けようって。
数か月後、青空の向こうから飛んできた緑色の小鳥が持ってきた手紙を見て、お兄ちゃんが言った。
「トウキとリズが結婚するみたいだ。式の参加に合わせて移動するか、ツムギ」
手紙を受け取ると、小鳥は光の粒子となって大気に溶け込んでいったのを見た限り、あの鳥はジーンさんの使い魔だったみたいだ。
「うん、お兄ちゃん!」
魔王討伐後の王城での出来事から久しぶりに勇者一行全員が揃う。
結婚のお祝いはもちろん、それとは別に、みんなに勇者様と旅をして経験した色々なことを話したいと思いながら、お兄ちゃんの横に並んでみんなが待つ街へ向かって歩き始めた―――。
賢者様は年齢と性別不詳なので、おねにいちゃん扱いです。
勇者とその仲間の少年が幸せにずっと一緒に生き続けたのは確実です。
短編ですが、読んでいただき本当にありがとうございました。