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Vtuber、龍人幼女に転生してしまう……  作者: 一十百 千
第一章 始まりの龍人幼女
7/25

剣術とは、敵を壊せればいいのだ!

 野球でもテニスでも、体力づくりと素振りから始まるものだ。そして野球でもテニスでも、三歳児相手にギチギチにメニューを詰める指導者はいない。まずは興味を持ってもらうことが大切、まずは楽しんでもらうことが大切。


 しかし残念なことに、白髪メイドには一切の指導者の才能がなかったようだ。


 白髪メイドが「いい」と言うまで走り込み。白髪メイドが「いい」と言うまで腕立て伏せ。白髪メイドが「いい」と言うまでスクワット、腹筋、背筋、素振り。


 俺はさながらパブロフの犬だった。彼女の「いい」という言葉にだけ快感を覚えるようになってしまったのだ。ワンワン。


「ちちうえにちくってやる……」

「ここでのことを口外しないと言ったのは、ヴィンフリーデお嬢様ですよ」

「おまえはあくまだ……」

「何度も言うように、私は雪巫女(スノウメイデン)で、名前はオリオンです。あと貴方様の師匠です」


 剣術の修業を始めてから、一ヶ月が経った。未だ誰にも、俺が剣術を習っていることを知らない。蝙蝠刻の二時間だけ、俺は白髪メイドに叩きのめされ続けている。

 実践として、彼女相手に模擬剣を持って立ち向かうこともあるが、俺の剣は一度も彼女の身体に掠りもしない。


「フフフフ。私の得意分野はあくまでも魔法ですが、私は天才です。剣も魔法も錬金術もお茶の子さいさいなのですよ」

「しね、しね!」


 無表情なのにニヤニヤしているような気がする白髪メイドのムカつく顔面に向かって剣を振り下ろす。それは彼女の魔法障壁に簡単に阻まれ、突如生まれた突風に尻もちをついた。


「おとなげないぞ、おとなのくせに!」

「子供のくせに諦めが早いです」


 そう言って、白髪メイドは俺の額に風の弾丸を飛ばした。


 とまあ、そんな感じで、俺は毎日毎日毎日毎日修行をつけてもらっているというか、ストレスのはけ口になっているというか、無茶苦茶な指導法で剣術を叩き込まれているのだった。


 俺はVtuberデビューする際に設定を練り上げたとは言ったが、残念なことに剣術や魔法にいちいち名前をつけたり、どういった特徴があるのかまでは考えていなかった。あくまでも、ヴィンフリーデ・ドラゴニアとしてリアリティを出すためだけの設定しか織り込んでいない。


 当然だ。俺は本物の龍人になるつもりなど、毛頭なかったのだから。


「ヴィンフリーデお嬢様には、闘神剣が合っていると思いますよ」


 稽古場のフローリングに大の字で寝転び、ゼェハァと息を荒げている俺に、白髪メイドはそう言った。


「闘神剣?」

「ええ。剣術の流派は、それこそ星の数ほどありますが、闘神剣ほど暴力的な流派はありません。そして私は、三歳児でヴィンフリーデお嬢様以上に暴力的な者を知りません」


 何だこいつ、喧嘩売ってんのか。俺は剣よりも華、華よりも団子の可愛らしい幼女だというのに。


「かつて神話の時代、闘神オルフェンリートは、闘神剣とのちに呼ばれる剣術の流派を立ち上げました。彼の放つ斬撃は魔神の鎖を絶ち、山を粉砕し、海を切り裂き、地形をも変貌させたそうです」


 恐ろしすぎる。間違って、俺の生まれが神話時代だと設定に盛り込んでいたら間違いなく死んでいた。


「オルフェンリートが扱ったとされる原典の闘神剣は、もはや喪失されました。彼と同じことができる者など、魔族にも人間にもいなかったからです。ですが、オルフェンリートの思想だけは受け継がれました。技術も力も後世には残りませんでしたが、彼の遺志だけは生き残ったのです」

「いし?」

「曰く」


 彼女は言った。


「誰より迅く、何者より強く、剣を振り下ろさん。万象一切悉く、神羅万象区別なく、あらゆるすべてを破壊すべし」

「……」

「闘神剣の担い手たちはみな、闘神オルフェンリートに倣ってこう言います――『相手が死ぬ前に殺せ、自分が死んでも壊せ! この世界に殺戮、破壊、混沌を!!』――と」

「ねがいさげだ!!」


 そんな邪教の仲間になんてなれるか! きっと闘神なんてものを崇めている奴らは、頭の中まで筋肉でできていて、精神がぶっ壊れているに違いない!


「おれはもっとすまーとなけんじゅつがいい」

「スマートとはかけ離れているヴィンフリーデお嬢様には無理です」

「こちとらさんさいじのおんなのこだぞ!」

「普通の三歳児の女の子は、剣を習いたいだなんて言いません」


 その後、俺は結局話し合い(ちからずく)で闘神剣を習うことを約束させられ、この日の稽古は終了した。


 力こそすべて。技術は二の次、まずはねじ伏せよという闘神剣の基本理念の下、これ以降の修業が苛烈になっていったのは言うまでもない。


 白髪メイドオリオンは、育成ガチ勢だ。だからこそ鼠刻にもなっていない頃から剣術の稽古をつけてくれているのだろう。俺は魔王の娘とはいえまだ年端の行かない女児だ。普通なら、そんな子供の言うことを本気にして修業に付き合うなんてことはしない。


 加えて、アダルバートの右腕になりたいなんて、鼻で笑われて当然だ。


 けれど常識のない彼女は、子供の戯れ言を本気で受け取り本気で打ち返してくる。親としては正解だが、指導者としては失格中の失格である。教職単位を取らせるのではなく、ひとまず義務教育から学んでもらうしかないようだ。


 しかも俺は王族として、剣術以外のことも勉強させられる。水球(ウォーターボール)も発動できないのに魔法の原理を一から十まで教えられ、テーブルマナーも音楽もダンスも歴史も地理も数学も古典もエトセトラエトセトラ……貴族として知っていなければならないであろうことは、すべて教育という名の下に強制させられた。


 大体のことは叩き込まれた。叩き込まれたというのは文字通りだ。少しでもサボれば、次の日の剣術の稽古が吐くほど厳しくなるのである。


 もちろん、このことがアダルバートの耳に届くことはない。ここはまさしく、風通しの悪いブラック企業そのものだ。ちくしょう。


 そんな日々を経て、俺が五歳になった頃に初めてきちんとアダルバートと向かい合って話をした。彼は二年経ってもやっぱり殺気も圧迫感もあったが、以前よりは怖くなかった。


 手を出してこない怪物よりも、手も足も出すメイドの方が怖いに決まっている。


 それに、その日は睡眠が足りていなかったのか、アダルバートはずっと目尻に涙を溜めていたから、それも相まって恐怖心は薄れた。


 彼の執務室の悪趣味は早急に改善してほしいものだったが。


「オリオンから、お前はいい子だと聞いておる。嫌なことはないか?」

「ありません」


 もちろん、そのオリオンから毎日ボコボコにされているなどと言えるわけもなく、俺は笑顔でそう言った。


「父上を助けられるようになるまで、頑張ります!」


 俺がそう言うと、アダルバートは顔をそむけた。きっとあくびでもしていたのだろう。


「そうか。それでは、励むように」


 産まれて初めてのアダルバートとのきちんとした会話は、それで終わりだった。彼は忙しいらしい。


 けれどその日以降、時おり俺の部屋に様子を見に来るようになった。その度に俺は機嫌を損ねてはならないと、ひたむきに白髪メイドの話を聞く(フリだけでもしなくてはならない)。


 また更に二年後、俺は初めて、オリオン(・・・・)と二度の剣戟を連続で交わすことができた。それまでは、踏み込みが甘いだとか太刀が鈍いだとかで一撃で吹き飛ばされていたのだ。


 五年経ってもまったくもって、オリオンには甘さが皆無だ。ブラックコーヒー野郎め。


 しかしとにかく、まともに剣戟を交わした。そう思って笑顔になった瞬間、無慈悲の風の弾丸が全身を襲った。


「目の前の敵が死ぬまで攻撃し続ける。それこそが、闘神剣の真髄です」

「そんな脳筋の考えを真髄と呼ぶにはおこがましい」

「お嬢様が真髄を語ることこそおこがましいですよ」


 このころから俺たちは、互いをオリオン、お嬢様と呼ぶようになった。どうしてかはわからない。きっと、一緒にいる時間が長すぎたせいだろう。


 白髪メイドからオリオンに呼び名を変えれば三文字、ヴィンフリーデお嬢様からお嬢様に呼び名を変えれば七文字の節約である。


 ……まあそんなことはどうでもよくて。


 七歳になった俺は、龍王軍の木端兵士ぐらいならば一人で相手取れるようになっていた。


 このことからアダルバートや他の使用人、兵士たちには俺が幼い頃(オリオンは何故か五歳からだと、実際の修行期間を隠蔽していた)から隠れて剣術をやっていることがバレてしまった。


 しかし、所詮は過去のことだ。アダルバートが俺に説教することはなかった。


 まあ、オリオンはアダルバートに小言を言われたそうだが。きっと、五歳から修業をつけていたのに、まだあんな実力なのかとか、そんなところだろう。


 そして俺は相変わらず、一切の魔法を使えない。


 変わったことと言えば、背が伸びて角や翼が大きくなったことぐらいだ。触ればフニフニしていたあの角も、今ではコンクリートみたいである。


 成長につれて、しなやかな筋肉や体力が身についてきた。産まれてからまだ七年だが、人間の子供よりこの龍人の身体はほんのわずか、成長するのが早いらしい。ついでに膂力も人間離れしている。


 十数メートルはある稽古場の天井にも、思い切りジャンプをすれば届くようになった。


 少しは俺も、強くなったはずだ。


 この日も俺は、剣術の稽古に励んでいた。周囲の魔族たちに俺が剣術を習っていることがバレて以来、オリオンも隠す気がなくなったのか蝙蝠刻の二時間と鼠刻いっぱいまで俺に稽古をつけるようになっていた。


 そしていつものように叩きのめされ、そろそろ烏刻……つまり、昼飯の時間になろうとしていたそのとき、彼女は笑顔で言った。


「そろそろお嬢様も、魔力を扱えるようにならなければなりませんね」

「……は?」


 言っている意味がわからず顔をあげて聞き返すも、華麗なる無視を決め込まれる。


「お嬢様ができるようになるまで、今日は稽古を続行します」

「え、ちょっと――」

「では始めます。せいぜい――死なないように、頑張ってください」


 俺は稽古に力尽きてうつ伏せに倒れ込んでいた状態から、オリオンの放った風の弾丸をもろに喰らって壁に叩きつけられた。


 幼女虐待だ!

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