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Vtuber、龍人幼女に転生してしまう……  作者: 一十百 千
第一章 始まりの龍人幼女
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中間管理職オリオン

Side:オリオン


 私の魔族としての生活は一から十に至るまで穏やかなものだった。歳が二桁になるまでには高位の魔導士(ウィザード)の証である帝の階級をドラゴニア公から受勲した。私の種族は雪巫女(スノウ・メイデン)だ。雪巫女(スノウ・メイデン)には産まれながらにして高い魔力と魔力操作の才覚が備わる。


 そしてその中でも私は、自他ともに認める程度にはズバ抜けていた。


 産まれてこの方、努力などしたことはない。やりたいようにやれば、いつの間にか魔導士(ウィザード)としての最高峰に位置していた。


 ドラゴニア公の下で働いているのは、待遇がよかったからだ。普段はメイドとして働き、緊急時には戦力として敵を殲滅する。たったそれだけの条件で、人間界の宮廷魔導士よりも高い給金を与えられる。


 研究所にこもるより、かぎ針と糸で戯れている方がいいに決まっている。


 そもそも、虐殺龍(ジェノサイド)に喧嘩を売れるような者など、この世界には数えるほどしかいない。


 つまり私は、宝箱の奥に押し込められた使い道の無い(つるぎ)だ。こんなに楽なことがあるだろうか。少なくとも私は知らない。世界随一の頭脳を持つ私が知らないのだから、誰も知らないだろう。


 世界、随一の、頭脳を持つ、私が、知らないのだから!


 ――しかし、そんな穏やかな生活が徐々に忙しくなってきたのは三年前のことだ。


 我らがドラゴニア公が子供を作ったのだ。

 どんな気まぐれかはわからない。政治的な駆け引きがもしかしたらあったのかもしれない。


 けれど、基本的に彼は子を成す必要などない。理由は一つだ。


 アダルバート・ドラゴニアは、世界最強である。


 子孫繁栄とは、自らの血脈を後世に残すためのものである。けれど、ドラゴニア公はそんなことをせずとも血を途絶えさせることなどない。今も、過去も、未来も、きっと彼は最強であり続ける。彼が死ぬことは、それこそ天地がひっくり返るようなことがなければあり得ない。


 私が考えるに、彼は後継者など育てる気はない。どうして子供を……それも、彼が嫌っているはずのセリア・フェアリスを選んで作ったのか。確たる考えには思い至らなかった。


 しかし、理由などどうでもよいことだった。問題は、私が彼らの子供の世話役に任命されたことだ。メイドの仕事は、腕を振り上げればすぐにこなせる。掃除も、洗濯も、給仕も、座ったまま魔法を行使すればどうにでもなる。


 けれど子供の面倒だけはそういうわけにはいかない。


 目を離せばすぐにうろちょろし、些細なことで機嫌が悪くなる。こちらの言っていることを理解せず、論理的な思考を放棄する。


 私は正直言って、子供が嫌いだ。


 権力者の子供の家庭教師として何度か仕事をしてみたが、その考えは変わらなかった。


 ドラゴニア家に仕えていれば、そんな下らない仕事はしなくていいと思っていた。それなのに、家庭教師どころか世話役にまでされてしまって三年前の私は辟易としたものだ。


 少しずつこの仕事が楽しくなってきたのはいつからだろうか。


 ヴィンフリーデ・ドラゴニア。虐殺龍(ジェノサイド)の唯一のご息女。彼女はただ、美しかった。


 私は見えないものは信じないタチだが、彼女の容姿はまさしく、神が創りたもうた特注品のようだった。燃え盛るような赤髪、時おり憂いを帯びる紅蓮の瞳、完璧に配置された顔のパーツ。


 きっとあれは、ピンセットで布と糸を紡ぎ合わせて神が創りあげたのだ。


 そう言われても否定できないぐらいに、彼女は産まれながらに完成されていた。彼女が歳を重ね成長した姿がどうなるのか、恐ろしくなるぐらいだ。


 彼女の美しさは異常である。城で働く誰もが、ヴィンフリーデお嬢様の一挙手一投足を楽しみにしている。彼女にせがまれたら菓子をやったり、庭の花を差し出したりするのを止めるのに、私も苦労させられている。


 ヴィンフリーデお嬢様は勝手に一人で歩き回らないし、過剰なわがままも言わない。三歳児よりも使用人たちの方が世話が焼けるとは、どうなっているのだろうか。


 ――そしてそんな彼女の異常性は、もう一つある。どちらかというと、世界のシステムを考えればこちらの方が憂慮すべき点なのかもしれない。


「オリオン、我が子の魔法の才はどうだ?」


 ヴィンフリーデお嬢様に初歩中の初歩の魔法を教えている途中、私はドラゴニア公に呼び出された。部屋の中で話せば、ヴィンフリーデお嬢様が彼の威圧感に怯えてしまうからだろう。


 廊下で立ったまま話すだけで、ピリピリと威圧感と殺意を感じる。これは、ドラゴニア公が罹患している呪いみたいなものだ。


 ヴィンフリーデお嬢様が産まれながらに美を与えられているとすれば、ドラゴニア公は産まれながらに畏怖を与えられている。


 立っているだけ、話すだけ、動くだけで放射線状の殺意を振り撒いてしまう。彼の意思は関係ない、彼の存在そのものがそうさせているのだ。


 ドラゴニア公の殺意に耐えられる者しか、この城では働けない。


「まだ水球(ウォーターボール)を教えているだけですので、何とも……」


 嘘だ。


「我は悠久の時間を過ごしているが、だからこそ時間の無駄遣いは忌む。思ったことをさっさと申せ」

「……魔法方面には、あまり適していないかと」

「そうか」


 ドラゴニア公の表情は動かない。ただ、石仮面のようにいつものように。


「あれほどの魔力量を備えながらか?」


 その言葉に頷く。


 ヴィンフリーデお嬢様の異常性……それは、頂点に至ったと呼ばれる私すら凌ぐ魔力量を持っていることだ。そしてそれと同時に、一切の魔法の才覚がない(・・)ことである。


 基本的に、魔族だろうが人間だろうがこの世に生を受けた時点でその者が体内に秘められる魔力の限界量は決まっている。成長につれてその器が多少は大きくなるが、誤差と言っても差し支えはない。


 そして、その魔力の器の大きさに魔力操作の才能は比例する……はずだった。


 しかし例外が一人。ヴィンフリーデお嬢様だ。


 彼女は三歳児の時点で私以上の器を持っていながら、魔力操作がまったくできていない。水球(ウォーターボール)は、安全性や簡易性の観点から鑑みて、魔法入門の第一歩とされている。才能があれば見ただけで、無くても何度か繰り返せばどんなに魔力操作が下手でも形にはなるものだ。


 けれど、ヴィンフリーデお嬢様は結局朝から昼過ぎに至るまで、一度たりとも発動することはできなかった。


 水球(ウォーターボール)にコツなどない。魔力を手のひらに集めて、太古の魔導士が編み出した文言を唱えるだけだ。それだけで、その文言に宿った言霊が世界に改変をもたらす。


 はっきり言って、水球(ウォーターボール)さえままならないのは、魔法の世界において論外だ。


水球(ウォーターボール)の発動に苦戦しておられるようで」

「……いつから稽古をつけている」

「鼠刻を過ぎたころにはもう、開始しておりました」


 そう言うと、彼はぼそりと「少し早すぎやしないか……?」と零した。


「はい?」

「……いや、何でもない。ただ子供は長く睡眠時間をとることが大事だと聞き及んでおったからな……。ただ、ヴィンフリーデは我が子だ。それぐらいのスパルタ教育でちょうどいいであろう」

「……はぁ」


 別にスパルタ教育を施したつもりはないが、適当にそう答えておく。私はドラゴニア公の圧倒的な力には尊敬しているが、時おり垣間見える気の抜けた態度にどう接すればいいかわからない。


 彼は敵ならば皆殺しにするが、味方には手を出さない(ヴィンフリーデお嬢様が関われば別だ、以前私は単なる教育方針の違いで殺されそうになった)。そんな常識的な節度を持っていること自体が感動的なのだから文句を吐くのは高望みが過ぎる。


 強大な力を持った者は、大小あれ倫理の欠如が見られるものだから。私は除くが。


 念のためにもう一度言っておく。私は、除くが。


 とにかく。


 ドラゴニア公は意外や意外、親バカである。普段の姿とはギャップがすさまじい。こういう感情を私はつい最近、”解釈違い”と名付けた。


「ヴィンフリーデはまだ幼い。目の前に広がる可能性という名の道は多いだろう。あいつを守ると同時に、様々な選択肢を提示するのが賢帝(ヴァイザー)たるお前の役目だ。これからも励め」

「はい」

「それと、スパルタ教育は……まあ、ほどほどに…………いい塩梅でやれ」

「……かしこまりました」


 ドラゴニア公は、自分の親バカが周りにバレていないと思っている。だからそんな中途半端な言い回しになってしまうのだろう。


 もしかすると彼は彼自身が、自分の子相手でも可愛いなどと思わない性質(タチ)だと考えていたのかもしれない。

 あるいは、我が子を千尋の谷に突き落とす振る舞いをしなければならないと勝手に思っているのか……。


 どちらでもいいが、とにかく、ドラゴニア公のヴィンフリーデお嬢様に対する溺愛ぶりは周知の事実である。当の本人であるヴィンフリーデお嬢様だけは、そのことをご存じないご様子だが。


 ドラゴニア公が立ち去るのを見届け、部屋に戻るとヴィンフリーデお嬢様の被っている毛布が微動だにしていなかった。あんなに騒いだから、疲れて眠ってしまったのだろうか。


 けれどそれも、三歳児のやることだ。以前までの私とは違い、こういう点にも愛着が湧くようになってしまった。少しだけ、子供が好きになったのだ。


 ――これが仮に二十歳過ぎの者の振る舞いであれば当然苛立ち、手が滑り、顔面に煉獄を叩きこんでしまうかもしれない。が、ヴィンフリーデお嬢様はあくまで三歳児だ。可愛らしいものである。


 ドラゴニア公の考えるスパルタ教育がどういったものなのかはわからないが、寝ているヴィンフリーデお嬢様を叩き起こしてはまた遠回しに文句を言われるかもしれない。だから今日は、魔法の練習はここまでにしておこう。何もこの世界は、魔法がすべてではないのだから。


 風に揺られながら、二か月前から編んでいる手袋に手を付けていると、いつの間にか目を覚ましていたヴィンフリーデお嬢様に脇を小突かれ、手刀を脳天にお見舞いしてやった。


「起きられましたか?」


 そう尋ねると彼女は頬を膨らませたまま頷いて、愛らしい小さな口を開いた。


「おれ、けんじゅつがしたい」


 眩暈がした。この幼く美しい女児は、一体何を言っているのだろうか。


 剣など教えれば、私はまたドラゴニア公に小言を言われるに違いない。頭の中で彼の言葉が聞こえた。


「スパルタ教育をしないように……否、とびっきり甘やかすように…………」


 その幻聴は、私の先行きを暗くした。

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