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Vtuber、龍人幼女に転生してしまう……  作者: 一十百 千
第三章 マクノートン王国へ
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行動原理

 結局、ミーナは中央大陸に辿り着くまでの間襲撃をやめることはなかった。魔大陸を出発してからの十日間、一日も欠かさず俺を殺しにきた。


「あ、見えてきたよ!」


 そんなミーナは現在、俺の横で、豆粒みたいな大きさの中央大陸を指さして笑っていた。


 昼はどこにでもいるごく普通の女の子。

 夜は教国に洗脳された暗殺者。


 ちぐはぐな彼女の生活は見ているだけで辛かった。


「ミーナは、教国に行くのか?」

「そうだよ、フィオネ様とお話しするの。リーデちゃんは王国だっけ?」

「ああ。俺も用事あるから」

「そうなんだ……寂しくなるね」


 日差しに目を細めながら、彼女は顔をこちらに向けた。


 何もできない俺は、上辺だけの言葉を吐く屑だ。


「時間ができたら教国に遊びに行くよ」

「ほんと!?」

「友達だからな」

「楽しみにしてるね!」


 本当に彼女は嬉しそうで。

 心の底から喜んでいるみたいで。


 正面から抱き締められた俺は、彼女の首元に顔を埋めた。今の顔を見られるわけにはいかない。こんなにもいい子に、俺の醜く取り繕った顔を見てほしくなかった。


 心がざわつく。脳がかゆい。


 俺はどうして、こんな風にしかできないのだろう。


 いつだって中途半端で、いい加減だ。


「じゃあそれまでに、リーデちゃんに相応しい女の子になるね!」


 ミーナはそう言って、俺の頬に軽くキスをした。触れるだけのものだった。


 それが酷く熱く感じて、それが酷く純粋なものに思えて、俺はやっぱり自己嫌悪に犯される。


☆★☆★☆


 港街と繋がる街は当然港街であり、俺たちは喧噪溢れる中で人波に揉まれていた。


 ハーフェンと違うのは人種の比率が魔族と人とで逆転していることぐらいだった。白人のような肌が新鮮だ。魔大陸では、肌の色など赤も青も黒も緑も溢れていたというのに。


「それじゃあ、ここでお別れだね」


 ミーナが身の丈に合わない大きな兎の形を模したリュックを背負ってそう言う。


「街を出るまでは一緒にいれるだろう」

「お別れを引き延ばしたら、引き延ばした分だけ辛くなるから」

「……そうか」


 彼女は何度も何度も振り返っては手を大きく振りながら雑踏に消えていく。俺は彼女の姿が見えなくなるまで右手を挙げて応えた。


「さて」


 ルクセリアが手を叩く。ここはもう中央大陸だ。彼女は外套を脱ぎ、代わりにオリオンがそれを着ていた。


「王国に行くんだったわね。今日はここで一泊するとして、いつ頃に出発するの?」

「ダラダラする理由もありませんから、出発は明日でいいかと」

「ダラダラしない理由もないけどね」

「怠惰は身を滅ぼします」


 俺はその話し合いをボーッと聞いているだけで、ミーナの去って行った方向を眺める。彼女はこれからどうするのだろう。


 ……いや、俺が考えたって意味が無い。彼女はこれまでだってああして生きてきたのだ。何も問題は起きないはずだ。船に乗っている間だけ話して、わかったような口振りをきくのは卑怯だ。


 俺は彼女のことを何もわかってやれなかったし、してやれなかった。


「ほら、行くわよ」


 背中を叩かれ、俺はルクセリアを見た。


「いてぇよ、ゴリラかてめえは」

「そんだけ憎まれ口をきけるなら大丈夫ね。明日からの旅に備えるんだから、シャキッとしなさいな。準備も大変なのよ」

「準備って何するんだ」

「食糧買わなきゃ」

「ハーフェンで買っただろ」

「あんたバカなの? あんなの全部食べちゃったに決まってるじゃない。船に乗ってる間に食べる分とその予備ぐらいしか買ってないわよ。引きこもりにはわからないかもしれないけどね、食べ物って腐るのよ」


 当たり前のことを言われて、イラッとする。しかし俺は大人だ。こんなことでは怒らない。


「……そうか」

「あれ、怒った? 怒っちゃったの? プププ、短気だとモテないわよ」


 今度は何度も俺の背中をバシバシと叩くルクセリアに、「お嬢様で遊ばないでください」とオリオンが眉を吊り上げる。


 深呼吸。

 俺は、大人だ。


「街を見てくる」


 一言だけ伝えると、俺はミーナが歩いて行った方向とは別の道に歩みを進める。


「お嬢様、一人だと危険です!」

「大丈夫だって」


 手をヒラヒラと振って、雑踏の中に紛れる。中央大陸とはいえここは魔大陸と航路で直接つながっている街だ。外套が剥がれて魔族だとバレても、大きな問題にはならない。


 オリオンとルクセリアと別れて一人で歩いていると、この街(名をラプスと言うらしい)とハーフェンは雰囲気が異なっているように感じた。広場があったり、屋台が立ち並ぶ通りがあったり、至る所で喧嘩が起こっていたり、ハーフェンの共通点ばかり目につくというのに。


「一人だからかな」


 俺はそう零して、外套のフードを目深に被り直した。腰にぶら下げている直剣の存在も確かめる。


 大丈夫。俺は大丈夫だ。


 それにしても……。


「ルクセリアはどうして、着いてきてくれるんだろう」


 ルクセリアのこの世界での最終目的は、元の世界に帰還することのはずだ。そのヒントは教国にある。もっと言えば、新しい聖女が持っているかもしれない”世界を渡る能力”だ。六百年もこの世界で元の世界に戻る術を探してきた彼女なら、一刻も早く確かめに行きたいはずなのに。


 何だか、もうわからなくなってきた。


 フード越しに頭をかきむしっていると、路地の方から怒鳴り声が聞こえてきた。


「金だよ、金!! 持ってきたんだろうな?」

「あ、ああ……」

「はぁ!? これっぽっちじゃ居酒屋にも行けねえよ!!」

「今はこれで勘弁してくれ! 妻も娘も生活できなくなる!!」

「じゃあ売ればいいだろうが!! てめぇ舐めてんじゃねぇぞ!!!」


 助けてやろうとか、仲裁してやろうとか、そういう気持ちがあったわけじゃない。胸の中に溜まった鬱憤を吐きだせるのならば何でもよかった。


 たとえ金を出している側がギャンブルで身を崩している屑であろうとも。

 たとえ恫喝している側が貸した金を返せと言っているだけだとしても。


 事情を確認する気が起きない。何でもいい、本当に何でもよかった。


「恐喝すんなら、バレねえようにやれよ」


 気づけば俺は、路地裏に入って男二人を前にそう言っていた。


「あぁ? なんだてめぇコラ。……まだガキじゃねぇか、売り飛ばされたくなきゃあ消えろ!!」


 怒鳴り声を上げていた金髪(ブロンズ)の男は筋肉質で、俺など片手で握り潰せるぐらいの大男だった。方や震える手で銀貨を差し出していた男は眼鏡を掛けていて、額に脂汗をかいている。


 見た目で判断する主義ではないが、明らかに金を脅し取っている現場だ。


「怒鳴ってんじゃねぇよ、聞こえてるよ」

「あぁ!?」

「声がでけぇって言ってんだボケ」


 額に青筋を立てた大男が拳を振りかざし、俺は直剣を引き抜き柄で顎を殴りつけた。


「グッ……!?」


 呻き声をあげ目を回したかと思えば、彼はその場に崩れ落ちる。しかし、脳震盪を起こしているだろうにまだ彼の意識はあった。


「てめぇ……殺す……!」


 俺は全身に魔力を流し、倒れ込んでいる男にマウントポジションをとってその頬を殴りつけた。すると口の端が切れたのか、血が噴き出る。


「そういう」


 殴る。


「セリフは」


 殴る。


「自分が強いときに言えよ」


 殴りつけると、彼はようやく意識を失い後頭部を地面につけた。


 立ち上がり、身体を蹴りつけると俺は眼鏡の男に向き直った。


「ヒッ……!?」


 俺は黙って彼の横を通り過ぎようとして――。


「ありがとう、ございました……これで、今日はご飯を買って帰れます……」


 震える声を聞いた。

 俺は何の気なしに尋ねてみる。


「金でも借りてんの?」

「借りてはいたんですが……元金も返しましたし、当初言われていた利子も返したんですが……」

「じゃあ何でまだ払ってんだよ」

「それが、こいつ、知らなかったんですがコレ(・・)で……」


 眼鏡の彼は小指で頬をなぞった。まあつまり、前世で言うところのヤクザだという意味だろう。


「憲兵に言えよ」

「言ってどうにかなる話じゃないですから」

「じゃあ、一生金渡し続けるわけ?」

「それは……」


 イライラする。煮え切らない男にだろうか、それとも横暴を働く大男にだろうか。


 いや、きっと自分自身にだ。何も学ばない自分にイラついたのだ。


 どうしてこんな現場にしゃしゃり出てしまったのだろう。


 ミーナのときと同じだ。俺は何もやってやれない。ヤクザだかマフィアだか知らないが、そんな奴らの本拠地に乗り込んで壊滅させてやる暇はない。俺だって逃亡者で、今は流れ者だ。


 俺は、何も言わずに立ち去ろうとした。首を振って舌打ちをしながら。


 すると――。


「本当にありがとうございました。貴方のお陰で、少しこれからのことを考えようという気になれました」


 振り返ると、眼鏡の男がまっすぐ俺を見ていた。フードを被っているから俺の顔など見えないはずなのに、正面から瞳を見つめられている気分だった。


「立ち向かわなければ、何も変わりませんから」


 俺は今度こそその場を立ち去った。逃げるみたいに。


☆★☆★☆


 ハーフェンにあったような無駄にでかい時計台を上って、夕日に照らされた街を眺める。上から見下ろしていると、仕事帰りの土工や若い女を侍らしているおっさん、仲睦まじく歩いている家族連れもいた。


 色んな人がいる。


 いいヤツも悪いヤツも。

 幸せなヤツも不幸なヤツも。


「はぁ……」

「何を辛気臭い顔をしているんですか」


 声が聞こえてきて、俺は手すりにもたれかかったまま視線も動かさずに答える。


「よく見つけられたな」

「バカと煙と悩み事がある者は大体高いところに行きます」

「俺はどれ?」

「バカですかね」

「お前、俺のメイドだよね?」

「私と比べればこの世のほとんどがバカですよ」


 オリオンは俺の隣に来た。もちろん、俺と同じく外套のフードを被っている。


「いい眺めですね」

「そうか? ほら、あの路地で盛ってる奴らがいるぜ」

「指をささないように、はしたないですよ」

「はしたないのはあいつらだ」


 たぶん、オリオンは俺が悩んでいることに気づいて探しに来たのだろう。ルクセリアにしたって、不自然に明るかった。


「あのミーナとかいう少女のことを気にしていらっしゃいますか?」

「……」

「今の段階では、何もできなくても仕方ありません」


 そうじゃない。そうじゃないんだよオリオン。


 俺は自分が弱いことを知っている。俺は自分が何もできないことを知っている。国家に歯向かうことなんてできないってわかってる。


 それなら、身の丈通りに振る舞わなければならない。それなのに偉そうに同情した自分が、どうしても許せない。


「助けられないなら、友達面するべきじゃなかった」

「そんなことはありません」

「何もできないくせに笑いかけるべきじゃなかった」

「違います」


「じゃあ、何だよ!」


 叫び、睨みつける。頭の中がグチャグチャだ。まるで前世の俺の精神が脳みそを侵食しているみたいだった。


「ヘラヘラ笑って知らない振りをして、上辺だけの言葉を吐くのが正しいのか。……俺に、ミーナと仲良くなる資格はなかった。何もできないなら、黙って突き放すべきだった」


 逆切れだ。それでも、言葉が喉を突いて止まらない。


「王国に行って、身を隠して、それから俺たちは迷宮大陸に行く。そこで仲間を集めて魔大陸に戻って……ミーナを助ける余裕なんてないだろ。あいつはこれからも、教国のおもちゃだ!!」


 俺が悪い。わかってるんだ……。


 手すりを蹴りつけてその場を離れようとした俺の肩を、オリオンが掴んだ。


「お嬢様」

「あぁ?」

「久し振りに、修行をしましょうか」


 そう言うオリオンは、いつものように無表情だった。

 書き溜めていたものを投稿し終わりました。


 今後は投稿頻度が落ちますが、時おりチェックしていただけると嬉しいです。

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― 新着の感想 ―
[一言] 続きがない、ただの屍のようだ
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