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Vtuber、龍人幼女に転生してしまう……  作者: 一十百 千
第三章 マクノートン王国へ
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マジカルと名を付ければだいたい魔法

 絶対神ガイアは人を生み出し、そして聖女を生み出した。


 人ならざる人を、矛盾の権化を、聖女という名で己の使徒として顕現させた。


 かの者はすべてを救う。

 かの者はすべてが正義。

 かの者は下界の頂。


 祈り、願い、神にかしずく聖女こそがガイアの最愛である。


 世代を超え、時を越え、産まれては死んでいく聖女が神聖ガイア教国においての絶対権力者だった(・・・)


 いつからだろうか。


人が神を超えたと思い込んでしまったのは。

 聖女をただの政治道具として使うようになってしまったのは。


 権力を持てば持つほど、神を信じなくなってしまったのは。


 神聖ガイア教国が、神にやつすその身を武力に費やすようになってしまったのは。


 神を信じるのはいつだって、何も知らぬ民衆だけだ。


☆★☆★☆


 魔法少女(マジカルガール)ミーナは操舵室の上から飛び降り、両手を前に突き出した。


「マジカル☆包丁!」


 夜の甲板の上、俺と魔法少女の鬼ごっこは泥沼の様相を呈していた。俺は龍人としての膂力を活かして船上を駆け回り、魔法少女であるミーナは無尽蔵の魔力によって攻撃を途切れさせない。ついでに、彼女が身にまとっていたゴシックロリータは元々多かったフリルの量を更に増し、それに加えて若干の露出がなされていた。


 まるで女児アニメに出てくる魔法少女みたいだ。いや、ミーナは正真正銘魔法少女なのだが……。


「何がマジカルだボケ!!」


四方八方から高速で飛んでくる包丁から逃げながら俺は叫ぶ。


 マジカルとつければ何でも許されると思っているのか、彼女の唱える魔法名はどれもこれも癪に障るもので、どこか緊張感に欠ける。それでも一歩間違えれば全身が串刺しにされるから、ふざけるわけにもいかない。


「もう、早く死んでよ! マジカル……えーっと…………マジカル☆殴り!」

「野蛮すぎる!!」


 龍人の俺をもってしても、霞んで見えるほどの速度で繰り出された拳に、俺は背中をのけ反らせて回避する。


 どうしてこんなことになったのか。「マジカル☆連続殴り!」と、唱えているのか叫んでいるのかわからないミーナの拳を必死に避けながら考える。


 ひとまずは、誰が悪いのかを考える。


 船底の客室に繋がる扉の脇で、俺とミーナのやり取りを観戦しているオリオンとルクセリアを横目で見つけた。


 誰が一番悪いのかって、そんなことは決まりきっている。


 殺されそうになっている俺を、紅茶とクッキーを嗜みながら眺めているあいつらが悪いのだ!


「お嬢様、澱みなく魔力を流してください。先ほどから動きにムラが見られます」

「うまいわね、このクッキー。魔大陸の食べ物もバカにできないわ」

「ぶっ殺すぞ!! 早く手伝えや!!!」


 そう怒鳴ると、前方から魔力が立ち昇るのを感じた。


「マジカル☆ミラクル☆レボリューション!!」

「わあ、綺麗……じゃねえ!!」


 虹色に光るビー玉サイズの粒子に、一瞬気を抜かれる。すんでのところでその場を飛び退くと、ミーナの放った粒子が甲板をえぐりながら爆発した。


 顔を引き攣らせて青褪める。煙の向こう側、ミーナが可愛らしく頬を膨らませている。


「私のマジカル☆ミラクル☆レボリューションを避けるなんて!」

「こんなに可愛い俺を殺そうとするなんてって言ってもいいかなぁ!!」


 乗船の直前、魔法少女(マジカルガール)、ミーナに話しかけられた俺はすぐにルクセリアを見た。しかし彼女はとくに大きな反応をすることはなく、「まあそういうこともあるわね」とだけ言った。おそらく、ミーナに前世の記憶が無いことはすでに調査済みなのだろう。


 そして始まったのが毎夜行われるマジカル☆地獄である。


 人類大好きミーナちゃんは、基本的に一般の人族がいる前で力を振るおうとしない。自分の正体がバレることを恐れているのか、それとも単純に周りを巻き込まないようにしているのか。


 どちらだっていいが、彼女の襲撃が夜にのみ行われることだけが唯一の救いだった。


 本日、出航から五日目。


 本日、彼女の襲撃は五回目。


 毎日毎日律義に、俺にあてがわれた客室まで足を運んで丁寧に殺そうとしてくるのだ。


「俺に……何の恨みがあるんだよ……」


 彼女の魔法とも奇跡ともわからない攻撃から逃げまどい、ゼェゼェと肩で息をする俺はそう尋ねる。俺と同じく大量の汗をかいて、明らかなスタミナ切れに陥ったミーナ。


「そんなの……ハァ……あなたが、ウップ、邪悪な魔族だからに…………ハァ……決まってるよ……あ、吐きそう…………」

「絶対やめろよ!?」


 フラフラと俺に近寄りながら土気色の顔でえずく少女に、最後の体力を振り絞って後ずさる。


「今日は、この辺に、しておいてあげるから…………」


 そう零して、彼女は顔面から甲板に突っ伏した。トドメをさしてやろうかとして、逡巡――俺はため息をついて何もせず、オリオンとルクセリアの下に歩いて行く。


「フフフフ、龍殺しともあろうものがわからないのですか? 愚かですねぇ」

「くっ……蜂蜜……蜂蜜味よ!」

「残念、プレーンです」

「ルクセリア・フォン・ティオール、一生の不覚……!」


「何遊んでんだ!!!」


 そこには目隠しをしたルクセリアがオリオンにクッキーを食べさせてもらい、味当てゲームでキャッキャウフフしている勇者と災厄がいた。


 仲良くなってほしいとは思ったが、この五日間で仲良くなりすぎだろ。


「それでは罰ゲームです、死んでください」

「殺せるものならね」


 そうでもなかった。


 無表情のオリオンと不敵な笑みを浮かべるルクセリアの頭を引っ叩く。


「か弱い俺が殺されそうになってるってときに、随分呑気に高貴な遊びをしてるもんだなぁ?」

「お嬢様にもわかりますか、この高貴さが」

「皮肉が通じない……こいつ、無敵か……?」


 俺は甲板の手すりに背中を預けて、空を見上げる。魔界特有の紫色の空はかなり薄れており、そこには無数の星がまたたく夜が広がっていた。どうやら昨日から、魔界の瘴気が及ぶ範囲を抜けたらしい。まあつまり、中央大陸に順調に近づいているということでそれは喜ばしいことなのだが……。


「いい加減、あいつをどうにかしてくれよ。オリオンでもルクセリアでも、あれぐらいならどうにでもできるだろ?」


 そう。俺はこの五日間、ミーナに付きまとわれ続けている。最初は二人が助けてくれると思っていたのに、彼女たちは俺とミーナの鬼ごっこを眺めているだけ。本格的な戦闘が始まれば、遊んでいるとはいえ近くにいるので本気で死にかければ助けてくれるつもりなのだろうが、日に日に俺の不満は募っていた。


「これは修行ですよお嬢様。お嬢様は実戦経験がほとんどありません。あのミーナとやらは、そこまで実力が高いわけではありません。ガイア教に洗脳されている()はありますが、危険度で言えば3と言ったところでしょう」

「3って、何段階評価だよ」

「私を9だと思ってください。龍殺しは8です」


 しれっと自分の方が上だと微妙なドヤ顔をしたオリオン。ルクセリアはクッキーを頬張るのに夢中で気づいていない。


 脅威度3と言われても、こうも毎日毎日襲撃されていてはたまったものではない。


 俺は、突っ伏したままピクリとも動かないミーナをチラリと見てそちらに歩き出す。


「どうするおつもりですか?」

「縛り上げて、客室に放り込む」

「船員に気づかれでもしたら騒ぎになりますよ」

「知るか、このままじゃ殺される」


 答えながら歩いて行く俺の首根っこを、オリオンが掴んだ。


「それでは修行になりませんから、今日はもう寝ましょうね」

「放せ! あのマジカル☆殺人鬼を、二度とこんなことができないようにしてやるんだ!!」

「はいはい」


 ズルズルと引きずられていく俺は、顔を上げてオリオンの瞳を凝視した。


「な、何ですかお嬢様?」


 明らかに狼狽した彼女に、俺は心の中で笑う。


 勝ったな……。


「オリオンは、俺のお願いを聞いてくれないのか……?」


 涙で瞳を潤ませ、でき得る限りの悲しみの表情を浮かべる。声を震わせ、庇護欲を掻き立てることも忘れない。


「い、いえそういうわけでは……」

「オリオンのこと、嫌いになっちゃうかも……」

「お嬢様ぁ!?」


 俺は彼女の緩んだ手から離れ、手を伸ばし彼女の顔に触れた。


「俺の言うこと聞いてくれたらぁ、いいこと――」

「帰るわよクソガキ」


 あと半歩でオリオンを篭絡できるといったところで、背後からルクセリアに拳骨を振り下ろされた。


「ぐぅぅ……!」


 今夜もミーナ捕縛作戦に失敗した俺は、頭を抑えながら、倒れている魔法少女(マジカルガール)を恨みがましく睨みつける。


 絶対、許さねぇ……! いつか、マジカル☆拳骨してやる……!!


「お嬢様、いいこととは具体的に何でしょうか! お嬢様? お嬢様ぁ!!」


 引きずられていく俺に追いすがり、必死の表情で尋ねてくるオリオンに脱力する。


 こいつ、どんどんダメになっていくな……。

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