お願いと強奪は紙一重
「さて、私たちは中央大陸行きのチケットを三枚欲しています。いくらですか?」
「な、7万オース……」
「おや、聞こえませんでしたね。もう一度聞きますよ? いくらですか?」
「「これ以上は勘弁してくだせえ!!」」
俺たちがいるのは港にある船着き場の券売店……ではなく、そこから少し離れた埃臭い路地裏の二人の男の前だった。彼らは身体中から血を垂れ流しており、赤色の肌を真っ青にしている。
当初、俺たちは正規のルートでチケットを買おうとしていた。しかし無情にも、三人分空いている船は向こう十日間存在しなかった。
無いものは仕方がない。十日間待ちぼうけになるのは受け入れるしかないだろうと、俺は思った。
そこでオリオンが言ったのだ。
「お嬢様、少しガラが悪い場所に向かいますがご容赦ください」
そして連れてこられたのが、それぞれ右頬と左頬に左右対称の刀キズがついている大鬼族が座っているゴザの前だった。ここに来るまでの路地には、彼らと同じような風貌の、前世で言うところのヤクザな雰囲気がプンプンと漂っていた。
説明されなくても流石にわかる。ここでは、非合法の闇市が開催されているらしい。
俺とオリオンは二人の赤肌の大鬼族の前に立った。
「中央大陸行きのチケットを三枚お願いします。明日の早朝発で」
オリオンがそう言うと、カード絞りをしていた彼らは顔を上げ俺たちをジロジロと見た。
方や白髪の見目麗しきメイド、方や外套のフードを目深に被っている子供。他人からすれば、どう見たって怪しい。
彼らはそれを、隙だと考えたのだろう。ニヤニヤと笑って返答した。
「随分急いでるようだなぁ?」
「十日ぐらい待てば、三人ぐらい乗れるだろぉ?」
「わざわざ俺たちに頼まなくたっていいんじゃないかぁ」
「そぉそぉ」
兄弟みたいに喋り方も息もピッタリな彼らは立ち上がり、俺とオリオンを威圧するみたいに見下ろす。身の丈は2m以上ある。
「御託はいりません。さっさと用意してください」
「おいおいおいおい! 聞いたか兄ちゃん!?」
「おいおいおいおい! 聞いたぜ弟よ!!」
彼らはお互いの肩を叩き合い笑い転げる。身長と同じく笑い声も不快なほどに大きかった。
「頼み方がなってねぇよなぁ!?」
「俺たちは用意してやる側なんだぜぇ!?」
頼む……もう、やめてくれ。
先ほどから震えが止まらない俺は心の中で手を合わせていた。
「ほら、このガキは怖いよぉ怖いよぉって震えてるぜ!?」
俺の様子を見咎めた、兄ちゃんと呼ばれている右頬に傷がある大鬼族が怒鳴り、左頬に傷がある大鬼族はまたまた笑う。
「まあ? 俺たちは優しいから? 売ってやらねぇことはねぇがよぉ……。まあ、100万オースってとこだなぁ!?」
「おい兄ちゃん、それって安すぎだろぉ?」
「安心しろ弟よ、一人100万オースだってぇ!」
「おい兄ちゃん、それっててきせー価格だなぁ!?」
彼らには俺たちが、逃亡奴隷か犯罪者にでも見えるのだろう。だから、ここまでふっかけられるのだ。100万オースあれば、俺とオリオンとルクセリアが三ヶ月は不自由なく暮らせる。明らかにぼったくりだ。
ギャハギャハギャハと、彼らが笑うたびに俺の背には滝のような汗が流れ落ち、震えは更に大きくなっていく。
頼むよ……本当に、怖いんだ。
オリオンがいつブチ切れるかと思うと、震えが止まらないんだ。
「なあほら、さっさと払わねえとこのガキが――」
兄大鬼族が俺に手を伸ばしかけたその瞬間。
――斬。
「聞こえないなら耳は要らないな?」
彼の右耳は宙に舞い、そこから血が噴き出した。
「「――は?」」
そんなところでも息ピッタリな彼らは数秒間固まり、絶叫した。
「あぁぁぁぁあああぁぁ!! いてぇ、いてぇよぉ!!」
「兄ちゃん、おい大丈夫か!?」
「大丈夫に見えんのかよ!!」
兄大鬼族は斬られた箇所を両手で抑えながらうずくまり、そう怒鳴る。慌てていた弟大鬼族はこちらに向き直り、眉を吊り上げる。もともと強面だった彼の顔が更に凄みを増して、今度は彼の左耳が飛んだ。
人気の少ない路地裏に悲鳴が鳴り響き、オリオンは彼らに剣を突きつけた。
「正規のルートであれば、一人三十万オースでした。私たちへの恫喝、脅迫行為、傷害未遂…………そして何より、お嬢様をガキ呼ばわりしあまつさえその薄汚い手で触れようとしたこと。それらすべての損害賠償を含めて、チケットはいくらですか?」
もう、彼らにもわかったのだろう。目の前のメイドには、自分たちが束になっても敵わないことを。そして、取り返しのつかない態度をとってしまったことを。
血が流れ出すのを必死に抑えながら、兄大鬼族が涙目で言う。
「じゃ、じゃあ五十万オース……?」
「は?」
彼の右指が二本飛んだ。彼が悲鳴をあげる前に、黙れと言わんばかりに眼球の前に剣が突き出される。
「聞こえませんでしたが」
「三十万!! 三十万オースでいいから!! これなら正規の値段だ、問題ねぇだろ!?」
「三人で三十万オースですか……」
「「え……」」
一人で三十万オースのつもりだったのであろう彼らの絶望的な声を聞こうともせず、オリオンが空いている手をあごに当て考え込む。
「しかし、まだ高いですね。いくらまで安くできますか?」
「「…………」」
「喋れないなら喉は要りませんね」
今度は彼らにもわかるようなスピードで剣を引いたオリオンに、二人は地面にひれ伏して叫ぶ。
「「一人十万オースで用意します!!」」
「まだ高い」
そうした感じで、オリオンの価格交渉もとい強奪行為には拍車がかかっていき、結局タダ同然の値段で、明日の鼠刻がちょうど始まる時間に出発する中央大陸行きの乗船チケットをぶんどった。
涙目というか、とっくの昔に泣き喚いている彼らにさすがの俺も同情する。闇稼業を営んでいる以上、こういうことになるのはいわば仕方ないのかもしれないし、因果応報なのかもしれない。しかしそれを差し引いても、運が悪いとしか言えなかった。白き災厄、オリオン・モーリタニアと出会ったのが運の尽きだ。
「これに懲りたら、見た目で他人を判断しないように。あと、ハーフェンほど大きな街である以上、スラムが形成されるのは自然な流れかもしれませんが、先ほどのようなあくどい手法はやめなさい。今度見つけたら――」
――身体の部位を一つ一つ、そぎ落とします。
赤べこのように首を縦に振り続ける彼らに背を向け、オリオンは俺に三枚のチケットを見せてきた。
「ほら、お嬢様の有能なメイドが手際よく明日のチケットを用意いたしました」
「…………」
「頭を撫でてください」
何も言えなかった俺は、震えながらオリオンの頭を言われるがままに撫でた。こいつだけは怒らせてはならないと、改めて思いなおす一件だった。
オリオンが颯爽と歩き出し、いつの間にか手を繋がれていた俺はそれに引きずられていく。すると二人の大鬼族の声が呆けた声が聞こえてきて振り返った。
「あ、あれ……? 耳が……それに、指も……もとに戻ってる……」
「に、兄ちゃん、俺もだ…………」
呆然と自分の指や耳を触っていた彼らは顔を上げてこちらを見つめてから、身体を震わせ広げていたゴザをそのままに反対側に駆け出して行った。
「手負いの獣は、迷惑をかける可能性がありますから」
たしかに、耳や指を失って更に社会的弱者となれば、彼らが何をするかは想像に難くない。乗船チケットの転売とは比べ物にならない犯罪を犯すかもしれない。
さすがは賢帝、加虐趣味というわけではなかったらしい。
「お嬢様」
「何だ?」
「優しいとか、賢いとか思っていただけたのならばもう一度頭を……」
振り返った彼女の表情はよだれで濡れていて、紅潮していた。
「気持ち悪……」
さすがは変態メイド、きちんと自分の欲望に素直だった。
これからの長旅、俺の純潔は守り通せるだろうか……。
非常に心配である。




