流れに流れて流れ果てた先
「お嬢様は今日も可愛らしいです」
「……そうか」
「ああ、愛くるしい。その困り顔もピクピクと動く小さな尾も、すべて食べてしまいたいぐらいです!」
「……うん」
俺とオリオンと、ルクセリア。三人並ぶ旅の道中。魔の森をこれといった危険もなく抜けた俺たちは、最寄りの村に向かって歩いていた。
意識を取り戻したオリオンは、ルクセリアが旅を共にすることに一時は反対したが、それがアダルバートの意向であり、なおかつ俺も納得していることから渋々了承した。
込み入った説明は求められなかったので、何となく察しはついているのだろう。もしかするとラグラドールの契りとやらのこともわかっているのかもしれない。何せ彼女は賢帝だ。
そして。
「私ばかりがお嬢様を独占してしまってもいいのでしょうか。私は神など信じませんが、ああ……この幸福が、私の身をとろかしてしまいそうです」
身どころか顔までとろけている彼女は、恍惚の表情で俺の身体を抱きしめている。それでもつんのめったり、遅れたりしないのが器用なのか気持ち悪いのか……。
「ねえ、ヴィンフリーデ」
「何だ」
「こいつ、普段からこんなに気持ち悪いわけ?」
するとその言葉に、オリオンが顔を上げルクセリアを睨みつけた。
「言葉に気を付けなさい、人間」
「凄むんだったら、そいつから離れてからにしなさいよ」
「お断りします。私はもう、一時たりともお嬢様から離れたくないのです。お嬢様の温もりだけが私の生きる理由です」
どうしちまったんだオリオン……! お前は、もっとこう、クールな感じだったじゃないか!
できるメイドだっただろう!!
俺は抱き締められたまま、これからのことを考える……否、現実逃避をする。
とりあえずの最終目標は迷宮大陸に向かうことだ。そのためには中央大陸を経由する必要がある。この魔大陸から直接の上陸は不可能だ。しかし、勇者たるルクセリアがいる。彼女が身元の保証人になってくれれば、考えているよりも簡単に事が運ぶかもしれない。
「というか、ルクセリアはどうして俺たちを助けてくれるんだ? お前は王国側の人間だろう?」
オリオンから殺意を向けられながら、呆れた様子の彼女は答える。
「私にも目的があるからよ。それに王国側ってわけじゃない、ただ所属しているだけよ。力を求められることもあるけど、適当にあしらってる」
「目的って?」
「言う必要はないわ」
それだけ言って、ルクセリアは早足で俺たちの前に出た。
「前方は私が警戒するから、あんたたちに後方は任せる」
警戒も何も、ルクセリア一人いればそこらの魔獣など鎧袖一触であろうに、よほどオリオンの俺に対するべたつきに耐えられなかったのだろう。
「あの白き災厄が……」
ルクセリアの嘆き声が聞こえてきて、俺は少しだけ彼女に同情した。今のオリオンは、時すら止める固有魔法をぶっ放した者と同じとは思えない。
俺とルクセリアは気まずい空気に苛まれながら、オリオンだけが幸せを享受しながら俺たちは道なき道を歩き続ける。俺の胸元ぐらいまで生えている草をかき分けながら。
どのぐらい経っただろうか。そろそろ夕日が沈み切る頃(魔界はいつだって薄紫色だが)、俺たちはようやく前方に人の気配を感じ取った。数時間前から雪が降りしきっていたため、想像以上の疲労に苛まれていた俺は一安心する。
「今夜はあの村に泊まりましょう」
オリオンの言葉にホッとする。一秒でも早く先に進まなければならないとでも言われたら、俺は泣き喚かざるを得なかった。
俺とルクセリアは、着ていた外套のフードをすっぽりとかぶり顔を隠す。俺はともかく、ルクセリアの正体が万が一にもバレるわけにはいかない。
村に近づいていくうち、俺の顔は曇ってゆく。
「村……?」
その集落は、周りを粗末な木の柵で覆われているだけの……言葉は悪いがみすぼらしい格好をしていた。点々と藁ぶきの民家が建ってはいるが、出歩いている魔族は数えるほどだ。
はっきり言って、肌が痛くなるほどのこの寒さを十分にしのげるとは思えなかった。
「ここは元犯罪者の流れつく場所ですから」
オリオンがそう言い、ズンズンと雪の中を歩き背の低い門の前で大声を張り上げた。
「オリオン・モーリタニアです!!」
すると奥の方から杖をついた老婆が姿を現す。顔中しわくちゃで、どこがどのパーツなのかわからない。その老婆は人の好さそうな笑みを浮かべた(魔族らしく、背には翼が生えているが)。
「モーリタニア様、いつも大変お世話になっております」
老婆はもともと曲がっている腰を更に曲げ、一礼した。
「今日、ここに三人泊まりたいのです。場所はありますか?」
「もちろんでございます。こんな寒村ですのでご満足はいただけないでしょうが……」
「屋根があればそれで構いません」
老婆はまたしわくちゃの顔をゆがめて笑い、「こちらへ」と引き返していく。俺とルクセリアは顔を見合わせる。
「お前、チート勇者なんだろ? ちょちょいと家作ってくれよ」
「知ってる? 壊すより作る方が難しいの」
「藁なんかでこの寒さが凌げるわけないだろうがぁ……! 凍死しちまうよ……!」
「私は魔法で体内温度を上げられるから問題ないわ」
「くそぅ……くそぅ……!」
俺たちがヒソヒソと話をしていると、不意に老婆がこちらを向いた。話が聞こえてしまっただろうかと、後ろめたい気持ちになっていると老婆は梅干しみたいな口を開いた。
「そこの、大きい方のあなた」
「私?」
ルクセリアは自分を指さし、首を傾げる。
「そう。……あなた、おうちは遠い場所にあるのかい?」
「……」
「帰れるといいわね」
それだけ言って、老婆はまた歩き出した。
ルクセリアは無表情で、しかし一瞬だけ瞠目してまた歩き出した。
……俺は彼女の目的を結局聞かせてもらえなかった。けれど、何となくは想像がつく。彼女がどうして元Vtuberを探して、世界中を飛び回っているのかも……。
彼女は、元の世界に帰りたいのだ。
ルクセリアだって俺と同じく、元の世界の記憶がある。俺はうだつの上がらない堕落した生活を送っていたから帰還願望は無いに等しいが、彼女は違うのだろう。それは六百年経とうとも同じことらしい。
二つの記憶。二つの人格。二つの世界。
配信者と、勇者。
あまりにもかけ離れている。
俺は深く詮索はせず、ただ黙ってその後をついていった。
案内されたのは、想像以上でも以下でもなかった。藁ぶきの、屋根があるだけマシみたいな小屋だ。
「こんな場所しか用意できませんが、ご容赦くださいませ」
「ご配慮感謝します」
オリオンと老婆の話を聞いていると、ふと視線を感じた。それも複数。
「気づいていない振りをしなさい。面倒に巻き込まれたくないのなら」
振り向こうとすると、俺の身体をルクセリアが抑えつけた。彼女の顔を見ると、微塵も不自然さを感じさせない表情だった。
「元犯罪者の村よ。白き災厄はまだしも、実力がわからない者が二人。それも、片方は子供。この貧しい暮らしを少しでも脱するために、襲う算段でも立てているのでしょう」
「オリオンがいるのにか?」
「人でも魔族でも、追い詰められたら何をするかわからないものよ」
俺は黙り込んで、思案する。
アダルバートはこんな現状にあるこの寒村を、どうして放置しているのだろうか……。
「余計なことは考えないでよ」
「ああ……」
それが生返事だったからだろう。ルクセリアはため息をついて補足した。
「普通、犯罪を犯したってそれが小さなものであればある程度の罰を受けたらそれで終わりなの。少しは経歴に傷がつくでしょうけど、社会復帰できないほどじゃない。こんなところで暮らしてるってことは……まあ、後はわかるでしょ?」
……そういうことか。
彼らは流れに流れて、流れ着いた果てがこのみすぼらしい寒村なのだ。つまり、それ相応の犯罪を犯し続けてどこにも居場所がなくなった者たち。アダルバートがこの村を放置するのは、ここで生きていくことこそが罰になると考えているからなのだろう。
ということは、人の好さそうなあの老婆も極悪人なのだ。それが元なのか現役なのかまではわからないが……。死刑囚だって宗教に感化されることがあるのだから、人生というものは何があるかわからない。
俺たち三人は案内された小屋で一晩を明かし――結局襲撃には遭わなかった――次の日の明朝からすぐに集落を出た。薄っぺらな毛布で震えることになると思っていたが、オリオンが魔法で即席の暖炉を作ってくれて凍え死ぬことはなかった。
「甘やかすとろくな大人にならないんじゃなかったっけ?」
「お嬢様はもうすでに立派ですから」
夜の会話はそれだけだった。今日は目まぐるしい一日だったため、疲れてすぐに眠ってしまったのだ。
夜が明けようとも空は薄紫色である。
複数の視線を感じながら集落を出た俺たち。
「魔界ってのは、空も生きてる奴らも気持ち悪いわね」
「あの集落だけで判断するとは、龍殺しも狭量ですね」
「……あんたの今の行動を見て言ってるのよ」
ベタベタと俺の身体に触れてよだれを垂らすオリオン。
それを見て呆れ顔のルクセリア。
俺は――すべてを諦めた死んだ目をしている。
俺たちの旅はこれからだ!
……うぅ…………。
私用により明日から3日間、22時過ぎに投稿いたします。




