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Vtuber、龍人幼女に転生してしまう……  作者: 一十百 千
第二章 旅は道連れ世は暴力
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別れ


 意識を取り戻すと、俺の眼前には真っ二つに切り裂かれた森林が広がっていた。文字通り、真っ二つだ。俺とオリオンは城を出てから、三十分ほど移動した。距離にしてみれば20kmは走り続けていただろう。まあ、その後ルクセリアに二人揃ってプチリとやられたわけだが。


 それはともかく。


 現在、ここから城までの木々がすべてなぎ倒されていて見上げずとも城門が確認できた。剣を何度振ったかは知らないが、とにかく、ルクセリアは20km先まで届く斬撃を放ったというわけだ。規格外にもほどがある。


 しかも支離滅裂だ、意味がわからない。


「リーデ、気がついたか」


 身体を起こすと、いつの間にここに来たのか、アダルバートがいつものように殺気を撒き散らしながら傍に立っていた。離れたところにはルクセリアが木にもたれかかったままあくびをしている。


 オリオンは意識は無いが、命に別状はないようで小さな寝息を立てている。彼女と、ついでに俺の外傷は綺麗さっぱり治っていた。治癒魔法というものはまったくもって便利である。


「そこの愚昧がバカなことをした」


 どういうことかと、せわしなく首を動かしていると、俺の心を読んだみたいにアダルバートがそう言った。なるほど、ルクセリアは生粋の破壊主義者だったらしい。


「誰が愚昧よ。あんたを呼ぶには、こうするのが一番早いでしょうが」

「呼び鈴感覚で森を破壊するな」

「だったらインターホンでも鳴らせばよかったかしら」

「訳のわからない言葉を使うな、何だインターホンとは」

「愚昧乙」


 ルクセリアが鼻で笑い、アダルバートの眉がピクリと跳ねた。


 殺したい者を殺し、殺したくない者も殺す、正真正銘の魔王相手にここまでナメた態度をとれるとは、本当にルクセリアはこの世界において一目置かれているのだろう。アダルバートも不快そうではあるが、手を出そうとはしない。


 実にありがたい、こんなところで怪獣共が喧嘩でも始めれば俺なんてあっという間に胃袋の中に収まってしまう。


「リーデ」

「はい、父上」


 彼は俺の瞳を真っすぐ見て言った。自動的に放たれる殺意と畏怖以上に、王たる威厳が感じられた。


「お前はこれから、ルクセリアと行動を共にするのだ」

「はい?」

「奴は頭のネジが一本か二本は外れているが、その実力は折り紙付きだ。我が保証する。お前はいい子だが、それ故に騙されてしまうかもしれぬ。オリオンは強者だが、今回のように敗北を喫するかもしれぬ」


 淀みなく、迷いなく話すアダルバートに俺はつい口を挟んでしまった。


「ちょ、ちょっと待ってください父上!」

「何だ?」


 何だもクソもあるか。こいつは……ルクセリアは、つい先ほどまで俺とオリオンを殺そうとしていた輩だ。今現在は同郷ということでそのつもりはないようだが、この先どう心変わりするかなどわからない。


「ルクセリアは――」

「”さん”を付けなさいよ年下」

「ルクセリアは、王国側の勇者でしょう? 俺たちの敵です!! しかも六百歳!!」


 瞬間、ルクセリアが俺に向かい宝剣をぶん投げ、アダルバートが展開した魔導障壁に阻まれる。直後に爆発音と共に地面がえぐられ、四散した。


「失礼、手が滑ったわ。次に歳の話をしたら殺すから」


 口も滑ってんだよてめえはよぉ……!


「安心しろリーデ。我とルクセリアは、お前が気を失っている間にラグラドールの契りを交わした」

「ラグラドールの契り……?」


 何をどう安心すればいいのかを、まずは教えてほしい。というか、ラグラドールとは誰だ。


「ルクセリアはお前とオリオンを害さず、加えて我が龍皇国ドラグニルに手を出すこともない。むろん契約年数に限りはあるが、向こう三年はお前がルクセリア本人に殺されることはない」

「ルクセリアがそれを守るとは思えません」


 というか、さっきだって俺を殺そうとしたじゃないか。


「だからこそ、ラグラドールの契りなのよ。本当にバカね」

「あまりリーデを侮辱するな。リーデは賢い子だ、訂正しろ」

「あんたは親バカね。親子そろってバカバカバーカ」


 子供か、六百歳。仮にも元配信者ならもう少し語彙力を身につけろ。


 ぶっ殺してやりたい気持ちを無理矢理押さえつけ、俺はルクセリアに目を向けて説明を求めた。彼女はため息をついて、大木から背を離した。


「いい? ラグラドールの契りってのはね、信頼とか絆とかそういうもので結ばれるものではないの。利害関係すら超越する。これを交わしたが最後、契約を破れば永遠に魂がガイアに囚われるの」

「魂? 囚われる? 死ぬことと何が違うんだよ」

「はいバカ」

「訂正しろ」

「親バカ」

「早く教えろ!」

「バカ」

「リーデはいい子だ」

「親バカ」

「将来は美人になる、今も美人だ」

「親バカ」

「てか腹減った」

「バカ……って、何やらせんのよ旗上げゲームか!」


 ルクセリアは叫び、咳払いをした。


「死ぬことと魂が囚われることは明確な差異がある。死ねばそこで終わりだけれど、魂が囚われれば永遠に苦しみを味わうことになるわ。詳しく説明してもあんたじゃ理解できないだろうけれど……まあとにかく、ラグラドールの契りが有効な間、私はあんたやそこの白き災厄に手を出せない」


 本当、だろうか。俺はルクセリアの性格を知っている(あくまでも配信上のものではあるが)。


 サディストな彼女は頭がいい。しかも、べらぼうに。契約の穴を突くぐらいはやってみせるだろう。


「そもそも、言ったでしょう? 私はここに攻め込みに来たわけじゃない」


 ルクセリアは落ちた宝剣を拾い上げた。


「ヴィンフリーデ・ドラゴニア。あんたに会いに来たのよ」

「だったら、俺が城を離れる必要もない。俺はここが戦場になるから離れようとしただけだ」

「近い内にここが戦場になるから、アポもとらずに無理を通して来たのよ。私がその気じゃなくても、王国はすでに龍皇国との戦争の準備をしている。あんたはここから逃げるべきよ、そこの虐殺龍(ジェノサイド)さんもそれには賛成している」


 アダルバートを見ると、彼は頷いた。


「リーデ。我の賢しき子よ。どうか、我の願いを聞き届けてほしい。王国との全面戦争となれば、ここよりも外の世界の方が安全だ。それに……」


 彼は一度言葉を区切って、俺の髪に触れた。


「お前には、自由に生きてほしいのだ」

「父上……」

「お前は我とは違う。我が恐れられる分だけ、お前は愛されるだろう。心無いことを言う奴がいるやもしれぬ。害をなさんと近づいてくる奴がいるかもしれぬ。それでも、リーデが正しいことをしていれば、きっとわかってくれる者もいるはずだ」


 それは王の言葉ではなく、父親としての言葉だった。彼は相変わらず笑いもしないが、その真剣さだけがこちらに伝わってきた。


 この世界に飛ばされてきて七年。最初は恐ろしいだけだったアダルバートが、今では尊敬さえできる男だ。それは彼が変わったのか、それとも俺が気づいていなかっただけなのか……。


 差別や偏見を俺は是としないが、それでも、無意識の内にアダルバートを理解できない生き物に違いないと決めつけていたのかもしれない。


 彼はこんなにも、いつだって、優しいというのに。


「行くがよい、ヴィンフリーデ・ドラゴニア。父親は子を守るものである。お前が本当にどうしようもなくなったとき、我を呼べ。安心せよ……お前はいつだって、虐殺龍(ジェノサイド)の愛し子であるのだから」


 何故だろうか。俺はこの世界で初めて、泣きそうになっている。


 剣術を習い始めたのはアダルバートの庇護下から逃げ出すためだった。勉学に励んだのは、彼から怒られないためだった。


 俺はいつだってアダルバートの顔色を窺い、ヘラヘラ生きてきたのだ。


 眦が熱くなって、すぐに涙を引っ込めた。魔王の一人娘が泣いていいわけがない、弱くていいはずがない。


 俺はヴィンフリーデ・ドラゴニア。アダルバート・ドラゴニアのたった一人の娘であり、最強無敵の魔族になる予定の姫なのだ!


「父上ぇ……」


 やっぱり無理だった。一度引っ込めた涙は頬を伝い、俺の顔面をグシャグシャに濡らす。ズビズビと鼻水が鳴り、アダルバートのゴツくて大きな手を両手で掴む。彼の無表情の仮面に少しだけヒビが入り、狼狽したように見えた。


「俺、頑張ります。ルクセリアは嫌な奴だけど……」

「おい」

「父上が魂まで賭けて契りを行った相手です。きっと、父上の期待に沿えるように強くなっていつか帰ってきます!」


 俺は生き残らねばならない。

 俺は強くならねばならない。


 今回は運がよかっただけだ。オリオンも俺も命があるのは、ただ偶然に歯車がかみ合っただけに過ぎない。


 アダルバートは自分に頼れと言った。けれどそれでは駄目だ。いざというとき、泣きつける相手がいれば俺はきっと甘えてしまう。そして、取り返しのつかない過ちを犯してしまうのだ。


 前世でだってそうだった。


 俺は才能の有無に甘え、取り返しのつかないねじ曲がり方をしてしまった。


 強くなろう。

 剣術でも、心でも。誰よりも。


「俺はヴィンフリーデ・ドラゴニア!! 魔王アダルバート・ドラゴニアを助力できるようになるまで、しばらくの間旅に向かいます!! だから……だから、俺が帰ってきたらそのときは……」


 俺は笑った。泣きながら笑った。別れは辛いが、約束は尊いものだ。それが強固であればあるほどに。


「また、頭を撫でてくださいね」


 アダルバートは目を細め……。


 俺が産まれて初めて、ハッキリと笑みを浮かべた。虐殺龍(ジェノサイド)なんて呼ばれる男にしては、あまりにも優しく温かい笑顔であった。


☆★☆★☆


「ドラゴニア公、泣いてらっしゃいます?」


 ヴィンフリーデたちが旅立った後。風に揺られて佇んでいたアダルバートに向かって、木陰に隠れてやり取りを見守っていた龍王軍団長のレオスがニヤつきを隠せないままそう尋ねた。


「バカなことを申すな」

「またまたぁ」


 アダルバートはレオスを半殺しにしてから、帰路についた。


「負けられんな。我は、誰にも」


 それは王としてか、父親としてか。




 まあ、ひとまず喫緊の課題は……。


 ルクセリアが切り裂いた魔の森の復興だった。


 アダルバートは歩みを進めながら、首の骨を鳴らす。


 魔王で、虐殺龍(ジェノサイド)で、父親。役どころが多い彼は、それらすべての義務を果たすため気合いを入れた。

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