火竜と勇者
「どうして、その名を知っているの?」
いつになく、ルクセリアの声は震えていた。
俺の推測があっていれば、俺はおそらく、生かされる。この絶望的な状況を切り抜けられる。
「当たり前だろ、知ってるさ。豪炎のバルファルク・シガー、小型の火竜だ」
「説明を求めているんじゃなくて、理由を聞いてるの。バカは嫌いよ」
「じゃあ残念、俺はバカだからな。憧れのルクセリアに嫌われてしまうとは、泣きたくなるぜ」
ルクセリアは俺の頬に宝剣を当てがい、血が流れる。
「最後のチャンスよ。茶化さないで、答えなさい。どうしてバルファルクの名を知っているの?」
「今は言えない」
「そう、じゃあ死になさい」
剣が肉に食い込む感触。俺は慌てて言った。
「待てよ早漏野郎!!」
「セクハラ野郎は殺す」
「ここにいるのは俺だけじゃないだろ!」
俺が視線を向けると、ルクセリアも同じ方向を見た。
地面に伏せたまま、荒い息でこちらを見つめているオリオン。彼女が話を聞いているならば、これ以上詳しい話はできない。
俺の意図を汲み取ったのかルクセリアはため息をついて――オリオンに手をかざした。直後、オリオンの全身から力が抜けてその場に突っ伏した。
「おい!!」
「眠らせただけよ。ついでに、応急処置もしておいた。すぐには死なない」
「……ああ、そう」
どうして地球でも異世界でも、強い奴や立場が上の人間はこうも説明が足りないのか。
ルクセリアは瞠目し、宝剣を背の鞘にしまい込んだ。とにかく、俺を今すぐに殺すのはやめたらしい。
「じゃあ、話して」
息を吐く。ここから先は慎重に話を進めなければならない。何が俺の死のフラグであるか、会話の中で判断して避けていかなければならないのだ。
「少しだけ、違和感があった。お前と出会ったときから、ずっと」
「違和感?」
俺は頷き、覚悟を決め口を開いた。
「――お前はあまりにも、ルクセリア・フォン・ティオールからかけ離れすぎている」
「……」
「かけ離れすぎているから、違和感に気づくのが遅れた。Vtuberであるお前と現実のお前とを、分離して考えてしまっていた。でも、おかしいよな? お前に前世の記憶が無いのであれば、ルクセリアの性格や仕草はVtuberのときのものと一致していなければおかしい。……配信のときみたいに、可愛らしい笑顔と優しさを見せてくれよ。なあ、リアたん」
彼女は嫌そうに顔をゆがめて、舌打ちをした。やっぱり、彼女の態度は配信のときのそれと違いすぎる。
違いすぎるが、けれど。
彼女は……龍殺し、ルクセリア・フォン・ティオールは、俺と同じく前世の記憶を持っているというわけだ。
俺が彼女の愛称を口にしてから、しばらく時間が流れた。頭がおかしいのかとか、何の話をしているのかとか言われていない以上、俺の話は通じたということだ。
ただ、時間が流れると一言で言っても、俺の息の根を簡単に止められる人間が目の前にいるわけだ。精神が擦り切れそうである。
俺から話した方がいいのだろうかと、うんうんと唸っているとようやく彼女が話し始めた。
「私がここに来たのは、何もアダルバートを殺しに来たわけじゃないわ。あなたが目当てだったの、ヴィンフリーデ・ドラゴニア。あなたに前世の記憶があるかどうか確かめたかった」
そういうことならば彼女の行動にも納得がいく。そもそも、彼女が確認された位置と城を結んだ直線から、ここは遠く離れている。俺の名前を知っていたことからも、そして、アダルバートよりも優先して会いにきたことも、彼女が前世の記憶を持っていたことを鑑みると妥当だと思える。
ただ……。
「それならそうと、さっさと言えよ。最初から事情を話してくれてれば、戦いは起きなかった」
「戦いじゃないわよ。蹂躙と言いなおしてくれるかしら」
こいつ、どんだけプライド高いんだ……。
俺は顔をヒクつかせながら、髪をかき上げすまし顔のルクセリアに言ってやる。
「もう一回言ってやるが、無駄な戦いは起きなかった」
あくびを一つした彼女は、どかりとその場に足を伸ばして座り込んだ。
「正直言ってね、期待はしてなかったのよ」
「何が?」
「私と同じように、前世の記憶がある者がまだ生き残ってるってことに。あんたに会いに来たのも、念の為……というか義務感みたいなものがあっただけ」
俺だってビックリだ。理由を詳しく説明しろと言われてもできないが、何故か、この世界には俺しか前世の記憶が無いものだと思い込んでいた。あまりにも突拍子のないことが起きたから、自分以外にそんな奴はいないだろうと無意識に思っていたのかもしれない。
「あんた以外にも、前世の記憶がある奴が一人いたわ……いえ、一匹と言う方が正確かしら」
「……バルファルク・シガーか?」
ルクセリアは黙って肯定した。
――バルファルク・シガー。彼女と言うべきか彼と言うべきか……まあとにかく性別不肖の小型の火竜は、俺やルクセリアと同じくVtuberだった。しかもかなりの古株だ。ルクセリアが一期生でバルファルクが二期生。
バルファルクとルクセリアは仲が良く(少なくとも配信内では)、よくコラボ配信をしていた。その中の絡みで、ルクセリアがバルファルクに対してまあまあに鋭い口撃をすることが時おりあったのだ。それを面白がったファンたちが、いつしか「龍特攻勇者」と呼び始めたのである。
龍殺しなんて物騒な呼ばれ方はされていなかったが、たしかに意味合い的には同じである。
そこで俺は、彼女の言葉に引っかかった。
――前世の記憶がある奴が一人いた。
「……バルファルクは?」
「死んだわ。バカなことをした報いでね」
「バカなことって……」
仮にも故人に対してその言い草は無いだろう。けれどルクセリアの暗い表情を見て、それ以上何も言えなかった。
「あんたはこの世界のこと、どれぐらい把握してる?」
少し話の方向性が変わった。
「ほとんど、何も。一般に公開されている歴史や地理ぐらいしかわからねえ」
「そう……」
「あ、でも」
俺がそう呟くと、ルクセリアはこちらを見た。
「Vtuberの設定がこの世界に反映されてるってことは知ってる。お前のことを知る前までは、ヴィンフリーデ・ドラゴニアのことだけしか反映されていないと思ってたけど……そうじゃないみたいだな」
ルクセリア・フォン・ティオールが勇者であることは彼女のVtuber時代から変わっていない。
つまりこの世界は、俺とルクセリアないしは、この世界に連れてこられたVtuberたちすべての設定が反映されていることになる。カオスもカオスだ、嫌気がさすね。
「私はこの世界に来て、色んな人間や亜人や魔族と会ってきた。元Vtuberだった人たちも含めてね。けれど…………」
「前世の記憶を持っていたのは、俺とバルファルクだけだった」
「そういうこと。だから、責めないでね」
「責めないでと言われたら許したくなくなるタチなんだよ」
「性格悪いわね、排水溝産まれ下水溝育ちなの?」
「てめえは口がわりいよ!!」
俺は叫び、木々の間から覗く紫色の空を見上げる。
「でもまあ、仕方ねえかなとも思う。だって、七年経って二人だけだろ? 確認しなかったのは明らかにてめえが悪いが、命までとられなかっただけ――」
半笑いで言うと、ルクセリアは首を傾げた。
「何を言っているの?」
「何をって……」
彼女は何でもないように口を開いた。
「六百年の間に、二人だけよ」
「……は?」
呆けた顔をした俺は、反射的に次の言葉を発した。
「じゃあお前、今六百歳――グフォァッ!!」
目にも留まらぬスピードで飛んできた宝剣を顔面で受け止め、俺はそのまま地面に倒れ込んだ。
「安心しなさい、峰打ちよ」
それは峰打ちじゃなくて、撲殺って言うんだよ……。
俺は薄れゆく意識の中、そんなツッコミをしながら目を閉じた。




