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Vtuber、龍人幼女に転生してしまう……  作者: 一十百 千
第二章 旅は道連れ世は暴力
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違和感の正体

 身体が動かない。腕を持ち上げようとしても、脳の命令を全身が拒絶していた。


 けれど、ルクセリアの敗北は俺にもわかる。

 彼女の身体は駆け出した体勢のまま、ピクリとも動かない。全身が凍りついているようで、しかし氷の膜は確認できない。


 それこそ、彼女の周囲の時間だけ止まってしまったみたいだ。


「どうなってんだ……?」


 視線だけをオリオンに向けると、彼女は右腕をだらりと下げて力無く笑った。彼女の状態を見て、叫ぶ。


「オリオン、腕が!!」


 衣服ごと、オリオンの右腕は凍りついていた。魔法を放った側の彼女が、何故そんなことになっているのだろうか。


 反射的に立ち上がろうとするが、全身に激痛が走り大木からずり落ちた。


 オリオンは俺を見て、微笑む。


「私たちの……勝ちですね……どうです、見直しましたか…………?」

「そんなこと言ってる場合じゃねえだろ!!」


 オリオンは、右腕が凍りつく前からただでさえ重傷だ。俺が言えた立場ではないが、今に死んでしまってもおかしくない。


 彼女のゼェゼェという喘鳴を聞き、最悪の未来が視えた。


 明らかに魔力欠乏症だ。これでは、自分の傷を治すこともできないだろう。


 俺は魔法が使えない。治癒魔法などどう足掻いたって発動できない。


「すぐに、父上たちが来るはずだ。それまでなんとか持ちこたえれば助かる!」

「ええ、そうですね……」

「…………!」


 オリオンは自分の死期を悟ったみたいに、頷いた。力無く笑う彼女は、すべてを諦めたように見えた。それが許せなくて、何より自分の不甲斐なさが情けなくて……。


 ルクセリア・フォン・ティオールは、もはや戦闘不能だ。生死の有無すらわからないが、あとは異変に気づいたアダルバートか龍王軍の斥候がここに来れば何も問題は無い。ルクセリアを捕らえ、オリオンの傷を治す。それだけで、すべて元通りだ。俺たちは城に戻って、いつもみたいにいつものように、軽口をたたき合いながらお茶を飲めるんだ。


「死ぬなよオリオン……」


 そんなことしか言えない俺の声が震えた。視界が霞む。目を閉じているオリオンに向かって伸ばした腕が、地面を打った。


 俺は弱い。この期に及んで、何もできない……!


「死ぬな!!」


 叫び、空気が変わった。


 ――パキリ。


 氷が砕けた、音がした。


 顔を向けなくてもわかった。何が起こったのかは……全身を押し潰す殺気ですべて理解できた。


「素晴らしい」


 パキ、パキとルクセリアの身体から音が鳴る。凍りついていた彼女はゆっくりと、緩慢に腕を、足を動かし始める。その顔には狂喜が貼り付けられていた。


「冗談だろ……」


 絶望。オリオンの全身全霊は、ルクセリアを完全に止めるには足りなかった。ルクセリアは笑い声を押し殺しながら、身体を動かし続け――次の瞬間、完全に氷の檻から解き放たれる。自分の身体を確認するように、彼女は指を動かし、その場で何度か飛び跳ねる。どう見たって、ダメージを負っているようには見えなかった。


「化け物が……!」


 オリオンの呟きに、ルクセリアがまた笑う。


「化け物はそちらよ。固有魔法を使える魔導士(ウィザード)は星の数ほどいれども、時間を止める(・・・・・・)なんてね。私の周囲の粒子だけ、流れを極端に遅くしたとか、そういう感じかしら? でもそれだと、熱運動が起こらないから、私の身体が凍りついていないとおかしいわね…………。まあ、何にしても尋常じゃないわ。ただ、あなたにも術式の跳ね返りが来ているようだけれど」

「ああああぁぁぁぁあああぁぁあああぁぁ!!!」


 もう何だっていい。とにかく、ルクセリアの足止めをしなければならない。俺は無我夢中で、近くに落ちていた石を、地面に寝そべったまま投げつけた。奴はオリオンに夢中だ。飛来した礫には気づかず――。


「邪魔」


 ノーモーションで生み出された火炎魔法がそれを消し飛ばし、俺の方に向かってくる。


「お嬢様!」


 俺は咄嗟に両腕の中に顔を埋め、亀のような格好でそれを受けた。


「ぐぅっ……!」


 龍人の身体は人間のそれとは訳が違う。物理抵抗にも魔法抵抗にも優れた、見えない鱗に覆われているからだ。しかし、それでも俺の身体は焼け落ちるほどの熱に包み込まれ、声も上げられない激痛が走る。背中が焼けただれたのがみなくてもわかった。


 転がりながら燃え盛る衣服を何とか破り捨て、キッとルクセリアを睨みつける。しかし彼女の興味は当然ながらこちらにはなく、楽しそうにオリオンを見ているだけだ。


賢帝(ヴァイザー)……いいえ、白き災害オリオン・モーリタニア。数百年前、ありとあらゆる災厄をもたらしたあなたは、腑抜けていた訳じゃなさそうね」

「貴様……殺されたいか……!」

「あら、褒めているのよ? どうにも最近、私の目的は足踏みを続けていてね。あなたの固有魔法を見て、少しアイデアが浮かんだの。礼を言うわ、これでまた私は一歩進める」


 クスクスと笑いながら、身をよじる彼女はまさしく狂人だ。


「黙れ!! これ以上、お嬢様に手をかければ貴様を確実に殺す!!」

「そんなにその子が大事?」


 そこでようやく、ルクセリアは俺の方を向いた。見定めるような目つきで、ジッと俺を見つめる。蛇に睨まれた蛙みたいに、ピクリとも動けない。アダルバートとはまた違う圧迫感だ。

 アダルバートの殺意や圧というものは、まったくもって純粋なものである。恐怖とか、畏怖とか、そういう感情を相手に強制させる。逆を言えば、覚悟や気合いでどうにか耐えられる類のものだ。


 しかし、ルクセリアは違う。


 理屈に合わない狂気が、精神をごちゃ混ぜに侵食してくる。脳みそが、痒い。


「私が見たところ、彼女に才能は無いわ。戦ってみた感じ、魔法もろくに使えないのでしょう?」


 心の中まで見通されている気分だ。きっと、ルクセリアの言う通り俺には才能など無いのだろう。


 ――剣を片手に人間界を支配しようとやって来た。


 これが俺の設定だ。そこには、才覚や実力に関する言及は一切されていない。ただ、剣の嗜みがある、程度のものだったのかもしれない。


 けれど、俺はもう設定のせいにしないと決めた。俺が死ぬのは、俺が悪いからだ。設定も才能も環境も幸も不幸も、俺の責任だ。


「ハハッ……楽しみだぜ」


 そう言うと、彼女は眉をしかめた。


「何が、楽しみなのかしら?」


そんなことは決まっている。鈎針を失くしたとき、オリオンの機嫌が悪くなることぐらい決まりきっている。


「俺をナメたてめえの、無様な吠え面が拝めると思ったらだよ」

「口だけは立派ね。その能力を剣術に振ればよかったのに」

「てめえはその力を、胸に振ればもう少しまともなスタイルになったのにな」


 ルクセリアの真っ平な胸部を見つめながら鼻で笑う。


 瞬間。


 爆発的に瘴気が放たれた。地面が揺れ、木々が騒めく。彼女の瞳にはもはや光が灯っていなかった。よほど図星だったらしい。ざまあみろ、身体には無理だが心は傷つけれるんだ俺は。彼女が控えめな胸部にコンプレックスを持っていたのは、Vtuber時代と変わっていなかったようだ。


「コロス」


 一歩、二歩と近づいてくるルクセリアに俺は強がるだけで、何もできない。オリオンの掠れた叫び声が、酷く遠くに感じた。見ると、彼女は泣き叫びながら必死にこちらに来ようとしていた。地面を這いずり、歯を食い縛りながら。


 オリオンはもしかすると助かるかもしれない。ルクセリアはオリオンの魔法に興味を持っていた。強い奴が好きとか、よほど戦闘狂なのだろう。そんな狂った奴は、大した理由など無くても見逃してくれる……可能性が無くもない。


 俺は無理だ。俺は――弱いから。


「お嬢様!! お嬢様……お嬢様……ゲホッ……お嬢様!!!」


 最期だから、笑って言った。


「今までありがとう、オリオン。お前は変態だけどさ……ちょっとだけ、好きだった」

「何言ってるんですか!! そんな……そんな、今から死ぬみたいな…………!!」


 動け、動けと自分の足を叩き続けるオリオン。その叫びはまるで神に祈っているみたいで、圧倒的強者たる彼女には似合わなかった。けれど、そんならしくない行動を俺のためにしてくれるのだと知って、こんなときだが嬉しくなる。


 この世界に来て、もう七年だ。けれど、ここで死んでも……いや、どこで死んだってあの前世の掃きだめみたいな部屋で死ぬよりはマシだっただろう。


 死ぬのは怖い。怖いが、一度だけだ。俺は敵の顔を見上げた。


 龍殺し、ルクセリア・フォン・ティオールの顔を網膜に焼き付けた。


「やっぱりお前、可愛いな」


 俺はもともとVtuberのファンだ。彼女のファンだ。こんな形ではあるが、一目実物を見れただけでもよしとしよう。


「今更命乞い?」

「そんなんじゃない」

「あっそ。じゃあ殺すから」


 振り上げられた宝剣は、呆気なく振り下ろされた。


 龍殺しとも呼ばれる人間に殺されるのだ、彼女と相対するには俺には実力があまりにも足りなかったのだろう。まったく、太古の龍を何百匹も殺したなんて、オリオンよりもよっぽどこいつの方が尋常ではない。


 龍殺し、か……。


 近づいてくる”死”がスローモーションに映って、俺は――。


「龍殺し…………?」


 最後の最後に、一つの疑問が浮かび上がった。それは急速に膨れ上がっていき、俺の脳内の思考をすべて乗っ取った。


 何故だ、どうしてだ。何かがおかしい。グルグルグルグルと疑問が渦になって今にも溢れそうだ。


 彼女は――――どうして、”龍殺し”と呼ばれているのだ。


 ルクセリア・フォン・ティオールに、”龍殺し”の設定などない(・・・・・・)というのに。

 一度膨れ上がった疑問。走馬燈のように頭の中で浮かんでは消えていく記憶。


 そして俺は、一つの可能性に辿り着いた。


「バルファルクか……?」


 龍殺しは目を見開き、俺の眼前で剣を止めた。

 投稿遅れました、申し訳ありません。

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