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Vtuber、龍人幼女に転生してしまう……  作者: 一十百 千
第二章 旅は道連れ世は暴力
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二人目のVtuber

Side:三人称


 人が二人いれば、争いが生まれる。種族が二つあれば、差別が生まれる。職種が二つあれば、格差が生まれる。


 何だってかんだって、複数個存在すればそこには差異が生まれる。


 神話の時代――冥府の神ゼノムはこのことを憂いた。何もかもが一つであれば、理不尽も偏見も不条理も生まれないというのに……。


 だから彼は、自分以外のすべてを滅ぼそうとした。誰よりも優れている自分だけが……生命を生み出すなどという愚行を絶対にしない自分だけが生き残っていれば、この世に災いが降り注ぐことはない。


 彼の思想と信念は、しかし、絶対神ガイアによって打ち砕かれることとなる。


 ガイア教の経典によれば。


 星が夜空を十三度回ったとき、冥府の神ゼノムは絶対神ガイアの神聖なる光に焼き殺されたとされている。彼は死ぬ間際、自分と酷似した怪物をこの世に解き放ったそうだ。


 それがいわゆる魔族――ではない(・・・・)


 人間以外のすべての知的生物は、ゼノムの眷族であるというのがガイア教における基本の考え方だ。エルフもドワーフももちろん魔族も、ゼノム陣営扱いである。


 簡単に言ってしまえば、人族以外はすべて悪であるという思想だ。究極の人間至上主義である。


 絶対神ガイアは大地を育み、空を描き、海を創造した。

 冥府の神ゼノムは混沌を生み、悪意を芽生えさせ、災厄を実現した。


 人はいつだって勧善懲悪を望む。自分が信じた何かが、完璧であればあるほど崇め奉る。正しければ正しいほど、盲目的になる。


 正しさが……正義が、いつだって自分を助けてくれると洗脳されてしまう。


 夫婦喧嘩は犬も食わないというのであれば。


 信仰心など、神は食わないのだ。


☆★☆★☆


Side:ヴィンフリーデ


 俺はベッドの上で浮かれていた。


 ヴィンフリーデ・ドラゴニアが魔法を使えない設定に、大した意味は無かった。ただ、配信中に魔法は使えないので、そんなところで視聴者を興ざめさせてしまっては面白くないから、臭いものに蓋をしただけである。


 けれど、異世界からの来訪者という設定上、龍人と膨大な魔力というそれっぽくて安易な二つを後付けしただけである。

 そのことにこんなにも苦しむことになるとは思わなかったが、今日、俺はようやく一歩進めた。無いものは仕方がない。そのまま歩いていくしかないのだ。


 それはそうと……。


「俺って、結構強くなったんじゃないか?」


 もともと、魔力なんて扱えずとも俺は龍王軍の下っ端ならば相手取れたのだ。やけに俺に甘い気がする彼らが手を抜いていたかもしれないが……本気で驚いていたあの表情を見ればその可能性は低いだろう。


 龍人という種族の特性上、魔法を行使できないという一点を除けば俺の身体はハイスペックなのである。三歳児の頃にはもう、リンゴは片手で握り潰すことができた。頭の出来がいいか悪いかは判断できない(オリオンとかいう天才がいるため)が、一言われたら一は理解できるからとびっきりのバカというわけでもないだろう。


 そしてついでに、俺は可愛い。


 俺は企業勢のVtuberとしてデビューしようとしていたから、当然、担当のイラストレーターがいたわけだ。俺はイラストレーターの界隈に疎いため、担当だった彼がどういった絵師なのかは知らないが、「本当に男の俺がこの娘になるのか?」と尻込みしてしまうぐらいには、素人目からしても素晴らしい腕を持っていた。


 燃え盛る赤髪と有鱗瞳。小ぶりな唇と一本筋の細い鼻。シャープな輪郭にはそれらのパーツが完璧な均整を保って配置されている。人為的に作ったものということを知らなければ、神の御手にて創られたものだと勘違いするかもしれない。


 現代日本において、顔がよければ人生どうにかなるという説を唱える者が一定数いたが、あの考え方に俺は懐疑的だった。容姿が整っている者は、他の者にはわからない苦労があるだろうと勝手に思っていたからだ。


 しかし実際、今のところ俺は可愛いことによる恩恵しか享受していない。……あるいは、苦労を知らないということは、実はこの世界では俺の顔など平均的なのかもしれない。


 まあそんなことはどうだってよくて。


 俺は齢七歳にして、とりあえず外の世界でも生きていけるであろう力を身につけたのだ。容姿が整っていようがいまいが、おそらく、人里に行ってもそれなりの生活はできるだろう。力仕事ならばお茶の子さいさいだ。


 つまり俺は、この城から……アダルバートから逃げるために力を蓄えるという、当初の目的はいったん達成したと言ってもよかったのだった。今日一日ぐらいは浮かれることを許してほしい。


「けどなあ……」


 今のところ俺に、一日でも早くここから逃げ出したいという思惑はない。


 オリオンはムカつく奴だが俺によくしてくれるし、他の使用人たちだって俺が勝手に出歩いていても朗らかに接してくれる。龍王軍の面々は例外なく強面で乱暴で無茶苦茶な奴らだが、もともと男だった俺からすれば親しみやすい部類だ。


 そしてアダルバートも、何だかんだいって優しい……のだと思う。


 結局俺は産まれてこの方、アダルバートが誰かを殺している現場はおろか、暴力を振るっている姿すら見たことがないのだ(龍王軍の訓練に現れるときを除く、あれは訓練ではなく蹂躙だ)。


 オリオンにそれとなくアダルバートのことを訊いたとき、彼女はこう言っていた。


 『あの方ほど恐ろしく、そして優しい方を私は存じません』、と。


 敵に回せば魔王、味方にいれば迫力ある上司……みたいなものだと俺は勝手に理解した。


 だからまあ、俺が下手なことをやらかさない限り、アダルバートは何もしてこないだろうし、何といってもこの城は居心地がいい。


 龍人の寿命など知らないが、とりあえずはしばらくダラダラとさせてもらおう。オリオンとかいう育成ガチ勢の目をかいくぐり、ひと時の堕落を享受するのもまた一興だ。


 そんなことをつらつらと考えていると、ちょうど、オリオンが戻ってきた。もしかすると頭の中を見られる(可能かどうかわからないが、彼女ならやりかねない)かもしれないと咄嗟に思い、布団を頭までかぶる。


 しかしオリオンはそんな俺に何も言わず、ツカツカと歩み寄ってきて布団を今度こそ完全に引っぺがした。


「俺はまだ病み上が――」


 文句を言おうとオリオンの顔を見ると、彼女はいつにもなく真剣な表情だった。


「今すぐ、この城を出ます」

「……は?」

「荷造りは既にしてあります。お嬢様、残念ながらリンゴを食べるのはまた今度にしてくださいませ」


 呆然としていると、オリオンが俺をいわゆるお姫様抱っこの形で持ち上げ、またツカツカと扉の方に戻っていく。


「ちょ、ちょっと待て!」

「何でしょうか」


 話をしている間にもオリオンが足を止めることはない。よほど急いでいるらしい。


「いきなり城を出るって……何があったんだよ!?」

「お嬢様の安全のためです」

「だから――」


 オリオンは、俺の目を見た。いつもの無表情――ではなく、悔しそうに眉をしかめたままで。


「魔族の天敵。人類の希望。超越者――勇者である彼ら彼女らは様々な二つ名を持ちますが……彼女だけは、誰もが同じ呼び方をします」


 窓の外の空気が、いつもよりも更に禍々しく沈んだ気がした。


「龍殺し、ルクセリア・フォン・ティオール。太古の龍のほぼすべてを、単騎で滅ぼした傑物です」


 俺は目を見開いた。

 彼女のことを、俺は知っている(・・・・・)


 ルクセリア・フォン・ティオール……それは、俺の所属予定だった企業の大人気Vtuberの活動名、そのものだったからだ。

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