第7話 願い、打開、疑い
夢の中、おぼろげな記憶が頭をよぎる。だが、その記憶には違和感があった。まるで他人の記憶を流し込まれているかのように…
(……を守らなきゃ………ボクが……になって壊れてしまう前に………)
目に映る景色にはもやがかかっていて判別はできず、自分らしき人の言葉も途切れ途切れに聞こえる。だが、その一時の感情は、明瞭に流れ込んできた。大切なその人を何が何でも守ろうとする強い意志に気圧されそうになるほどに…でも、意外なことにボクはすんなりとその感情を受け入れていた。どこか似ていると感じたからだろうか…それとも、何処かで同じ経験をしたことがあるとか?
空白の部屋
「ずいぶん悩んでるみたいだけど、ダイジョブ?」
「………え?」
夢の中にいたと思っていたボクは、突然の聞き覚えのある声に一瞬、頭が追いつかなくなる。周りを見れば真っ白な空間が際限なく広がり、声の主である白い影が首をかしげながら、こちらを見ていた。
「もしかして、何か変なものでも見たかイ?ま、ボクにはカンケーないんだけどネ~。それより、君に一つ頼みごとがあるんだけど、どう?」
「どうって言われても…ボクには、ブレイを助けるっていうやることがあるんだけど…」
「その後は何をするんだイ?どうせ何も考えていなかっただろう?君のことは誰よりも分かるからネ。ま、話だけでも聞いてヨ。」
白い影は、ボクに近寄りながらそう言って、話を始めた。話を聞きながら、ボクは少しだけ引っかかることがあるのに気づく。なんで、ボクの考えていることを「誰よりも分かる」と断言したんだろう。前に神様だって言ってたから、それ関係だと言われればそれまでなんだけど…
「…と、言うわけで君には[12のコード]を集めてほしいわけだ…ってちゃんと聞いてた?もう、人の話中に考え事をするなんて…もう一度簡潔に言ってあげよう。ボクが最初に手にした破壊と創造の魔力、崩壊の魔力と創造の魔力。そこから派生し、生み出されたのが[12のコード]、つまりは固有の魔力だね。それぞれが、それぞれの特徴を有しているんだ。だが、ボクが魔導士にしてあげた人の中に少々厄介な奴がいてね、あろうことか崩壊の魔力を奪われてしまったんだ。だから、君に頼みたいことは実質2つだ。1つは崩壊の魔力の回収、もう一つは、[12のコード]を集めてボクのもとへ届けてほしイ。どう、分かっタ?」
「崩壊の魔力を回収しなきゃいけないのは、分かったけど…[12のコード]を集めるのはなんでなんだ?」
「それは…今ボクたちって精神だけが繋がっている状態に近いんだけど、ボクからコードの譲渡はできても、君から受け取るのは実際に会わなきゃ無理なんダ。だから、[12のコード]を集めてボクのいる空白の部屋への門を開いて、直接渡しに来てほしいんダ。」
「う~ん…」
少し考えてみたが、話を聞いたうえで改めてボクは、この自称神をあまり信用する気にはなれなかった。なにより門って何だろう、魔法の授業や本の中でも記載されていなかったものだし…でも、一つだけボクの追いかける先のものが見えた気もした。崩壊の魔力…黒槍のあいつが使っていた魔法と同じ魔術式だということだ。ということは、少し癪に障るがボクの目的と自称神の頼み、やるべきことの方向性が一致してしまっていることになる。つまり…
「このお願い、受けてくれるよネ?ちなみに、分かっているとは思うけド、[12のコード]のうち一つは君の盾の魔力だから、あと11個がんばってネ。さっ、そろそろ時間が来るヨ。またネ、ラーナちゃん」
「えっ!もうじか…うっぐぅぅっ…」
自称神のその言葉とほぼ同時に、真っ白な空間は暗闇に包まれ、再び頭痛が襲ってくる。耐えきれないほどの痛みの中、あの神様が何かつぶやくのが聞こえた。(これで………は揃った…後は……に導くだけ………)内容はよく分からなかった。それを考える余裕がないほど、頭の痛みは激しくなっていく。そこでボクの意識は暗闇へと沈んでいった…
第1地区 人魔混合都市アマナ
「ラーナ〜?そろそろ起きてくれ〜」
ハベルはゆさゆさとラーナの体を揺さぶるが、一向に起きる気配はない。確かに、疲れてるのはよくわかるが、アマナの門がもう目と鼻の先だ。流石に起きてもらわないと…仕方ない、ちょっと手荒だけどこの方法で…
「………はっ!はぁ、はぁ……」
またあの場所から現実へと引き戻される。少しばかりの不快感が胸に残ってはいるものの、自称神に言われたことは忘れてはいなかった。[12のコード]…それを集めたうえで、崩壊の魔力を回収しなければいけない…回収って多分、前に言ってたコードを共有、強奪、継承できるっていうあれだよね?理想としては仲間になってもらってコードを共有すればいいんだろうけど…最悪の場合、そのコードを持つ人を倒して強奪…というのもあり得る。果たしてそこまでするようなことなんだろうか…
「お!起きたかラーナ!そろそろアマナに着くみたいだから、こっちに来てくれ」
「分かった、今行くよハベル」
ハベルに促され、獣車の荷台から顔を出す。ガラティアの駆けるその先には城門のような石造りの壁が見えるが、兵士のような人が集まり何やら物々しい雰囲気となっていた。やがて、アマナへ入るための関門へとたどり着く。グロウスさんに獣車を降りるよう促され、ハベルとともに降りると…
「これはこれは、グロウスさんお早いご到着で…ですがそこのお嬢さん方は?」
「久しぶりだな、ルギー 彼女たちは今回のクエストの参加者であるラーナとその同行者であるハベルだ。」
「なるほどなるほど、では証を見せてもらっても…?」
「あ、はい分かりました」
言われるままボクは指輪を、ハベルは金槌を見せる。ルギーと呼ばれる老人(ローブのようなものを着込んでいる60代くらい?)が証の魔石の部分に手をかざすと身体魔導陣が展開された。だが、少し驚いたことがある。ハベルの魔法陣と比べると明らかに大きさが違うのだ。そこまで個人差が出るものだったのか、これ…
「なるほどなるほど、証はしっかり本物のようだし、あなたはしっかり魔導士の素質もあるようだ…と言うよりも、もう魔導士と言っても差し支えないほどの魔力を貴方から感じますねぇ。」
証から出る魔導陣を閉じると、ルギーは舐めるようにこちらの全身を見てきた…なんだこの老人…さすがに寛容なボクでも気持ち悪いと思うぞ…
「そういうことはするなと何度言えば分かるエロ爺が」
そういってグロウスさんがルギーの頭を引っぱたいた。正直言って助かった…こういう年上すぎる人への対応は少し困るものだから…
「ほほ、これはすいません。つい癖でね…では早速本題に入らせていただきますぞ。突然だとは思うのじゃが、アマナは現在、邪教師団の一人に占拠されておる。それゆえのこの状況じゃ。ギルドからクエストの変更もありましたがグロウスさんならご存じでしょう?」
「ああ、もちろんだ。ラーナ…ここからは本物の死闘となる可能性が高い、それでもこのクエストは達成してもらわなければならない。分かったな?」
「はい!もちろんです」
「よし、ならハベルはどうする?君は一応、ここで待っているという選択もできるが…」
「何言ってんだ、ついて行くに決まってんだろそんなの!ラーナについて行くって決めたのは他でもないあたしなんだからな。それに…ラーナ!これ調整しといたぜ!」
ハベルから、見覚えのあるペンダントを渡される。そう、「シュトルム」だ。ハベルの思いの込められたもの、今度はあんなことが起こらないよう気を付けよう…
「……ありがとうハベル。存分に使わせてもらうから、いろんな調整よろしくね!」
「ああ!まっかせとけ!」
「よし、話はまとまったな。」
グロウスさんはギルドメンバーたちの前に出て指揮を執り始める。これから、関門を一気に突破し、邪教師団の一人が占拠し、立てこもっているアマナの大聖堂に向かうのだという。よし、ボクも気合を入れないと…
「それでは…行くぞ!!!」
「「「オー!!!」」」
アマナへの門は一気に解放され、ギルドの面々がなだれ込むように入ろうとする。だが、目にする状況に皆困惑することになる。アマナの中は霧に包まれ、数歩先もわからないような状態となっていた。それでもなお、仲間を見失わぬようついてくることを命令しグロウスさんを含む先頭集団は進んでいく。ボクとハベルもその一団を見失わぬよう霧の中へ踏み込んだ。
人魔混合都市アマナ 大聖堂 屋上
ラーナたちの目指す大聖堂、その屋上には、漆黒のローブに身を包み、ランタンのようなものを持った魔術師がいた。
「あら、ギルドの皆様が来たようね。さぁて、目ぼしいやつ以外は殺せとの命令だったけど、別におもちゃにする分には問題ないわよね?フフッ…見えないという恐怖、存分に味わってもらうわ…」
都市一帯を包む霧。それを操るように魔術師は、ランタンを振り始める。すると、霧は意志を持ったように動き形を変え迷宮のように変化する。そんなことが起こっているとは露知らず、ラーナたちは大聖堂へと歩を進めていた。
人魔混合都市アマナ 都市内 南部
関門を抜けてからというもの、霧が濃い以外の変化や以上は特に見られなかった。唯一救いだと感じたのが、この霧の中でも大聖堂の鐘楼がかすかに見えていることだ。あれを目印にすれば迷わないだろう…
~数分後~
「おかしい…」
先頭を進んでいたグロウスがそうつぶやく。他の人たちもそろそろ着いてもいいころのはずなのに、相も変わらず遠くに見える大聖堂の鐘楼を見て唖然としている。南部から都市に入ったならば北部の大聖堂へは一直線で道が敷かれている。それなのにもかかわらずたどり着かないということは…
「グロウスさん、この霧に阻まれてるせいで大聖堂にたどり着けてない可能性ってあります…?」
「それは…正直あり得る話ではあるが、何より確証がない以上、無理やり行動すれば命の危険を伴う可能性もある。今はまだ動く時ではないとみているんだが…」
「分かりました。でも、もし必要になったらボクが霧の上に抜けて道を示すなんてこともできますから、覚えといてくださいね。」
「ああ、分かった…!?」
グロウスさんが言い終わるか終わらないかのあたりで、霧の中から斬撃が飛んでくる。間一髪躱すことができたが、敵からの突然の攻撃ということもあり、ギルドの一団は軽いパニックを起こしていた。
「全員!戦闘態勢をとれ!この霧だ!仲間と敵を見間違うなよ!」
「「「了解!!!」」」
霧の中からの斬撃は一定の間隔で飛んでくるものの、敵の姿が見えることはなかった。ボクは急ぎ、斬撃を盾ではじきながら、ハベルのもとに駆け寄った。
「ハベル!」
「ラーナ!ちょっとあれを見て、魔力を目に込めれば見えるはずだから」
ハベルに言われるまま、指を差しているほうを見ると、なにやら光の塊のようなものが見える。その光の塊は、徐々に遠ざかるように動いていた。
「あれ、たぶんだけどこの霧を操ってるやつだ。この霧とあの光、魔力の質が似てるからな。どうする追いかけるか?」
「グロウスさんには悪いけど追いかけよう!シュトルムがあればすぐ追いつけるからね。」
「魔術兵装励起!シュトルム、起動!」
青い光に包まれ、「シュトルム」は手足を覆う装甲へと変化していく。早速魔力を込め、最短距離を進むように少しだけ地面から浮き上がり、見えた光のほうへ一気に加速する。もちろんハベルを抱えながらにはなるが、明らかに「シュトルム」は使いやすくなっていた。なんというかうまくは言えないが、前使った時より魔力の巡りがよくなっている感じがする。
「いたぞ!あいつだ!」
「あら、追いつかれちゃったのね…もう少し楽しもうと思ったんだけど…」
目の前の霧が少し晴れたかと思うとそこには、漆黒のローブをまとった魔術師がランタンを持って立っていた。声から判断するに女性だろうか…話して分かる相手だといいんだけど…
「あなた!邪教師団の魔術師でしょう、どうして都市を占拠なんてしたの?」
「ん?そんなこと気になるの??そ~ね~強いて言えば、遊びかしらね。私たちは心の自由を求めているのよ。どんな形であろうとね…力がすべてのこの国なら、何したって構わないでしょう?」
「確かに実力主義なのは認めるけど、こんな迷惑がかかるだけのことをするなんて…」
「あらあら、あなたまだ気づいてないの??この霧、別に目隠しだけの力じゃないのよ?冥途の土産とやらに教えてあげましょうか。この都市にまだ生きている人がいると思っているのなら大間違いよ。もうこの都市にヒトなんていないわ、代わりに人の形をした魔獣ならいるけどね…フフフッ…」
「何………?それってどういう…」
「さあ、お話はそろそろ飽きたわ。あなたはきっときれいに変わるわ。だから安心して身を委ねなさい…」
その魔術師はゆっくりと近づいてくる。これは…やるしかない状況というやつか…ボクはとっさに臨戦態勢をとる。ハベルの方は、と視線を向けると証である金槌を手にしていた。
「ラーナ…あたしも力になるか分からないけど手伝わせてもらうぜ…」
「あら~?あなた方が、私に勝てるとでも…?」
「もちろん!勝つ気で行くよ!ハベル!」
そう呼びかけると、心底うれしそうな顔でハベルは答える。
「分かったぜ!ラーナ!」
「フフッ、いいわぁ、その目の輝き。若い子特有のそれって…どうして、ぶち壊してあげたくなるのかしらね!」
魔術師がランタンに手をかざすと魔法陣が光りだす。周りの霧を吸い込み、その霧に形を与えていく。見る見るうちに変化した霧は、魔術師と見間違うほど精巧に作られていた。
「霧散する影…私の十八番よ。やってしまいなさい。魔導士の彼女は生け捕りにするわ。妖精の方は…そうねぇ…私のおもちゃになってもらおうかしら!」
そう言いながら、霧で作った分身3体は、何か刃のようなもので切りかかってくる。それとほぼ同時に「シュトルム」に付与を施し、防御力を高め、刃の3連撃を受けるが、一撃一撃がかなり重い…何かこちらからも仕掛けないと、狙うなら本体だよね…ならタイミングを見計らって一気に突撃すれば…
「あ、ラーナもう一回来るぞ!攻撃はあたしに任せてもらってもいいか!?」
「分かった!じゃあ、全力で守るよ!」
再び来る攻撃に対し、盾を構え魔力を注ぎ込む。でもいつも道理じゃだめだ、普通に防いでも後ろを取られればお終いなのだから。魔導陣を円形から二人とも入り、丸く覆えるようなイメージで…
「魔導陣形成…円球の聖盾!!」
魔力を込めた盾を思い切り地面に打ち付ける。すると、イメージ通りの半円の形で魔導陣を展開することができた。そのドームは、霧の刃をものともせず、余裕で受け切っていた。
「何々、何なのよそれ…魔導士がこんなことできるなんて聞いてない…けど、その程度であきらめるほど私もやわじゃないのよ?所詮は防御魔法…魔導になったところで自由度が増すだけなんだから。」
それは確かにと言わざるを得ない。守り切ることはできても攻撃性がなければ、戦いは続いていくだろう。でもそれは、一人だった場合の話だ。
「行けるぜ、ラーナ!魔石が光ったら一気に魔導陣を解除してくれ!」
「了解!」
ハベルがいつの間にか取り出していた金槌には、赤い宝石がはめられている。
「燃え盛る命の源流、果て無き罪を焼き尽くし、僅かな命にひと時の輝きを!」
はめられた魔石が光りだす。(今だ!)そう思い、魔導陣を解除すると同時に分身も一気に距離を詰めてくるが、その刃がこちらに触れる前にハベルは金槌を振り下ろし、地面へとたたきつける。
「妖精術 炎精の紅玉!!!」
叩きつけられた地面から無数の火の玉が出現する。それは、周りの建物ごと燃やすかと思いきや霧のみを対象に燃やしていた。徐々に焼き尽くされ晴れていく霧の中、本体がいなくなっていることに気づく。
「へっへ~ん、どうだ炎の妖精術は!ってあり?あいつ居なくなってる?」
「ハベルを守るのに夢中で気づけなかった…でも撃退したってことだよね?」
「それは…そうだな!喜ぶべきことだぜ!」
二人で窮地を乗り切ったことへの喜び。それは何にも代えがたく、二人は自然とハイタッチをしていた。ひとしきりして落ち着いた後、グロウスのところへ戻ろうと提案するハベルの意見を快諾するラーナ。幸いハベルの妖精術により、完全とはいえないまでも霧は晴れていた。狭い路地のようなところまで来ていたラーナたちは、大通りへと顔を出すがそこには凄惨な光景が広がっていた。
「え……これは…一体…」
そこには、グロウスやギルドの仲間たちが居たが、その足元には無数の死体が転がっている。オオカミのようなものからクマのようなもの…どれも魔獣と分類されるような凶悪な見た目の獣たちだ。
「ラーナ、ハベル…君たちに聞かなければならないことがある…」
グロウスさんが話し出すが、その声には静かな怒りと疑念の混ざったような感じが込められていた。ボクたちが、独断で魔術師を追いかけてしまったからだろうか…
「君たちは邪教師団に加入しているというのは本当か…?」
ボクとハベルに投げかけられた質問は、予想外のものだった。一体なぜその答えに至ったのかは不明だが、ここははっきりと真実を言おう。そうすれば信じてもらえるはずだ。実際のところ、邪教師団なんて加入していないわけだし…
「いえ!ボクたちは邪教師団になんて加入なんてしていません!実際、ついさっきまで魔術師と…」
「もういい!よく分かった。ギルドとしての判断を伝えよう…君たちを邪教師団の関係者とみなし、裁判にかけさせてもらう!」
片手剣をこちらへ向け、グロウスさんはそう言い放った。あまりに唐突な出来事に動揺し、身の動きが止まる。何で?どうして?だが、考えている暇は数秒ほどもなかった。
「転移!」
グロウスが目の前に現れると同時に、ラーナは魔導陣を展開する。完全な展開とはいかず、装備している盾の一回り程度大きい形での展開となったが、それが逆に功を奏することになる。小回りの利くこの形のほうが、グロウスの斬撃を弾くのに適していた。数回弾いたのち、次の一撃を受け止めると、グロウスは片手剣を盾に押し付けたままの状態で口を開く。
「ギルドの人間ではなく、一人の仲間だった男としてこの話を聞いてほしい…逃げろ、ラーナ…ハベルを連れて第4地区の方へ飛べば、しばらく追跡は逃れられる……」
そう言うと、片手剣に込められていた力が一瞬緩む。その一瞬を逃さず、グロウスさんを弾き飛ばした。正直頭はパニック状態だが、最後の言葉は信じてもいいと思えたからだ。迷ってる暇なんてない。「シュトルム」に魔力を巡らせ、飛行の準備を最速で済ませる。
「ハベル…少し荒っぽいけど、逃げるよ!」
「え…お、おう!分かった!」
まだ状況の整理が追い付いていなかったハベルを両手に抱え、ラーナは飛び上がった。グロウスの言っていた第4地区の方へ、ハベルに大体の方向を聞きながら飛んでいく。上空の冷たい風が当たり、頭が冷えてくる。何故疑いをかけられたのか。落ち着いて考えると可能性はいくつか考えられる。一つはギルド加入前から疑われていた可能性。でもこれは正直言って無いと思う。ハベルが巻き込まれているのがその証拠だ。あまりにも偶然を重ねない限り、こんな捕まえ方をできないからだ。もう一つ思いついたのは、あの霧の魔術師に何かを吹き込まれた可能性。グロウスさんがこんなことを信じるとも思えないが、ギルドとしての判断なら少し合点がいく気がする。組織の中に敵がいる可能性はできるだけ排除した方がいいだろうしね。他にも思いつくものはあるが、あまりにも可能性としては低い気がした。
いろいろと考えるうちに第4地区の森林地帯まで来ていた。だがその時、僅かにだが「シュトルム」の出力が不安定になり、高度の維持が難しくなる。
「ラーナ、そろそろ着陸した方がいいかもだぜ。シュトルムもこんな長時間の稼働は正直、初だからな。」
「分かった、けど…森って大丈夫かな?魔獣の類がいたり…」
「第4地区は比較的平和な領土だから、魔獣も他の地区よりは少ないと思うぜ。」
「そっか、了解!」
ゆっくりと高度を下げ、森の中に着陸する。地に着いた瞬間、かなりの脱力感に襲われる。魔力を使いすぎたんだろう。
「よし!ひとまず、焚火と獣除けの結界を…って!ラーナ!大丈夫!?」
「大丈夫…ちょっと魔力使いすぎたかも…凄く…眠い…」
「分かった、じゃあここで眠ってていいぜ。あたしは焚火やらなにやら準備するから、絶対ここに居ろよな~」
そう言ってハベルは、森の中へと走っていった。それを見送ると同時に「シュトルム」が解除されて、元の首飾りに戻る。木に身を預け、ボクの意識は深い眠りについた………