第6話 危機、一発、緑宝の奇跡
眼前の空に紫色の魔法陣が広がっている。今のこの地面に倒れている状態では、あの雷をよけることもできないだろう。ハベルには、悪いことしちゃったな。多分ボクのせいで「シュトルム」を壊してしまったし…
「ガルゥァァアッッ!」
ガルムの咆哮とともに雷が降り注ぐ。地面は抉られ、辺りに衝撃が走る。
「ああ、ボク死んじゃったのか」
こんな雷、何も防御せずに人間が食らったら一瞬で炭になってしまうだろう。ブレイを救ってあげたかったけどボクじゃダメだったみたいだよ…
「何言ってんだ、まだ生きてるだろうが…死ぬ覚悟をするのと死を受け入れるのは大きく違うことだぞ。」
「え?」
気が付いた時には、グロウスさんとハベルが近くに居た。というよりは、ボクの方が近寄った…?頭が軽くパニックを起こしている。どうして…?
「俺の転移を使っただけだ。ギリギリセーフって感じだな。それより話は後だ。目の前の魔獣に集中しろ!」
「は、はい!でも、あのガルム見えない壁みたいなのに守られてる気がするんですけど…」
「何者かの補助魔法か?そうだ!ハベル、君なら何かわかるんじゃないか?」
「確かに妖精は、魔力を人間よりは鮮明に見ることはできるけど…この距離じゃちょっとなぁ…」
魔力を見る…?そういえば、魔力を光としてみることができるなら………ボクにもまだできることがあるのかも。
「ハベルっ、その魔力を見るっていうの、より鮮明に見るときってどうするの?」
「そりゃあ、目に魔力を集中させて、よ~く見ればできるけど…」
「分かった。ちょっとやってみる!」
「お、おい、やってみるったって…」
そういうハベルの言葉を無視して、盾を触媒にする時のイメージで、目に魔力を込める。すると、何もなかったガルムの周りに檻のような結界魔法が見えてくる。(なんだこれ……)更には、ガルムの手足には鎖が繋がれている。これは、誰かに無理やり体を使われてるとみるのが正しいだろう。先ほどまで怒り狂っていたように見えたガルムは、今は、結界に苦しみ悶えているように見えた。
「ガルムが結界で拘束されてる…?」
「何?それは本当か…?ならば、少し面倒だが、結界を破ることからやらなければな…」
「結界を破るにはどうすればいいんですか?ボク、その辺りは、教えてもらってなくて…」
「結界を破るなら、方法は三つだ。一つは、同等かそれ以上の結界魔法をこちらが使うこと。二つ目は、結界を魔法による攻撃で破壊すること。あともう一つは…まあ、見せた方が早いだろうな。よく見ておけ、これからギルドで戦っていくなら必要な知識だからな。」
そういってグロウスさんは、ガルムに向かって歩き出した。右手には、さっきまで持っていた片手剣ではなく、不思議な装飾の施されたガントレットを身に着けていた。なんだろうあれ、ボクの盾と同じような違うような不思議なオーラを纏っている。
「よくみておけ。これが三つ目のやり方だ。魔術兵装『封滅の籠手』。魔力充填50%…、」
「付与…封魔の拳!」
結界に拳を突き立てると同時に、みるみるうちに結界の魔力がグロウスさんのガントレットに集まっていき、やがて、魔力の尽きた結界は効力を失い消滅してしまう。その光景に、ボクとハベルは唖然としていた。
結界の中心にいたガルムの姿は見る影もなく、まだ子供のように見えるオオカミがその場に倒れこんでいる。
「ふぅ…このように結界の魔力を使い切らせるのも手段の一つだ。まあ、結界の魔力を絶え間なく、供給されているなら話は別だがな。」
そう言いながらグロウスさんは、ガントレットを隠し箱の中へ仕舞いこむ。あのガントレットも気になるが、やはり隠し箱の魔法陣は便利なんだなと感じる。後でレイカさんに教えてもらおうっと。
「すごいな、あいつ魔術兵装持ってたんだ…しかも、かなり上等な奴だったぞ…」
「グロウスさんって戦闘経験多そうだとは感じてたけど、まさかあそこまで手慣れてるとは…ボクも見習わなきゃな…」
「ラーナ、ハベル!あのオオカミを見てきてくれるか。少し魔力を使いすぎた…俺は後から向かうから行ってくれ。」
「了解です」「分かった!」
ボクとハベルは、指示どうりオオカミのもとへ駆け寄った。そこには、衰弱しきって今にも息絶えそうなオオカミの姿があった。足や胴体には、うっすらではあるが鎖で縛られていたような跡が見える。結界に縛られる以前にも何者かに縛られていたんだろう…
「これは、ひどいな…結界魔法に縛られたうえ、魔力の過剰消費で体はボロボロ…これじゃあ、長くはもたないだろうな。どうするラーナ?」
「できれば助けたいかな…このオオカミにもう敵意は感じないし、なによりこんなことをしたやつらを許せない。」
「よし分かった!じゃあ、あたしに任せとけ!戦いにはあまり使えないけど、これなら…」
そういってハベルは、鍛冶師の証である金槌を取り出し、持ち手にある引き金のようなものを引く。そうすると尖っている部分が展開し、何かをはめるような凹みが出てきた。おもむろにハベルは、緑色の鉱石をそこにはめ込む。そして、金槌を抱くように胸の近くに持っていった。
「自然の芽吹き、新緑の風、一つの命に翡翠の祝福を…妖精術、緑玉の反転!」
金槌に白色の光が集まり、鉱石が緑色に光り輝く。そのままハベルは、金槌をオオカミに振り下ろした。すると、オオカミの体に緑の模様が浮かびだし傷が塞がっていった。苦しそうだったオオカミの表情は、いくらかましになったのか和らいでいく。
「ハベル…今のって?」
「ん?ああ、これは妖精術って言ってな、空気の中とかいろ~んな場所にある魔力を利用して使える魔法なんだ~。あたしの場合は、この鉱石の力を引き出すって感じだな!あたしたち妖精は体内で魔力を作れないからね、環境を利用した魔法が多いんだ。」
人差し指を立てながら、まるで先生にでもなったかのようにハベルは教えてくれた。妖精術か…まだまだ知らないことだらけだなボク…
「ラーナ!ハベル!そっちはどうだったか聞かせてくれ。」
グロウスさんがギルドの仲間たちと駆けよってくる。どうやらボクたちのほかにも別のルートでアマナに向かっていた人たちが騒ぎを聞きつけて駆けつけてくれたらしい。
「はい、結界も消滅していて、ガルムと思われていたオオカミも敵意はないと判断して、ハベルが治療してくれました。」
「なるほど、分かった。そのオオカミは念のためギルドの方で預かる。俺たちはアマナへ急ぐぞ。それでもいいな?」
「もちろんです!」
「あたしもちゃんとついてくぜ~」
「よしなら出発だ。別動隊のつかっていた獣車もある。ラーナとハベルはその中でしっかり休んでおくように…いいな?」
「はい!」「は~い」
そう言って獣車の荷台に入る。魔獣の引く馬車である獣車は、引いていく魔獣によって性能が大きく変わる。今回のものは、ギルドで飼いならしているガラティアという魔獣が引いてくれるようだ。見た目は馬に近いが、頭部には鎧のような金属の装甲が付いている。これはガラティアが目に映るものすべてに魔眼というものを使用するからそれを予防するためなのだそうだ。それ以外は馬より高い走破性を誇るためギルドでは重宝されているらしい。その獣車の中で、アマナに着くまでの間、仮眠を取ろうということになったのだが…
「なあラーナ、シュトルムをちょっと見せてもらえる?」
「あ、でもこれ…」
「壊れたって思ってるんだろ?でも、その辺は多分大丈夫だと思う。壊れてなんかないさ。」
ハベルがボクの首元に手をまわし「シュトルム」を外した。そして、どこか悲しげな表情を浮かべながらハベルは話し出す。
「こいつには、限界点がついててな、大きすぎる魔力を出力すると自動的に解除するようにしてたんだ。そのせいでラーナを危険な目に合わせちゃったんだけどな…その…あれだ…」
「ごめん!!」
勢い良く立ち上がったハベルは、涙目を隠すように深くラーナに頭を下げていた。彼女なりに、鍛冶師としての責任を重く受け止めていたのだろう。
「ハベル…大丈夫だよ、君のせいじゃない。こんなこと誰にだってあるさ。それよりここからどうするかを考えていこうよ。過去にとらわれすぎるのは良くないからね…」
「ラーナ…う、ひぐっ、グスっ」
泣き出しそうな(ほぼすでに泣き始めてる)ハベルをそっと抱きしめる。ボクには、分からないような苦労がいっぱいあっただろう、妖精というだけで、差別され蔑まれていたのだから。このひと時くらいは、心を休めてもいいだろう。それにしても、ハベルってあったかいな…魔力を消費した疲労と重なって、眠く………
「グスっグスっ…んあ…?ああ、疲れてるよな…おやすみ、ラーナ…」
アマナへ続く道を獣車は駆けていく。魔導士となった少女はまだ知らない。これから降りかかる災厄を…