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ラインハッカー  作者: 宮戸 凪
第二章 悦び
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第二章 5 全ての命は

 命が燃えていく。心が腐っていく。

 鼻腔を擽る血の臭い。肉が焦げたような臭い。

 赤黒い色は夕陽に照らされ、煌びやかに艶めいていて。



 ───まずい。



 四方を死体の山で囲まれていて、血のせいで足元が滑り不安定になっている。泥濘に気を取られると、トドスにやられて一瞬で塵になってしまう。

 フーカ一人では絶対に死ぬ。ならば、陣営を増やさなければ。


「あ! 僕の洋服があの男の血で汚されちゃったじゃないか! あんなやつよりも僕の方がいい男だよね? お嬢さん?」


「ふ……っ!!」


 幾つもある死体の中で、フーカは見覚えのある死体に蹴りを入れた。思いっきり力を込めて蹴り入れる。

 耳を貸さない。耳を貸しては行けない。すぐに戯言を吐き続ける夢魔は死灰とは比べ物にならないほど、強い。

 トドスの服にはレイジの返り血が溢れるほど付いている。胸あたりが特に血糊の量が多く、レイジの壮絶な瞬間を物語っていた。


「ねえ、僕と契約しない? 君に一目惚れしちゃったんだ」


「───複数人と契約出来るということは、あなた死灰ではないわね」


 死灰では無いことぐらい、死体の数が物語っている。死灰が、こんな人盛りの場所で力を使うなど、自殺行為だ。だからこそ、目の前の夢魔に探りを入れて、情報を聞き出さなければならない。


「わーお、声まで可愛いのか。ますます欲しいな」


 ハズレ。内容は人外には届かないみたいだ。


「何故、私を殺さないの」


「殺したいほど好きかってこと? 勿論、こんな気持ちは初めてさ!」


 脳味噌まで人間ではなくなってしまったらしい。話が通じない。狂人と言うべき程言葉の噛み合わなさ。

 見れば十六歳ぐらいの男がくどくどと台詞を吐いている。

 おそらく、高校生ほどの男児が悪魔と契約したのだろう。これが死灰なら、ある程度契約者の自我は残っているのだが。


「そうじゃなくて! 何故周りを殺して私だけ殺さないの。どう見ても、ここで力を使うのは得策じゃないわ」


「───」


「頭が悪いのね。利口な生き方は出来ないの? これじゃ、言葉の通じない死灰の方がマシよ」


「おい」


 煽りに煽る。これでどんどん余裕がなくなって、視野が狭くなれば。隙を突くことが出来れば。


「僕を死灰とか雑魚と一緒にしないでくれる? 僕は無徒(むと)さ」


「無徒……!」


 無徒、中級の位の夢魔の名称。だが、その数は死灰よりも少ないのは勿論、上級の夢魔よりも圧倒的に数が少ない。存在自体目にすることが稀で、フーカは死灰以上の夢魔に初めて会ったのだ。


「これだけ強い僕が下級なわけが無い。そして中級という位を持っている僕は、君のお婿さんになれる。女性は権力に弱いだろう?」


 ふふんと鼻を上げて自慢げに話し始める。この余裕のある様子は、フーカ自体敵として見てないのだ。それは、好意を持っているからか、あるいはそれ以下の取るに足らない相手だと思っているからか。


「いい加減ハッキリさせておくけど。私、あなたのこと大嫌いだし結婚もしない」


「……ふーん? じゃあ殺そっかな」


 表情を変えずに淡々と、一言そう付け加える夢魔。

 直後、ものすごいスピードで詰め寄ったトドスの爪が黒く伸び、フーカの首を鷲掴みにする。ギチギチと爪の間に首の皮がめり込む。


「か、……はっ……」


「あは、ごめん。爪で抉っちゃったね。傷つけないで殺してから、後で楽しもうと思ったのに」


「とんだ……変、態ね……」


「減らず口を」


 さらに締め付ける力が強くなる。首を絞められ爪を立てて抵抗するも、だんだん脳に酸素が回らなくなる。手足の自由が聞かない。輪死線を越えなければならないのに。ここで、終われない。


「あー、弱っていく君も綺麗だね。そうだ、死後は僕の邸宅に、頭だけ飾っておこう。綺麗な顔を毎日見れるぞ。うふふ、身体はお楽しみだよ」


 頬を桃色に染め妄想を始めるトドス。こんなにも気持ちが悪い思いはしたことが無い。死ねば、こいつの玩具にされるのだ。

 死ねない。まだ。

 死にたくない。あの人が待ってるから。


「……うっ!」


「痛っ、あ、こら! 逃げないの!」


 力を振り絞り、近づいてきたトドスの鼻に噛み付いた。驚いた拍子に締める手を緩め、フーカは下へと滑り落ちる。

 この機会を逃しては行けない。すぐに輪死線を目指して走っていく。

 走れ、走れ。

 走らなければ。

 あと、少しなのに。


「ああもう面倒だな。一気に殺しちゃおう」


 トドスは何も無いはずの空間から槍を取りだして構える。

 槍の先端からは白煙が登り、その先から光が漏れていく。空気が、風が流れを変えてフーカの前に立ちはだかる。


「っ……」


 後ろを振り返ると、彼の目は少し涙が浮かんでいた。

 どんどん巨大化していく光がフーカの背中を照らしていくのだ。もう少しで届くのに、輪死線は目の前なのに。


「さようなら、お嬢さん」


 槍が放たれたことで、フーカの心臓に穴が空いて───、



「───!」



 ───瞬間、トドスの頭蓋骨に衝撃が走り、フーカと引き剥がされる。

 否、後ろにいる者によって、それは起こったのだ。


「あ? なんだ? お前」


 聞いたこともないような低い声。トドスの腹の底から、怒りが湧き上がっているのが分かる。

 折れた鼻と半壊した顔面を即座に再生させ、トドスは後ろにいる人間へと顔を向けた。


「おい。僕の楽しみを奪った罪は重いぞ、人間」


 実際、先程の一撃を直で食らい、かなりの威力で吹き飛ばされてしまった。狙っていた女の心の臓を奪うことが出来なかったのだ。


「───大丈夫か、フーカ」


 その声は、酷く冷たく、それでも熱く。足が竦んで、そのまま座り込んでしまった女に言葉を掛けた。


「……ぁ」


「───」


 掛けた呪いが、言葉が、全て脳に流れて回る。血が沸騰し、血管が破裂し、細胞が共鳴し合っていた。

 どうやって産まれたかも、どうすれば倒せるのかも分からない。だが、分かるのはただ一つ。


 ───こいつを、殺すこと。


「なんで、いるの……」


「なんでって、お前のおかげだろ?」


 そう、彼女のおかげで自分は今、生きている。

 流れ込む空気も血の匂いも全て彼女のおかげで感じられるのだ。

 託された想いがあるのだから、命を燃やしてでも戦おう。


 だから、今度は絶対に。


「お前を守るよ」


 その言葉に嘘はないから。


「───ありがとう、レイジ」


 もう二度と口にしないと言っていた名前を、呼んでくれた。

 潤んだ瞳が、桃色の唇が、自分の名前を紡いでくれたのだ。自分を求めていたかのように。


「あ、思い出した。僕が頭を外して、殺した奴だ。なんで生きてんの?」


 鋭い眼光がレイジの心臓に突き刺さる。怖い、恐ろしい。あの死灰と会った時も感じた恐怖感。だが、もう守るべき相手がいるから。昨日のように逃げ出さない。

 道理としては、確かに死んでいただろう。頸動脈を裂かれ、胴体と頭は完全に分離していたから。


「ハッ、てめぇに教える訳ねーよ」


 教える訳が無い。あと少しで、フーカの胸に穴が空き、死んでいたかもしれないのだ。そんな相手に自分の手の内を晒すなど、デメリットの方が圧倒的に大きい。リスクもある。

 今はとにかく、フーカを目指していた輪死線から出すことが最優先だ。


「あ? お前、僕の女を横取りしたんだから、覚悟は出来てるんだろうな?」


「お前の女じゃねぇ」


 そう口火を切ったことで、チリチリと視線の火花がぶつかり合う。こっちは二人いるが、レイジ自体能力がまだ分からず、どう戦えばいいかも知らない。そしてフーカがどのくらいの強さで、どんな能力なのかも言われていない。

 このままでは連携が取れず、自滅してしまう可能性がある。

 つまり、八方塞がりだ。


「───!」


 音も立てずに目の前の夢魔が、レイジ目掛けて飛び掛った。

 トドスは砂煙が出るほど、凄まじい速さで駆け上がる。その地面を削り、獲物を狙う姿は黒狼を想像させる様だった。

 狼は、黒い爪を尖らせて目障りな男の心臓を抉り───、


「お前……ッ!」


 寸前、斜め後ろに半歩下がり、上手く躱すことでギリギリで爪を避けることが出来た。否、左肩は避けきれずにそのまま黒爪を受けてしまったが。


「いっ……! まずいな、これじゃ左腕は使えない」


「お前魔取の人間だな。僕の一撃で死なないのは野犬共に違いない。ほら、さっさとオールダイスへんしんしてみろよ」


 左腕は上がらず、肩の骨が外れて出血が止まらない。関節は完全に貫通し、変形した腕が垂れ下がるだけだ。

 だが、痛みはあるものの「貫通」という言葉通りの、鋭い痛覚がやってこない。アドレナリンのせいで感情が昂り、痛みに鈍いだけなのだろうか。


 レイジの状況はお構い無しに、トドスは魔取という単語を出し煽っていた。その口振りからすると、レイジ達のことを初めは魔取だと気づかなかったのか。

 フーカは「あっちも気づいている」と言っていたが、彼女の勘違いか。


「俺だけじゃなくフーカも魔取だ。てっきり俺らのことを知っていると思ってたが」


「あ? あのお嬢さんが魔取な訳ないだろ。輪死線の中でも逃げ回るだけだし、変身もしなかったさ」


「───は」


 そんなはずはない。だって、レイジは死にそうになりながらもハッキリと見たのだ。白くて長い銃で銃弾を撃ち、フーカは少女の身体を貫いていた。

 死灰を一瞬で蹴散らす程の威力がある銃を、あの男に向けないはずがない。あと少しで、自分が死ぬところだったのだから。


「───夢魔はね、人間の血肉を食べる事で力を付ける。……わかるかい? たとえお嬢さんが魔取でも、関係ない。この死体の山は全て僕のもの! あはは! 絶対的に君達の『負け』だよ」


  堪えきれない笑いを片手で多いながら、不気味な笑顔を浮かべている。歪んでいて、軋んでいる歪な笑顔。


 ───落ち着け。


 路地裏とは比べ物にならないほど、輪死線の範囲が広すぎる。大体、星屑祭に向かおうとしていた人間を、全て線が丸呑みにしたのだ。自分が適う相手ではない。

 そして、一瞬の内に輪死線の中で出られず、生き地獄の人間の命を潰した相手だ。


 ───感情に呑み込まれるな。


 負けを認めろ。命が惜しくば、ここで降伏するのが得策だろう。

 それならば、フーカだって助かる可能性は高い。守ると誓ったのだから、メリットのある選択しなければ。


 ───常に冷静であるべきだ。


 ここではもう、死人が多すぎる。死体だって、もう死んでいるのだから食されてもしょうがないじゃないか。

 あの男がどんなに人を喰らおうが、自分と彼女が助かればなんだっていい。そうやっていつも、自分可愛さで他人を取捨の天秤にかけているのだろう。


 ───落ち着け。


 ───落ち着こう。


 ───落ち着いてから、考えていこう。


「───落ち着いて、られるかァッ!」


 沸騰する脳と軋む頭蓋骨の衝撃を感じながら、地面を蹴って走り出す。知らない誰かが死んでいくのも、見知った誰かが死んでいくのも今はただ、耐えられなくて。だから、もう十分考えた。考えた上での結末なのだ。この選択に、悔いはない。

 武器は、ない。力もない。だが、沸き上がる怒りと、使命感がこうも人を強く動かす。損得で動いていたはずのレイジですら、その天秤は壊れかかっているのだ。いや、誰だってこうなるだろう。

 ───人がそんなくだらない理由で、殺されていいはずがないから。


「勢いだけは一丁前だね、はは!」


 勝算すらも全くないのだ。四面楚歌、八方塞がり。本能のままに身体を動かすしかない。

 レイジは右手に力を込めて奴の頭を、目掛けて殴りかかる。強く、強く。皮が剥がれるほど強く握りしめて。


「あは、何この威力。豆鉄砲?」


 笑い飛ばされた。

 全力を込めた拳ですら、簡単にあしらわれてしまう。奴にとっては遊ぶ価値もないのだろう。


「───忘れるな。これが本物のパンチだ」


 直後、レイジの腹に拳が勢いよくめり込む。胃液が出るなんてもんじゃない、血が、口から血反吐が出て止まらない。トドスの身体に夥しい程の血糊がさらに重なっていく。レイジの血は地面に垂れているが、元々土は赤黒く染まっていて、もはや誰の血なのかも分からないが。どくどく流れる液体は止まることを知らずに溢れ出て。

 背骨は恐らく折れまともに首を上げることすら叶わないのだ。腸は潰れているのだろう、一撃を食らった時にブチブチいう音を聞いたから。

 息が出来ない、思考も、瞬きも出来ずにそのまま瞼が降りてしまう。遠く、遠く。


 ───暗く、冷たく。今度は痛みを伴って、落ちていく。










「おはよう、レイジ」


 声が、聞いたことの無い声が耳に入ってくる。中性的で柔らかい声。

 それでも、視界にはまだ白い霧がかかっていて、なにも分からない。


「───ぁ」


 だんだん明瞭となり、靄が晴れていく日光のような眩しさが真っ先に瞳に飛び込み、レイジは再び目を細めた。

 なんだか、空気が暖かい。


「はあ。ボクを待たせすぎだよレイジ」


「……は?」


 視界が広がる、と同時にその異様な光景が衝撃的で、レイジの口が塞がらなかった。

 晴れた空、輝く太陽。浅い水面が地面を覆っていて、終わりが見えないほど広く、繋がっている。水に反射している空が、太陽が上下からも顔を覗かせていた。

 だが───、


「おっと、自己紹介が遅れたね。ボクはヴィネ。好物は」


「ここは何処なんだ」


 特に異様なのは目の前にある巨大な赤い鳥居だ。その上にぽつんと、喋り始める人が一人。遠すぎてあまり見えないが、恐らく女だろう。

 なぜ、自分の名前を知っているのか。


「ここ? 君の核だよ」


「核……?」


「まあ、今はどうでもいいだろう。そんなに時間はないから手短に話すけど」


 どうでもいいと片付けられてしまったが、実際どうでも良くない。どこかも分からず、誰とも知らない人とこうして話すなどおぞましいのだ。


 だが、ヴィネはそのまま話し始める。



「───レイジ、このままじゃ死んじゃうよ」



 そう、伝えられたのだ。特別悲しそうでも、嬉しそうでもなく、ただ、淡々と。

フーカの部屋は一番奥が和室になっています。

そこで和菓子を食べる時間が、至福なんだそうです!


すみません、訂正です。

今更ながらにこの作品はローファンタジーであるのですが、アクション作品にカテゴライズされてましたので修正したしました。

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