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ラインハッカー  作者: 宮戸 凪
第二章 悦び
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第二章 7 洗脳

 暗い夜道。街頭は帰路に着く途中までトドスに壊された為、灯りが付いていない。

 星屑祭(せいせつさい)の中で起きた大量無差別殺人は、血と僅かに人ならざる者の臭いが残っている。一人一人、誰もが願いを込めて星を見に行こうとしていたはずなのに。無惨にも一人の男の手によって死を迎えてしまったのだ。


「はぁ。こういうのは何度起きても、慣れないものね」


 帰路の中、星空を見上げながらフーカが呟いた。この空は、果たして血生臭い人間が見ていいものだろうか。


「星屑祭って、そういえば初めて聞いたけど昔からあるのか?」


 これは、話せなかった二人で歩く道での会話の続き。呑気に祭りの妄想をするレイジだけなら、夢魔にあったら確実に右も左もわからず死んでいただろう。


「いいえ、無いわよ。こうも大量に人が死んでいくのなら偶然ではなく、引き寄せられた必然の可能性がある。夢魔が、人々に暗示をかけて創り出した祭りなのかもしれないわ」


「あ、暗示!? そんなこともできるのか……」


「暗示は中級の夢魔……無徒(むと)が出来るのよ。死灰は人の言葉は喋れないから」


 無徒。正直レイジには中級だの下級だの力の違いが分からない。夢魔に会ったことはこれでまだ2回目で、どちらとも知らないことばかりだからだ。


 ここまで二度死ぬ様な思いをしても、レイジの中で魔取を辞めるという選択肢はない。そもそも辞めることすら、機密情報を聞いた為圧力が掛けられている事もあるが理由は割と簡単で、ただ衣食住があるからだ。住む場所、食事があるのなら命を懸けてでも守り通す覚悟は人並み以上にある。


「死灰は、人の言葉を喋れない……? ちょっと待ておかしくないか」


 死灰が人の言葉を喋れないのなら、あの日会った少女は夢魔ではなく、なんなのだ。矛盾しているではないか。


「じゃあレイジに聞くけれど、契約者はなんの為に夢魔に縋り付くと思う?」


「それは、上質な夢を見るためってエゼさんが」


「そうよ。人間は夢を見れるならばどんな契約でもするの。例え結んだ契約が自分の体を操られて、多くの人を殺す事になっても」


 待て。待て。その答えは、あの少女こそが、契約した本人だと言うのか。だとしたら、あんなに幼い女の子がそんな空虚な夢を見るために夢魔と契りを交わしたのか。


「じゃあ、俺達は、ひ、人を殺し……た……」


 あのトドスの容姿は確かに高校生ぐらいの男子だった。黒髪に白いシャツ。痩せてはいたが、あれがトドスだと思っていたから。


 レイジの言葉にフーカは否定も肯定もせず、ただ前を見て歩いていく。肯定すれば、彼は傷つく。否定をすれば、嘘をついた自分に傷がつく。どちらも取らない方がいいのだ。


「笑っていたでしょう、あの女の子。あれはあの子の意思で、感情で、紡ぎ出した言葉。死灰では、弱くて脳まで乗っ取ることは出来ないの。あの子はレイジを殺すことに躊躇ってもいなかったのだから、人と思わない方が良いわよ」


「だ、だからって……」


 実際人と思わない方が気楽なのかも知れない。無徒の場合は恐らく脳まで乗っ取られていても、それだけ夢の代償が大きくても人を殺しても、叶えたかったのだろう。そうなると尋常ではない精神性は人と思わない方がいいのだ。


 同い年ぐらいの男の子が、何に悩んで夢魔に身体を売ったのかはレイジには知る由もないし、知ってもレイジには関係ない。

 そう、無感情に行かなければ。


「───」


「───あーもうクタクタ。早く寝たいわね」


 腕を天に伸ばしながらフーカが欠伸をする。歩いていくともう目の前に寮が見えていて、やっと休めると言うのに。なんだか、このままの時間が続いて欲しかった。


「はい、これ。レイジの部屋のカードキー。やり方は前に教えたわよね?」


 フーカはどこからか取り出したカードをレイジに渡す。レイジのボロボロの指は痛みこそないが外傷が酷い。


「ドアに翳すんだよな、大丈夫。覚えてる。あ、でも俺の部屋が何処なのか分かんないんだけど」


 辺り一面白い空間のあの廊下では、なかなか柄や色で覚えることは難しく、プレートに数字も書いていない為分からなかった。数字くらいはレイジでも読めるのに。


「玄関から入って食堂を伝い東館。東館は新人だけが集う場所だから安心して。あなたは一階の九号室よ」


「九号室? 入ったばかりなのに意外と早い番号なんだな」


 なんだか自分が早いと言うだけで少し嬉しくなる。新人があまり入らないのか分からないが。


「新人は毎日入るけれど、昨日から派遣された新人がほぼ全員殉職したらしいわ。その後にあなたが入ったから九号室なの」


「ちなみに派遣された人数は……何人ぐらい……?」


「ざっと四十人かしら」


「ひぇ」


 ということは、派遣されたおよそ二十人が少なくとも昨日の時点で殉職していて、元々残っていた新人を合わせると九人しか残っていないというわけだ。

 フーカに一体どんな任務をすればそんな死者が出るのか、聞くのが怖くて聞けなかった。


 明日の任務はもしかしたら、そこに行くのかもしれないと思うと寝れそうにない。


「とりあえず今日は休みなさい。明日迎えに行くから、八時に部屋の前に居て」


 そう言いながらフーカは大きな口を構えたドアノブに手をかけ、玄関に入る。誰も居なくて暗い玄関だったが、人の気配を感知すると勝手に灯りが付いた。


「じゃ、おやすみなさい」


「お、おう。おやすみ」


 こうして誰かと寝る前に会話するのは久しぶりで、なんだか慣れず、心が痒かった。ずっと独り、暗い中過ごしてきたが、人との会話はこんなに心地いい物だと再確認する。


 会釈をしながらフーカがスタスタと歩いていく。それをを見つめながら、影が消えるまで目で追っていた。


「……えっと、食堂を通って東館、九号室だよな」


 正直東がよく分からないが、食堂は匂いで分かる自信がある。食べ物に対する執着はレイジは誰にも負けないだろう。

 玄関から左に進むと、食堂らしき部屋をみつけた。先程まで食事が行われていたのか、まだ匂いが強い。食堂を通り、そのまま真っ直ぐ進んでいく。


「お、ここか」


 そこは、異空間に飛ばされたかのように歪で急激に温度が下がったような場所だ。白い世界が広がり、先程までの温かい食堂が嘘かのように白く塗り潰されている。

 レイジは並んでいるドアの光を見ながら九番まで数えていく。全ての並ぶドアの隙間から光が漏れている。


「八、九。それにしても、ドアの見分けがつかないくらい全部白くてわかんないな……」


 ブツブツ文句を言いながらも渡されたカードをドアに当てるとカチャリと音が鳴った。これで鍵は開いたらしい。

 一日沢山の事が詰め込まれていて、今すぐにでも横になりたい。そういう想いがドアを押す力となり、勢いよく部屋へ入る。

 自動で明かりがついて、白い部屋は輝き出した。


「今日はもう、寝よう……」


 そう独り言を呟きながら倒れるようにベッドへ沈んで行った。

 久しぶりに柔らかい感触を覚え、暖かい部屋で眠りにつく。これがレイジにとってどれほど嬉しいものなのか、自分ですら分からない。


 深い、深い。眠りへと。



 ▦▦▦▦▦▦▦▦▦



 ───ジリジリジリジリ。


「!」


 その大きな音に覚醒する。辺りを見渡し、上にかけてあった時計を見るとどうやら七時。レイジが起きたことにより勝手にアラームは止まったみたいだ。


「ふぁ、あ。っと……これからどこ行けばいいんだ」


 フーカから言われている時間は八時に玄関前集合だが、レイジは朝が得意なため小さな物音でも直ぐに起きてしまう。とはいえ一度覚醒してから二度寝する事も気分が乗らない。


「部屋を見てみるか……」


 昨日は忙しくて自分の部屋がどうなっているのか把握出来ていなかった。だからこそ、自分が知らない部屋で寝るのは抵抗があるし、ここで時間も潰せるだろう。


 向かったのは部屋の入口から右手にある扉。開けてみるとトイレと風呂だった。半分に分けられていて、ユニットバスという感じだろう、これはレイジも使い方は分かる。


「ん? 何だこれ」


 洗面台の上に紙袋が一つ。中を見ると昨日血で汚れたはずの制服が新しく入っていた。どうやら、誰かが中に入って置いてくれたのだと思うが、自分の部屋に他人が入るのはなんだか気持ちが悪い。


 ベッドの横には白い間接照明とエアコンがあるだけ。

 クローゼットは同じ制服がびっしりハンガーにかけられていた。ある程度見たが、もう扉も無さそうだ。特別な部屋でもないみたいだし、自分の部屋を把握出来た。


「とりあえず、着替えて外で時間を潰そうかな」


 前に着た手順通り袖に手を通し、ボタンを閉め、黒いコートを着た。相変わらずネクタイはどう扱えばいいのか分からないが、しないよりはマシだろう。鏡に移る自分の髪の色は白。

 やはり輪死線がトリガーとなり髪の色が変わるのだ。


 時計を見ると針は七時三十分。あとの時間は適当にブラブラしていればいいのだ。

 ドアノブに手をかけ、カードを忘れずに持ち、先ずは行ってみたかった食堂に行くとしよう───、


「───遅い」


「う、ぅわ」


 扉を開けた瞬間、フーカが無表情で立っていた。淡々と、出会った時のような顔で。


「うわ、じゃないわよ。今何時だと思ってるの。時間も守れないようじゃ、これから仕事に行けないわ」


 今度は額に当たらないように寸前で避ける彼女。流石に二度の失敗はない。

 それにしても一体何の話だろう。時間はきっちり間に合っている、というより早すぎるくらいだ。


「ま、待ってくれフーカ。時間はちゃんと合ってるはずだ。今は七時三十分だから約束まで三十分もあるじゃん」


「何言ってるの。私の時計は八時三十分よ。もうずぅっと待ってたんだから!」


 それならそれでノックでもしてくれればいいものの、彼女はいつもより更に険しい表情で畳み掛ける。互いに一時間ズレていたということは、どちらかが間違っているということになる。


「俺は新しく用意された部屋で寝ただけだ。時計が狂っているのなら、その部屋を用意したフーカが問題じゃないのか。そんな事ないと言うならお前の時計が狂ってるんだ」


 その機嫌の悪さが相まって、棘のある言い方が更に突き刺さる。売り言葉に買い言葉。いつものレイジならばこんな不毛の言い争いはメリットが無い、と切り捨て自ら謝るのだが、どうもフーカ相手だと調子が狂う。


「な! 部屋を整備したのは私じゃないわ。それに、私はこの時計を確認して毎回仕事に行っているのよ。ズレていたらそれこそ大問題じゃない。レイジの目が覚めてないうちに見て、時間を勘違いしたんでしょ!」


「朝が弱いのはフーカの方だろ? 今朝だっていつもより険しい顔で体調が悪そうじゃないか」


「はぁ!? 私よりレイジの方が青白い顔で今にも倒れそうよ」


 互いの顔色の事を気にかけているが、レイジは昨日色々ありすぎて寝れたものの疲れがあまり取れず、顔が白いと言われても反論できなかった。

 だが、フーカの顔色は赤く、発熱しているのではないかと心配になる。目の下にクマも付いていて、やはり昨日の殺人事件のことで寝れなかったのだろうか。


「───ねぇ、二人共。仲がいいのは良いことだけど、あんまり騒ぎすぎないでね」


 ぬっと白い廊下の中で黒髪のポニーテールを揺らしながらレイジ立ちに話しかける声。その声は二人に注意をしながらスタスタと近づいてくる。


「エゼさん……」


「八時だから迎えに来たよー。今から任務に行ってもらうからね」


 少女はエゼだった。袖が余った白衣を身に纏い、高く括り付けられた黒髪のポニーテールは、彼女の明るい印象を更に加速させる。少女の姿だが、立ち位置としては一応はフーカより目上の人らしい。


「え、今八時なんですか」


「うん? 八時だよ。レンジくんの部屋の時計遅れてるって聞いてない?」


 なんてこった。聞いてない上に三十分も遅れていたなんて、そういうことは早く言って欲しいものだ。だが、だとするとフーカは三十分早まっていることになるが。


「フーカの時計も三十分早いのはいつからだ? もしかして昨日の」


「あーあー! 姐さん! 任務って何のことですか! 聞いてないんですけど、私」


 フーカの時計が早まってるなら仕事に支障が出る。それはいつからなのか分からないと、困ると思ったのだがフーカ自身の声で遮られた。


「うん。今からショッピングモールに行きます」


「しょ、ショッピングモール?」


 驚いて声が掠れてしまった。任務と言われたのでもっと凄惨な事件の場所に行くと思ったが、まさかそんな楽しげな所だとは。


「今日は祝日だから家族連れが多いの。そこを狙ってモールごと丸呑みされる可能性があるわ。要は、私達は警備係」


「一般人は輪死線に一度入ると出られないから、攻撃される前に芽は潰しておこう!」


 相手は夢魔ではなく夢魔に乗っ取られた人なのだから、少しぐらい躊躇いはあるのに。ベテランは格が違うのかそんな事は気にする様子はない。


 警備係でもショッピングモールに行ったことがないレイジは、どんなものかワクワクするのだ。昔から行きたいとは思っていたが仕事で入れるとは夢にも思わなかった。


「じゃ、玄関前に車出すからそれに乗ってねー」


 白い廊下を飛び出しいち早く玄関へ移動するエゼ。上司に置いていかれないように二人は玄関前へ急ぐ。


「───レイジ。姐さんには昨日のこと聞かれたら、黙って知らないって言って」


 小声でフーカが話しかける。彼女の鈴色の髪が揺れ、ほのかに石鹸の香りが鼻腔をくすぐった。


「昨日も思ったけど、なんでそんなにエゼさんの事になると念押しするんだ?」


 この質問は意地悪だ。こんなことはレイジにはおそらく関係の無い。それでも気にかけて聞いてしまうのは打算でも何でもなく、ただ彼女と話していたいから。


「……姐さんに心配かけたくないのよ」


 少しの間の後目を伏せながら、そう言った。心配を掛けたくないのなら仕方がない。フーカの言う通り合わせることにしよう。

 車に乗ってとは言ったが、黒く輝く細長い車をレイジは見たことがなかった。車内は赤く、カーテンまで金色が施されている。


「す、すげぇ。これ、いくらするんだ」


「お金の問題じゃないでしょ。姐さん、乗せていただきありがとうこざいます」


 どうやら見た感じフーカも初めて乗るみたいで緊張している。外車、というよりリムジンのようなとにかく高級そうな車なのだ。

 フーカの錫色の髪と赤い内装はよく合い、少し揺れる度に心と瞳が無意識に見てしまう。


「これ私の車じゃないよ、魔取の車。私が居る時はこれで送っていくからねー」


 魔取の車は高級車。魔取が以前、警察の次に偉い組織というのは聞いたが儲かるのか。

 横に長い車内で三人で座っているがフーカがドキマギしてあまり喋らないのは予想外だった。


「───昨日、大量無差別殺人が星屑祭に向かう道中で起きたらしいよ」


 ビクリ、身体は反応しないように意識していたが脳が驚いている。


「そこって昨日レンジ君たちと、事故現場見に行った場所と近いんだよね」


 鼓動は、どくどくと波打っている。脈が早くなり、瞬きは止まっていた。


「死者は約120人。隠蔽が得意な魔取(うち)だけど、流石にこの死者数は堪えるよ」


 極当たり前の事を彼女は言っているだけなのに、どうしてこうも身体は拒否反応を続けているのか。


「調査書だと無徒によるものだってー。無徒は死んでいて死体の腹を貫かれたことが主な死因。だけど、胸の焦げたような傷跡。これが致命傷なんだよ」


 見透かしたような目でこちらを見てくる。鋭い眼差しがレイジに刺さり、逸らすことも見つめることも出来なかった。ただ、硬直するだけ。


「ねぇ、レンジ君。昨日の夜のこと、何か知らない?」


 フーカから言われたのだ、知らない、黙っておけと。だが、車内で、密閉された空間で逃れることは出来ない。


 ───それに何故か、彼女をみていたら、ヴィネを少しだけ思い浮かべてしまった。

エゼの得意料理はトーストです! 綺麗な焼き目をつけることができるらしいです。


私、ツイッターアカウント作ろうか迷ってます。

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