呪力は加減が難しい3
「じゃあサラフさん、午後もお仕事頑張ってください」
「ああ」
あれから時々、仕事が少ない日にはサラフさんの手伝いをさせてもらえるようになった。といっても、会議みたいなときや来客のあるときは出入りできないし、私も毎日何かしらの仕事を任せてもらっているので、チャンスはなかなか来ない。
ちょっと残念だけど朝晩はだいたい一緒にごはんを食べられるし、今日はお昼も一緒に食べられたのでラッキーだ。
サラフさんは3階に着いたらちょっとこっちを振り返ってくれるのが優しいよね。
吹き抜けを見上げて手を振った私は、水場にピッチャーを取りに行くことにした。
今日の午後最初の仕事は、花瓶に水を注ぎ足す作業だ。花は昨日替えたばかりなので、飾ったまま水を足せばいいだけ。
ちょっとラクな作業に喜びつつ後ろを向いた途端、誰かにぶつかった。
「あ、すいませ……うわっ」
「何その反応〜傷付くんだけどォ〜?」
どう見ても傷付いてない顔でそう言ったのは、ロベルタさんだった。
赤い髪、赤い目でひょろっとした体に、ニヤニヤした笑み。前に見た時と少しも変わりがない。
「お、お久しぶりです……」
「や〜ユキちゃん死にかけって聞いたけどォ〜生きてんじゃん?」
「その情報は古いですね」
ロベルタさんと会ったのは、王城に行ったとき以来初めてだった。もう随分時間が経ったし、普通に回復している。
「ロベルタさんも元気そうでよかったです」
「あの後割と大変だったからなァ〜。誰かサンは俺置いて逃げるし〜?」
「えっ、す、すいません」
「まあ連れて行かれても困るからあれでよかったけどォ」
どっちやねん。一瞬罪悪感を感じてしまったじゃないか。
王城の屋根から城壁の外まで呪力で飛んだとき、ロベルタさんが地上にいるのが見えた。あのときはロベルタさんだし大丈夫だろうと思ったけど、私の味方っぽい発言をフード集団に聞かれていたので、脱出はそう簡単にできたわけではないのかもしれない。お屋敷に戻ってから全然姿を見ないので若干心配していたのだけれど、見たかぎり大きな怪我もないようだ。
「屋敷帰る間もなく警備行けって任されてさァ〜。片道3日の距離走らされたんだぜェ? ひどくねェ?」
「お疲れさまです」
「今心こもってなかっただろォ」
大変そうだけど、遠くに仕事に行っててよかったんじゃないかと思う。ロベルタさんは私を王城に連れていった張本人なので、ガヨさんなんかしばらく「会ったらぶちのめす」と2日に1回呟いていたくらいだし。サラフさんはオーラが燃え上がるのでロベルタさんのことをどう思ってたのかは聞けなかったし。私だって無事にここに立っていられるからあれだけど、もし死んでたらめちゃくちゃ祟ってただろうし。霊媒師が見た途端「除霊無理です」って断るくらいに祟るつもりだったし。
「まあ、えっと、お互い無事でよかったですね」
「だよなァ〜」
のんびり相槌を打ったロベルタさんは、おもむろに両手をこちらに伸ばし、私の頭をワシャワシャと触り始めた。
「ちょっと何するんですか!」
ガヨさんとおそろコーデの編み込みが! カイさんデザインのヘッドドレスが!
慌てて距離を取ると、ん? とロベルタさんが首を傾げる。
「なんかまァ、あの状況で生き延びたのはすげェなって」
「口で言ってください口で」
「何とか逃がすつもりではあったけど、自力で逃げた上にラフィツニフまで持ってっただろォ? あそこまでやるとはなァ」
そうでしょうそうでしょう。
私は大人しく賛辞を受け入れることにした。誰からであっても褒められたら嬉しい。
「おかげでゴタゴタに紛れて手がかりがちょっと見つかった」
「あ、なんかロベルタさんも探してるんでしたっけ、何か盗られたとかで」
「お? 聞きたい? 興味あるってェ?」
「いやいらないです聞かないです」
サラフさんがラフィツニフを追っていたように、ロベルタさんも誰かを探していた。二重スパイまでやっていたのだから、相当見つけたい相手なのだろう。なんかそういう事情を聞いてしまうと、うっかり同情したはずみで王城に連れていかれた恨みを忘れそうである。
私が断ると、ニヤニヤしながら首を竦める。そしてポケットから取り出したものを私にくれた。
握れる程度の石である。黒っぽい石の間に、なんか赤い石が見え隠れしていた。もしかしてこれって原石とかいうやつだろうか。
「まァ感謝してるッてこと。死なせかけてごめんねェ?」
お詫びの品に原石はちょっとよくわからないけれど、ロベルタさんなりに申し訳ない気持ちがあったのかもしれない。ロベルタさんはロベルタさんで色々考えてたんだろうし、あのときは私も自分が王城に行くのがいいと思った。
ゴツゴツした石をポケットにしまって、私はロベルタさんを見上げる。
「まあ、いいですよ。結果的にみんな無事だったし、気にしないことにします……明日から」
「明日ァ?」
首を傾げたロベルタさんから一歩後ろに離れて、そして私は腰を落として両手を構えた。
「そいっ!!」
「は?」
ロベルタさんのニヤニヤな表情が、焦ったものに変わる。
細長い体は、私の手の動きに合わせてじわじわと浮いた。どこかに掴まろうと手を伸ばしているので、ソイソイと気合を入れてその体をくるっと回す。
「ちょ、やめろって」
「今日は許すとは言ってませーん」
無事でよかったし、気にしないようにしようとは思うけれど、それはそれ。
なかなかヤバかったし、私が死にかけた責任の1割くらいはロベルタさんのせいな気がするし、ついでに日頃からいきなり脅かされたり追いかけられたりした恨みもあるので、ここで発散しておくことにした。
私の呪力でなす術もなく空中回転するロベルタさんを、下から囃し立てる。
「やーいやーいロベルタさんの風船ーシャボン玉ー」
「はァ〜? いい度胸してんじゃん〜?」
ゆっくり回っているロベルタさんが、一瞬だけガクッと下がる。そして私の両腕をガッと掴むものがあり、床の感覚が遠くなった。
「ギャー何するんですか離してください!」
「ウェーユキちゃんビビってるゥ〜」
「うわ怖っ!! おろしてくださいよ!」
「いや浮かしてんのユキちゃんだからね? こっちのセリフなんだけど?」
浮かびながら回転するロベルタさんに掴まれているので、必然的に私も回転するように高度が上がっている。
「ウギャー落ちる!」
「いやだからユキちゃんが下ろせばいいだけじゃねーの」
「この悪魔! 赤い風船!」
「聞けよー?」
最終的に、私たちは無事に床に着地することができた。
並んで座り込んだ私たちの前に仁王立ちしたのは、いつの間にか降りてきていたサラフさんである。
「てめえら……」
雷鳴かな? って思うくらい、サラフさんの声と機嫌は低かった。
説教ののちに私はそのまま3階に連れて行かれ、氷点下の部屋で強制お手伝いとなったのだった。
ちょっと死を身近に感じた。




