呪力は加減が難しい1
3階の廊下の手すりに両手を置いて、吹き抜けを見下ろす。頷きをもらってから、私は階段の前に立った。2歩下がって、助走をつけてジャンプする。
「……そいっ!」
ジャンプした瞬間に力を入れると、ばふ、と音がしてスカートが膨らんだ。足を折り畳んでぎゅっと力を入れれば、飛び上がった体はその場で浮く。
「よいしょっ」
バランスを崩さないようにしつつ、私は手を伸ばして手すりを握った。その手に力を込めて、空中をゆっくりと漕ぎ出す。階段と並行に下降し、壁に飾ってある絵画の横を押して方向転換し、さらに手すりの柱を持って回転すると1階が見えてきた。
あとちょっと。
そいそいと空中を漕ぎながら1階の絨毯の上まで辿り着く。ちょっと迷ったけれど、手で空気を持ち上げるように動かすと、私の体はゆっくりと下がった。絨毯に膝が付いて、膨らんでいたスカートがふんわりと重力に従う。
「……ど、どうですか」
私は座ったまま問いかけた。
「素晴らしい!!」
力強い賛辞とともに、大きな拍手をしてくれたのはカイさんだった。
白手袋をしているのに、パンパンと大きな拍手がお屋敷に響いている。カイさんは大きく頷きながらもう一度素晴らしいと言った。
なんだかめちゃくちゃ褒められた。嬉しい。
「完璧です!!」
「あ、ありがとうございま」
「その膨らみ!! 揺らぎ! 動いたときの影の色合い!! リボンがはためいているのもとても素晴らしい!! 完璧なシルエットでした!!」
「エッ」
「下から風を受けて膨らむ様子、最高ですね……長さや形で無限大の可能性があるでしょう。至急仕立てさせねばなりません」
「えぇ……」
私じゃなかった。
素晴らしいのは、スカートだった。
布の材質がどうの縫い方がどうのと趣味に没頭している、フリフリ大好きカイさんを戸惑いながら見上げていると、サラフさんが手を差し出してくれた。
「立てねえのか」
「あ、立てます」
大きい手に自分の手を重ねて、私はよっこいしょと立ち上がる。ブーツを履いたまま正座しているような状態だったのでちょっと手間取ったけれど、サラフさんががっしり引っ張ってくれたので無事に立てた。
「ありがとうございますサラフさん」
お礼を言っても、手は離れない。むしろ反対の手も出てきて、私の手は挟まれてしまった。そして私の空いている手の方を、ガヨさんの手が握る。
「あの、大丈夫ですよ。全然寒くないですし」
「寒くなってたら死にかけてるだろうが」
「えーと、い、息切れとかもしてないですし、疲れた感じも全然ないですし!」
呪力切れになるのではないかという疑いを両サイドからかけられていた。
右を見ても左を見ても、疑わしげな眉間のシワが見える。サラフさんとガヨさん、兄妹みたいだ。肌の色も目の色も髪の色も違うけど表情が激似。
この鉄壁の二人体制によって、私は怪我が治って体力が回復してもなかなか呪力を使う許可が降りなかった。どんなにお願いしても健康アピールしてもトイレのドア開閉以外の使用許可が降りず、あの日から1ヶ月半の今日ようやく私は呪力を使うことができたのだ。
よかった、ちゃんと飛べて。もう感覚とか忘れかけてた。
正直失敗して階段を転げ落ちるのではと心配になったけれど、私の体は浮き上がるスキルを習得してくれていたようだ。壁や手すりを使うというズルはしたけれど移動もできたし、3階から1階まで降りてこれたのだから立派なものだろう。
正直感覚はあんまり分かってないけれど、飛ぶことに対する抵抗感がなくなったのが勝因なようだ。自分の中の固定概念を崩せたようでちょっと嬉しい。
「本当に目眩も吐き気もないんだろうな」
「ないです。元気です」
「……手、ちょっと冷たい気がする」
「気のせいですガヨさん。ほら見て。呪力まだ大丈夫」
私は握られている手をパーにして、手のひらにある模様をアピールした。
そこにはガヨさんが分けてくれた呪力の黒い模様と、サラフさんの呪力の青っぽい唐草模様がきちんと残っている。しかもサラフさんの模様は手のひらいっぱいに広がっているのだ。口には出さないけれど、背中のあたりにも大きい唐草模様が浮き出ている。サラフさんの心遣いによって今の私は銭湯に入れない状態になっているのである。
模様が消えていないと言うことは、分けてもらった呪力がまだ残っているということだ。呪力切れになると私の体はもらった呪力まで自分のものに変換するので、今はまだまだ余裕があるとわかる。
サラフさんにも見えるように手のひらを振ると、渋々納得した感満載の溜息が返ってきた。
「この程度の時間なら飛べるようだな」
サラフさんも私のスキルを認めてくれたようだ。ということは、私がちゃんと回復したということもわかってくれたのだろう。ずっと心配されているのも心苦しかったので、これからはまた前みたいに普通に接してくれると思うと嬉しい。
喜びを噛み締めつつ頷いていると、鋭い視線が突き刺さる。
「だからって無駄に使うとどうなるかわかるな」
「使イマセン飛ビマセン」
勝手に飛んだら魂も飛ばされる気がした。
すっと視線を逸らすと、ガヨさんもじっと私を見ていた。こっちにも飛ばしそうな目が。
「ち、地に足付けて生活します。この後もちゃんと仕事します。座って」
「いや、今日は仕事はいい。来い」
サラフさんが私の手を握ったまま、降りてきたばかりの階段の方へと向かおうとする。ガヨさんはむぅと口を曲げていたけれど、黙って手を離してくれた。
「あの、でもカイさんに頼まれた仕事がまだ」
「今日は結構ですよ。私はこれから外出しなければならなくなりましたので。では夕食の席で」
あっさり許可が降りた。カイさんのあの顔、絶対服屋に行く気がする。
午後の予定は大きく変わってしまったようだ。私は気持ちを切り替えて、サラフさんに付いていくことにした。




