アメかムチか
呪力切れで倒れてからもう5日。
「薬も塗る」
「あ、大丈夫。自分でやれるように練習したので」
「……本当に?」
夕食を食べると、サラフさんとカイさんは再び仕事で部屋を出てしまうのがここ数日のルーティンになっていた。私はその間にお風呂に入って、ガヨさんは私が万が一お風呂で倒れたときのために部屋で待っていてくれる。
「ほんとに。ガヨさんも今日は忙しかったって聞いたから、ゆっくり休んでください」
じっと私を見上げていたガヨさんは、頷いて傷薬の入った缶を私の手に載せた。早く寝るよう私に言ってから、ガヨさんはドアから帰っていく。最近気付いたけど、窓から入ってきたときは窓から、ドアから入ってきたときはドアから戻ることが多いようだ。こだわりだろうか。
ドアが閉まるまで手を振って、それからひと口水を飲む。
「ふう」
フリル付きのスリッパで、部屋を往復してみる。
しっかり休んでいるからか、薬が良いのか、足のケガはほとんど治りかけている。切り傷擦り傷が細々とあった足の裏は、もうしっかり踏みしめてもちょっとしか痛くない。太ももの傷はまだ時間がかかりそうだけれど、熱を持った変な痛みはなくなった。
そして何より、おしりのアザはもう痛くない。鏡に映すとまだ色が変わっていて痛そうに見えるけれど、実際は全然痛くない。座り放題。
「フーンフフフフッフーンフッフッフーン」
ちょっと力を入れるだけでじわっと痛んでいたのに、もうこうして踊ってみても痛みがない。切り傷だって、もうしっかりカサブタになっているのだ。
もうこれは薬塗らなくていいんじゃないかな。めちゃくちゃしみるし。
呪力の方も、だいぶ回復してきたようだ。手足が寒いと感じることはほとんどないし、サラフさんに呪力を分けてもらう間隔もだんだん長くなっている。
そろそろ完全回復するのではないだろうか。
いっぱい休んだ分、またお仕事を頑張りたい。
今はシャワーのみだから、ゆっくり湯船にもつかりたいし。
サラフさんにもお世話になりっぱなしだから、何かできることがあったら手伝ったりしたい。
……ていうか。
歩き回れるようになったら、デートとかできたりして。
手とか繋いで散歩とかできたりして。
このお屋敷、庭が結構広いし、ガヨさんが森をちょっと行ったところに池もあるって言ってたし。なんか、なんかそういうデートとかできたりして。
いやでも、私が回復したら、サラフさんはそれこそ「先」に進もうとしてくるのでは。
どうしよう。いや別にサラフさんがイヤなわけじゃないけど、でもその、まだそういうのはちょっと急というか。考えてみたら好きって言ってもらってからまだ5日だし。今までも夜遅くまで起きてたらサラフさんがフェロモンを出すので無駄に早寝してるし。
早く元気になりたい。しかしまだ心の準備はできてない。
「……何してんだ」
「ヒャオッ?!」
慌てて振り向くと、腕を組んだサラフさんが開けた扉にもたれかかってこちらを見ていた。
めちゃくちゃ怪訝そうな目をしている。
「い……いつの間に……おかえりなさい」
「ンなとこで何してる」
「え……エート……お、踊り?」
痛みの引いてきた足を祝ってイェイイェイし、さらにまだ起きていないことで苦悩していました、とは言えなかった。
スッと気を付けの体勢に戻った私に、サラフさんが眉間に皺を寄せながら「随分変な動きの踊りだな」と言った。見られていたらしい。私の適当な動きを。もっと体育頑張っておくべきだった。
「まだ薬塗ってねえのか」
「イエあの……もう傷も塞がってきたし、大丈夫かな〜って」
サラフさんの目が鋭くなった。
わかる。こうなるとサラフさんは半分の確率で鬼総長モードになり、傷の手当てを全部やり終えるまで殺人ビームを照射し続けるようになるのだ。またはもう半分の確率でフェロモンモードになり、未知の領域に行くか傷の手当てをしてすぐ寝るかの2択を強いてくるかである。
今日はどっちだろう。
身構えていると、サラフさんは息を吐いてドアを閉めた。
「もう傷は塞がったのか」
「え、あ、ハイ、もう大体は大丈夫かなって」
「そうか」
サラフさんは静かにベッドに行くよう私に言う。
あれ。
なんかいつもと違うんですけど。
これは新しい展開。
反抗して鬼が目覚めても困るので、私は大人しくベッドによじ登る。サラフさんのベッドはちょっと高さがあるのだ。
たくさんの枕にもたれるように座ると、サラフさんもベッドに腰掛けた。私の隣にくるように、片足だけを載せている。
二枚重ねに減った掛け布団をひっぱって私に掛けてから、私の肩に腕を回してサラフさんも枕にもたれた。
こ、これは新たなるフェロモン展開……?
「おい、そんなに固まるんじゃねえよ」
「べべべつに固まってナイデス」
「嘘だろ」
嘘ですけども。
そんなに寛いだ様子で近くにいて、しかも私の髪に指を通しながら「固くなるな」って言われても。サラフさんお風呂入ってないのにいい匂いする。
手も優しいし、声も穏やかだ。少なくとも殺人ビームは出ないらしい。
ちょっとサラフさんの方にもたれてみると、サラフさんが私のこめかみに優しく口付けしてくれた。いつも怖い感じのサラフさんがこういう優しい仕草をすると、胸がぎゅーっとなるくらいときめいてしまう。
「昔話をしてやろうか」
「え? サラフさんの?」
「ああ、俺の国の話だ」
「聞きたいです!」
サラフさん、いつも全然そういう話しないからめちゃくちゃ興味ある。
私が意気込んで返事をすると、サラフさんは笑って「大人しくしてろ」と言う。私は頷いて体勢を戻し、大人しく話を待った。
「これは俺が生まれる15年ほど前の話らしいがな」
昔話にしては随分最近の話だ。
サラフさんは元王様なので、やっぱり王家とかになると身近にメルヘンなことが起こったりするのだろうか。王女様の誕生祝いに魔女とか来るのだろうか。
「城の裏に神聖な森があり、そこは森番が守ってた」
「へぇ」
「森番は代々そこに住んでるんだが、ある日森番の幼い次男がいつものように森を歩いてたそうだ」
序盤からワクワクする展開だ。由緒正しい森番の、次男がどんな出会いをするのだろう。
「途中木登りをして足を擦ったが、いつものことだとそのまま裸足で帰ってきたらしい」
「野生的ですね」
「すると夜中に鋭い痛みとともに高熱が襲ったそうだ」
「……ん?」
主人公が出会いの前に寝込んでしまった。
サラフさんは話を続ける。
「森番が見ると、その次男の足は倍ほどにも腫れ上がっていたらしい。薬草を塗っても激痛は治らず、途方に暮れたそうだ」
「え……あの……」
「王が医師に診させると、足の裏の小さな傷が」
「ちょっと待って!」
「医師がさらにそこをよく見てみると」
「わーダメー!! サラフさんちょっとダメなんかその話ダメな気がする!!」
サラフさんがなおも「結局その足は」とか続けようとするので、私は慌ててサラフさんの口を塞いだ。
青い目がじっと見てくる。
「……傷の手当て、ちゃんとやります……やりますから……!!」
「そうか」
その後、しばしばサラフさんによって語られる「不潔な兵士の話」「泥の中でうっかり転んだ下男の話」などによって、私は全ての傷が完全に塞がるまで自主的に絶対安静を保つことになったのだった。
昔話、怖い。




