一件落着の後もやっぱり日常は続いていく件2
サラフさんの呪力を分けてもらい、ガヨさんとサラフさんの仲をハラハラしながら見守るという任務を朝からこなしたせいか、カイさんが朝食を部屋まで持ってきてくれるという大サービスをしてくれた。
しかもテーブル付き。
「総長、さっさと片付けてください。ガヨ、机をもう少し寄せて……脚を引き摺らないように。ユキは邪魔ですから離れてなさい」
「ハイ」
テーブルの形からして、私の部屋にあるやつだと思う。サラフさんが使っているものを部屋の奥側に移動させて詰め込んだので、部屋のレイアウトがちょっと崩れてしまった。しかしサラフさんがすかさず敷いたクロスと小さい花瓶で優雅さがちょっとアップ。配膳された器で庶民感もアップ。
「ど、土鍋……?」
「冷めにくいですからね。パンも焼きたてですから沢山食べるように」
椅子の前にひとつずつ置かれたのは、木でできた鍋敷、そしてひとり用の土鍋だった。
どう見ても土鍋。フタの取っ手とか穴とかが絶妙に土鍋。しかし描かれている絵柄はなんだかロココ調。
異世界、土鍋あるのか。水炊きとか作れそう。おでんも食べたい。
わずかな違和感とこれからの食生活における希望を胸に抱き、私は朝食の席に着いた。
ちなみに中身はクリームシチューっぽいものだった。
「残留組については先程交代要員を出発させました。王城には特に変わりはないようです。こちらに派遣させる使者を選出しあぐねているようですね。城下もざわついてはいますが想定内です。去年の連携が生きているようで大きな混乱はありません」
テーブルを増やしたのは、カイさんやガヨさんも一緒に食べるからだった。
まだグツグツしているシチューを火傷しないように食べつつ、カイさんの話を黙って聞く。私にはよくわからない話も出てくるけれど、おおむね王城の件の後処理の話のようだ。
私はアツアツシチューに苦戦していて、サラフさんとガヨさんはいつも通り無口なのでカイさんだけが喋っているけれど、特に相槌を必要としていないようですらすらと報告をしていた。時折私にパンを切り分けるのも忘れない。
「……あの、カイさん」
「何です?」
「あのー、ラフィツニフはどうなったんですか? 捕まえたんですよね?」
「現時点ではどうにも。今もここの地下で捕縛していますよ」
「エッここで?」
地下、あったのか。
この国にも拘置所とか刑務所とかそういう場所はあるらしいけれど、いかんせんコネがありまくりなラフィツニフをそこに入れておけば脱獄服毒反撃と好き勝手にされる可能性がある。なのでサラフさんたちの組織が捕まえて監視しているのだそうだ。
地下といえば最初にこの世界に来た頃を思い出すけれど、この世界、地下牢があるのが一般的な建築様式とかじゃないよね。
「本来なら拷問なり極刑なり処したいところですが、それでまた文句を付けられても困る。公の場で裁くまでは一応丁寧に扱います。殺されそうになったユキからすれば不満かもしれませんが」
「いえ、私は全然」
お掃除水路付きの怪しい部屋とか手下と部屋に入れるとか石で殴打されかけたとか、思い返すと気持ちわるってなることはいっぱいあったけど、もう今は終わったことというか、そんなに怒りや恐怖でいっぱいというわけではなかった。
昨日、サラフさんにぎゅってしてもらったからかもしれない。隣に座るサラフさんをチラッと見ると、サラフさんは私の視線に気付いたあと、クイっと顎で土鍋を指した。はよ食べろとおっしゃっているようだ。小さいニンジンみたいなのを食べる。まだ熱かった。
「えーと、法律でしっかり裁いてちゃんと犯罪者だって認められた方がいいでしょうし、私個人としてはあのおっさんを持ち上げてポイッとできたので一応やり返した気持ちはあるので」
「ああ、あの体を持ち上げて城壁を越えさせたとか。かなり難しかったでしょう。よく土壇場でできましたね」
昨日は豊富な語彙力で私を説教責めにしたカイさんが、今なんか私を褒めている気がする。
「並の呪力では浮かせて終わりだったでしょう。練習が一向に実を結ばないあなたの呪力については未知数でしたが、総長に次ぐ多さであったのは幸運でしたね。危害を加えられたあなた本人が、ラフィツニフ捕縛の決定打になったのも良い展開でした」
「カイさん……」
「何より、我々の大きな目標のひとつが達成できた。窮地からあそこまでやり遂げたことは素直に称賛します」
カイさん……変なキノコでも食べたのでは……。
ちょっと疑ってしまったほど、昨日と態度が違う。戸惑うけれど、でも褒められるのはやっぱり嬉しい。ありがとうございますと笑うと、横から殺人ビームが飛んできた。
「おい、褒めんじゃねえ。こいつがまた無茶するだろうが」
「し、しないですよ流石に」
「どうだかな」
サラフさんの私に対する信頼の薄さ……。向かいに座っているガヨさんも私に手を伸ばして「しちゃダメ」と言ってくる。もうあんなことはしないとわかってもらうには、まだまだ時間が必要なようだ。
その辺は自業自得なので仕方ないのかもしれない。私は大人しくシチューを食べることにした。まずはしっかり回復して、心配ないということをアピールせねば。
「まあ、同じことをやろうとしたら私も吊るす準備はありますが」
「吊るす?!」
「特に心配する必要もないでしょう。総長、あなたがきちんと囲んでおくでしょうから」
「当然だろ」
鳥肉でむせた。
私が口を押さえつつ顔を上げると、カイさんが「お行儀が悪い」と眉を寄せる。
もしかしてカイさん、私たちの関係について見抜いているのでは。
サラフさんが言ったんだろうかと見上げると、サラフさんはハンカチをくれた。優しい。いやそうじゃなくて。
そういえば登場のタイミングからして、よく考えたらガヨさんだって察しているのでは。
昨日のあれこれも恥ずかしかったけれど、身近な人に言う前に知られてるのもなんか恥ずかしい。
私はしばらく、ハンカチで顔を隠しつつ冷静さを保とうと頑張ることになった。




