命短しって寿命的な意味じゃないことを祈る件33
四つん這いで腕を2人の間に伸ばす。
「ま、まーまーまー……あの、えーと、ホラ、痛くしたら可哀想ですし……えーとえーと、ガヨさんも、こんな風になって痛くなるならもう使ったらダメですよ」
私は右手を使ってサラフさんの手をガヨさんの腕からそっと剥がしつつ、黒くなってしまった手がいきなり落ちないように左手で受け止める。
「ダメじゃない。呪いは使うためにある。呪いをかけた人間も、使わせようとしてきた」
「そ、それはそうかもしれなくても……でもダメですよ」
「どうして?」
「ど、どうして……えーと、あの、ほら……か、悲しいので」
今この瞬間、悲しいのは私の頭の出来であることに間違いなかった。
なぜやったらダメなのか、私の頭ではうまく説明が思いつかない。そもそも呪いなんてダメだしそんな力使ったらもっとダメ、みたいな、理屈にすらなっていないことしか思い付かないのである。頑張って捻り出そうとした結果が「悲しい」って。何の説明にもなってないし。論理力ほしい。
「悲しい?」
「悲しい……です」
「じゃあやめる」
「エッ」
「やめる」
「やめてくれるんですか?」
ガヨさんがこくりと頷いた。
なんかやめてくれるらしい。私のお粗末な説得がお粗末すぎて同情してくれたのだろうか。何にしろやめてくれるならいいことだ。
へへへと笑うと、ガヨさんがまた頷いた。その黒髪の小さな頭を大きい手がガッと掴む。
「おいてめえ俺やカイが何度言っても無視した癖にこいつには頷くのか」
「…………」
「ま、まーまー落ち着いて! 落ち着いて落ち着きましょう!」
なんだろう。今の状況、屋根に登るレベルと同じくらいにスリリングなんですけど。
またもや私は渾身の仲裁に入った。
しばらくしてようやく空気が落ち着くと、ガヨさんは右手で私に服を差し出した。
「服」
「あ、ありがとうございます。着ますね」
ガヨさんが渡してくれたのは、寝巻きに使うようなゆったりしたワンピースと、その下に穿くカボチャドロワーズだ。私は早速ドロワーズを掛け布団の下に引っ張り込み、布団の中で穿く。よし、これでちょっとは防御力が上がったぞ。
この場でワンピースに着替えるのはさすがにどうかと思ったのでベッドから降りようとすると、大小の影に阻まれた。
「あ……あの……」
「不必要に歩こうとするんじゃねえ。足怪我してんの忘れたのか」
「いえ、着替えをしようと」
「ここ」
「いえいえここで着替えるのはちょっとどうかなって……」
ぬーんと醸し出されたオーラが、ふたりをぬりかべに見せている。片方だけでも無理なのに、並ばれたら越えることは不可能だ。
仕方ない。
私はこのまま着替える……ことは諦めて、シャツのままでいることにした。あとでトイレとか部屋帰るとかそういうときに着替えよう。
「ユキ、足痛い?」
「いえ平気…………ではないですけど、めちゃくちゃ痛いわけでもないですよ」
サラフさんの「嘘つくな」ビームを浴びたので、私は正直に答えた。ガヨさんはちょっと心配そうな目をしている。
さっきは私のせいじゃないと言っていたけれど、ガヨさんは多分、自分が激痛に苛まれることになっても私を助けようとしてくれたのだろう。そう思わせてしまったことが本当に申し訳ないし、同時に、そこまで思ってくれたことが少し嬉しい。ここに来てから色々なことを教えてくれたガヨさんに私は親しみを覚えていたけれど、ガヨさんもそう思ってくれていたのだと言っているようだった。もう呪いの力とかいうのは使わないでほしいけれど、ガヨさんの気持ちはちゃんと覚えておきたい。
「では膏薬を効果が強めのものに変えましょう。その方が治りが早いですから」
「エッ!」
バーンと開いたのはドア、そして勢いよく入ってきたのはカイさんである。
カートを押してずんずんと部屋を進んだカイさんが「おどきなさい」とガヨさんたちを横に移動させて近付いてきた。
「ほう、死の淵から少しは戻ってきたようですね。顔色もまだマシになりました。起きているなら何か口にしなさい。丸一日何も食べていないなら回復するものも回復しません」
「丸一日」
「全て食べたら痛み止めを差し上げましょう。ほら台を載せますから保温器を寄せておきなさい。スープは具を潰してありますから熱々のうちに食べるように」
「アツアツ」
テキパキと私の前に台が置かれ、そしてその上にスープ皿が載せられる。銀色のスプーンを私に持たせたカイさんは片眉をクイッと上げながら「早くお食べなさい」と急かしてきた。
スープはカボチャのような甘味のあるスープで美味しかった。火傷しそうなほど熱くなかったらもっと美味しかったと思う。
私が呪力切れのせいで体が冷えているから、温かいものを用意してくれていたのかもしれない。やさしい味のスープはなめらかで、食事をすっかり忘れていた胃袋にもやさしそうだ。
カイさんも、ガヨさんも、サラフさんも、私のことを心配してくれている。スープは、そんな3人の優しさを溶かしたように甘くて美味しかった。
「美味しいです……あの、ありがとうございます」
鼻をすすりながら私がそう言うと、笑みを浮かべたカイさんが首を振る。
「礼は必要ありませんよ。本来なら直立不動にさせるところですが、今回は座って食事をしながらでかまいません」
「え? 直立……えっ?」
「全て食べてからなら、後ろにもたれ掛かっても構いません。病人ですからね」
「え、なにが」
「しかし反省はしっかりするように」
「反省」
そうして私は、カイさんの優しさがてんこ盛りになりすぎて恐ろしいお説教を聞きながら食事をすることになったのだった。




