命短しって寿命的な意味じゃないことを祈る件32
ガタガタと窓が開いて、黒髪の頭が入ってきた。その黒髪にヘッドドレスが付いてなくて、そしてフリフリ衣装も着てなかったら軽いホラーかもしれない。
「何度言やわかんだてめえは。窓は出入りするもんじゃねえ」
「……」
「おいガヨ。返事しろ」
「……」
いつもの怖い声で言うサラフさんに、堂々とスルーするガヨさん。
普段ならヒヤヒヤして関係ない私がオロオロするところだけれど、今回ばかりはありがたいと思ってしまった。あのままサラフさんと向き合ってたら、私は早々に降参してたと思う。
サラフさんが体を起こしたので、私もその隙に頑張って起き上がった。そして掛け布団をそっと引っ張って太ももを隠した。あったか枕に保温されていた掛け布団、あったかい。
サラフさんの凍てつく視線も気にしないガヨさんが、部屋の絨毯に着地をしてベッドを回り込んで近付いてくる。サラフさんは溜息を吐いたけれど、全く気にしていなかった。その度胸ちょっと分けてほしい。ほんのちょっとでいいから。
「ユキ、もう平気?」
「あ、うん。ありがとうガヨさん」
黒い目が心配そうに私の方を向いている。
心配してくれていたみたいで、申し訳ない気持ちと嬉しい気持ちでいっぱいになった。いや嘘。後ろでガヨさんを睨むサラフさんが怖い気持ちも割とあった。
ガヨさんはいつもの黒いフリフリワンピースに、ピンク色の風呂敷のようなものを背負って斜めがけにしていた。ミスマッチなそれを見ると、視線に気付いたらしいガヨさんが結び目を片手で解く。
「着替え」
「あ、着替え持ってきてくれたんですね。ありがとうございます」
ガヨさんは背負っていたものを落とす。包んでいる布を開けている様子を見て、私はあることに気が付いた。
「ガヨさん、もしかして腕ケガしたんですか?」
ガヨさん、さっきから右腕しか使ってない。そういえば窓から入ってくるときも前より時間がかかっていた気がする。
もしかして、王城の人と戦ったときにできた傷なんじゃ。
心配して訊く私に、ガヨさんは無表情なままで首を横に振る。
「ケガじゃない」
「あ、よかった」
「呪いの力使っただけ」
「全然よくなかった。なんですか呪いの力って。呪力とは違うんですか」
ガヨさんは頷いた。
それだけで説明を完結させようとしないでほしい。どう違うんですか。使ったら何がどうなるんですか。
サラフさんを見上げる。総長さまは空気を読んでくれたようで代わりに説明してくれた。やさしい。
「簡単に説明すれば攻撃特化した呪力みたいなもんだ。使えば強力だが、代償に激しい痛みを伴う」
「エッ?! ガ、ガヨさん、大丈夫なんですか」
「平気」
「平気じゃねぇだろうが」
サラフさんが、だらりと下されていたガヨさんの左腕を掴んで持ち上げた。さらにその手に着けられていた白い手袋を外す。
「ガヨさん!! 手、手が真っ黒になってるじゃないですか!」
思わず身を乗り出そうとして、私はおしりやら足やらに痛みを感じた。
サラフさんが握っているガヨさんの左手は、白くて綺麗なはずの肌が黒く染まっていた。指先の方は真っ黒で、肘の方に向かうにつれて少しずつ黒に近い灰色のような色になっている。
「なんでこんな……もしかして、王城のとこで見た黒い球みたいなやつ、ガヨさんがやったんですか?」
ガヨさんが小さく頷いた。
私が空中を漕ぎながら頑張って城壁を越えようとしていたとき、何か黒いものを見た気がした。あれが呪いの力だったようだ。
あのあと呪力切れになったせいで黒い球体がどんな威力だったのかも知らないけれど、その代償にガヨさんの手がこんな風になったと思うと、とても恐ろしいものだと感じる。
「……私のせいですか?」
「違う、ユキのせいじゃない」
もし私があのまま屋根にいたら、ガヨさんはもっと無理をしたんじゃないだろうか。そう思うと胃が捩じ切れそうになる。
「呪いは使うためのもの。必要だから使っただけ」
「でも、そんなふうになるなんて」
「時間が経てば戻る。死なない限り何度でも使える。何も問題ない」
「嘘吐くんじゃねえよ。激痛が走るんだろうが。あぁ?」
サラフさんがそう言いながら、掴んだガヨさんの左腕をちょっと持ち上げた。するとガヨさんの眉間にシワが寄る。いつも表情の変わらないガヨさんが感情を表に出すだなんて、サラフさんの言う通りにかなり痛みがあるようだ。
「だから何度もやめろっつっただろ」
「……」
「そもそもわざわざこんなもん使う必要もなかったのに我忘れて使いやがって」
「……」
黒い目がじっとりとサラフさんを見つめる。
サラフさんはその視線に怯むこともなく怒っている。
小さくて可愛い編み上げブーツがガンとサラフさんを蹴り、青い目の猛獣が起動しかけたところで私はアワワワと2人の間に入った。
この2人、なんか似てるのになんでこうも反発するのだろうか。平和が欲しい。




