命短しって寿命的な意味じゃないことを祈る件20
「……や、やった、やった……!!」
興奮で息が上がりつつ、私はラフィツニフが消えていった方を眺めた。
私がやったんだ。持ち上げて、引っ張って、向こう側に持っていけた。
ここが高い塔のさらに屋根の上じゃなければ、盛大にガッツポーズをしながら小躍りしたいくらいに嬉しい。金属の棒が倒れたせいで屋根の一番高いところには穴が空いてるし、傾斜で転がって落ちても怖いので、私はそっと手をグーにするだけのソフトガッツポーズで喜びを噛み締めた。
背後でガシャ、と音がする。
「ウワッ!!」
振り向くと、一旦は退却したはずのヒゲ面ムキムキ男性が、上半身を屋根の上に乗せてこちらに這いあがろうとしていた。
ヤバい。捕られる。
「とにかく足でも腕でも掴んでこっちへ引っ張れ!! 触れたら名前で縛る!! いいな、触った瞬間に名前を呼べ! そいつの名前はニッポニアニッポン・ユキだ!!」
「ヒエェ」
力自慢の実働部隊なヒゲムキムキの腕がにじり寄り、下からは参謀部隊な呪力フード部隊の声が聞こえる。役割分担が上手にできているようだ。ていうかニッポニアニッポン、気が抜ける。
登ってくる男から離れるように、私は下がった。円錐形のこの屋根は、逃げ回れるほど広くはない。ムキムキが完全に登ってきたら、私は捕まってしまう。
後ろを振り返ると、眩しい朝日の間にこちらへ近付いてくる集団が見える。
米粒みたいなサイズだけど、サラフさんたちだ。絶対そう。なんか気迫を感じる、気がする。
「サラフさーん!!! ラフィツニフ、その辺にいるよー!!!」
なんかちょっと声が枯れてきた。風が冷たいし、喉が渇いてるせいもあるかもしれない。
でもラフィツニフを外に持っていけた今、私もここから脱出することができればサラフさんたちはここに入ってくる必要がない。だから待ち伏せしてる人たちに集中攻撃されることもなくなる。
「私が……逃げたら……」
屋根の端に立って下を見下ろし、ごくりと息を呑んだ。
わかってはいたけど、地面が遠い。そして石畳。ここから落ちたら骨折どころじゃ済まなさそうだ。もし奇跡的に無事だったとしても、下には悪い奴がうじゃうじゃいる。ラフィツニフの部下じゃなくても、きっと異世界人だからと狙ってくる人もいるだろう。
なんか動悸が激しくなってきた。
いやいや大丈夫、できる。ラフィツニフのおっさん体型よりも、私の方が体重は軽いはず。あれだけ離れてても持ち上げられたんだから、ゼロ距離の自分自身を持ち上げられないはずがない。大丈夫。できる。
「できるできるできる……」
「捕まえろ!!」
「ギャッ!」
自己暗示が完了する前に、ヒゲムキムキの男性が屋根の上に登ってきた。目が合う。大きい手が伸びてくるのを避けるように、私はぐっと膝を曲げ、そして踏み込んで空中に身を投げ出した。
「わー!!!」
誰か助けて。サラフさん、呪力さん、神様仏様、なんでもいいから落とさないでー!!
ニッポニアニッポン、力を貸してー!! 飛ぶコツ教えて!!!
冷たい風に前髪が持ち上がる。ジェットコースターが急降下するときのような、内臓がふわっと持ち上がるような感覚がして、私はとにかく目を瞑った。
お、落ちたら怨霊になって悪い奴らを四六時中睨んでやる……!!
万が一を考えつつ、落ちたら怖いので頭を抱えつつ、来るべきときを覚悟する。
「おい、飛んだぞ!!」
「とにかく捕まえろー!!」
「弓を持ってこい! 撃ち落とすんだ!!」
「ン…………??」
周りがワーワー騒がしい。
そして体が痛くない。内臓フワッと感も消えている。
しっかり瞑っていた目を、そっと開けてみた。
「……」
浮いてる。
私、浮いてるんですけど。




