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衣食住環境の落差がすごいことになってる件2

 黒目がちの大きな目がちょっと幼く、陶器みたいな肌がゴシック風ビスクドールみたいな雰囲気を醸し出している。フリフリのヘッドドレスとリボン、ゴスロリドレスに編み上げブーツもとても似合っているけれど、左手に握られた棍棒だけが違和感の塊だった。

 その棍棒、なんか、他の人より太くないですか。


「……あの……私はユキです……」


 じっと見られて気まずい中、とりあえず自己紹介をする。

 女の子は無表情のまま、というか微動だにしないままだったので居た堪れなかったけど、しばらくすると小さい口が開いた。


「ガヨ」

「あっガヨさん、ですね。よろしくお願いします」


 小さい声だけれど、マフィア総長のような迫力があるものではなく、なんだか可愛い響きの声だった。とりあえず名乗る気はあるようでホッとしながらもう一度頭を下げるけれど、それには無反応だった。

 気まず過ぎ!!!

 なんでなの。よろしくする気はねえよボケってことなのか。お前とよろしくするのはこの棍棒だとか言って急に始まる野球、私はボール役なのか。


 向き合った状態でしばらく固まっていると、ガヨさんがスッと腕を動かした。棍棒仲良しタイムが始まるのかとビクついてしまったけれど、小さい手が示したのはテーブルだった。

 あそこへ行けということだろうか。


 しばらくテーブルの方とガヨさんを見比べたけれど、指したまままたピクリともしなくなったので、とりあえずテーブルの方に移動することにした。ガヨさん、動かないから人形っぽさが強いんだな。

 テーブルは丸くて半径1メートルほど。レースのテーブルクロスが置いてあって、その角がちょうどテーブルの円周に接している。接点tだな……と思いつつ、背もたれが装飾的な木製の椅子を引いてからガヨさんがいるドアの方を見る。

 いない。


「あれ? ウワッ!!」


 いないと思ったら、私の背後、すぐ近くにいた。

 椅子を引くために一歩下がったせいか、もう少しで触れそうな至近距離にいる。無表情のゴシック人形が付いてきたみたいに見えて心臓が破裂しそうになり、びっくりしたせいで椅子に膝をぶつけてしまった。結構痛い。しばらく無言で痛みに耐えてから、姿勢を直して後ろを振り向く。ガヨさんは私の愚行を冷徹な眼差しで眺めていた。


「……あの……椅子、どうぞ」


 膝で押したせいで斜めになった椅子をちゃんと整えて引き、とりあえず勧めてみた。私をじっとみていたガヨさんが、椅子の方へ視線を移動させる。ガヨさんの身長は私よりちょっと低いので、視線を下げると長いまつ毛が目立った。

 椅子に意識が向いてくれているうちに距離を取ろうとこっそり下がろうとしたら、ガヨさんの視線がすかさず私の方へ戻った。めざとい。一歩後ろに踏み出した状態のまま止まっていると、ガヨさんがまたスッと腕を上げて指さす。

 今度はテーブルではなく、引いた椅子の向かいにある椅子を指している。視線は私に固定されているのに、その指先はピッタリ椅子の方に向いていた。


 向かいに座っていい……ということだろうか。

 恐る恐るテーブルに沿って歩き始めると、ガヨさんは視線でそれを追っていたけれど付いてはこなかった。向かい側に立って椅子を引くと、ガヨさんも先に引いておいた椅子の隣に移動した。ガヨさんが座るのを待つべきかと思ったけれど、それ以上動かない。1分くらい待ってから、恐る恐る椅子に座る。ちょっと大きめだけど、座面が緩やかに削られていて木製だけど座り心地は良かった。ちらっと向かいを見ると、ガヨさんも座っている。


 よし、ドア前で立って向かい合う状態から座って向かい合う状態まで進化したぞ。

 相変わらず沈黙しかないけど。


「……あの、ガヨさんはここで働いてるんですか」


 私が質問する。ガヨさんは動かない。

 なんだろう、しょうもない質問すんな、という意味なのか、答える気はねーよ、なのか、声小さいから聞き取りにくいんだよ、なのか、せめてヒントがほしい。

 無用なおしゃべりが嫌いな人なのかな、と思いつつ視線を泳がせていると、ガヨさんの頭が僅かに上下した、気がした。

 今頷いたよね。たぶん。気のせいかな。


「お、女の……女性も結構多い職場なんですか」


 女の子、と言おうとしたけれど、職業はどうであれ働いているわけだし、変に子供扱いと思われて棍棒タイムが始まったら怖いので、途中で訂正する。ガヨさんはまた頭を小さく上下させた。やっぱり頷いているということで間違いないようだ。


「えーっと……」


 質問が尽きてしまったけれど、沈黙に戻るのもなかなか勇気がいる。


「あ、あの、ここってカラフルな髪の人が多いですけど、地毛なんでしょうかね」


 しばらく静止してからガヨさんが頷いた。なんの間だろう。そろそろうるさいの意でないことを祈る。


「私のいたところだと、髪の毛の色って金髪とか茶色とか、あ、赤毛の人もいるらしいですけどあんまり見たことがなくて……普段は大体黒い髪の人しか見てなかったので、新鮮です」


 しまった。質問にならなかった。言ってから失敗に気付くけれど、ガヨさんは無表情で微動だにしない状態を続けているだけだった。


「目の色は赤とかなかったし……ガヨさんみたいに私と同じ黒髪黒目の人がいてちょっと安心しました」

「同じじゃない」

「エッ?!」


 ガヨさんが突然喋った。しかも否定だった。

 なぜ。テメエと一緒にすんじゃねえということだろうか。


「す、すみません……」

「ユキの目は濃い茶色。髪は光に当たると茶色。私とは違う。ここでは呪われている人間しか黒くない。私は呪われているから光に当たっても黒い」

「えぇ……のろ……?」


 呪いって何。呪いとかある世界なの。人攫いもいるし物騒すぎやしないか。

 淡々と喋ったガヨさんの言葉に動揺するけれど、無表情なガヨさんも、呪われていると言ったときにちょっと顔を伏せていた気がした。口を閉じた今はもうさっきと同じ表情と角度でこっちを見ているけど。


「あの、呪いとかわからないですけど、私も自分の髪は黒だと思って生きてきたので……えーっと、同じ色の人がいて嬉しかったです」


 ガヨさんに似合ってますよ、と言うのは、ガヨさんが「呪いのせい」と言っていることを考えると失礼かもしれないと思ってやめた。個人的にはゴシックな雰囲気でいいと思うけれど、ガヨさんは嫌な気持ちになるかもしれないし。そうなったら棍棒タイムかもしれないし。

 口に出した言葉も不快に思ってないかな……と思いながらガヨさんを見ていると、ガヨさんもじーっと私を見ていた。隙のない監視、お疲れ様です。

 日本人のサガとして愛想笑いを張り付け、視線に耐えていると、コンコンとドアがノックされた。返事をする前に開いて、丁寧な人が入ってくる。向かい合っている私たちを見て、丁寧な人は片眉を上げて頷いた。


「打ち解けたようで結構」


 どこが?!

 思わずツッコミそうになった。渾身のボケだろうか。


「ガヨ、相手は薄汚れているのですから、風呂を勧めるとか足を洗わせるとかあるでしょう」


 丁寧な人が話しかけると、ガヨさんが無表情のまま小さく頷いた。お仲間の人に対しても省エネ対応なようだ。そして薄汚れているとか言われたけれど、それについてはあまり反論できない。

 今の私の格好はワンピース一丁。私の前にも着ていた人がいるであろう年季もので、さらに洗い替えをもらえなかったので洗濯はほぼできていない。数日おきに提供された体を洗う用の桶の水を再利用して、部分的に汚れを落としたりしたくらいである。体を洗う用のタオルというかボロ布は用意されていたけれど、石鹸などはもちろんなかった。

 よく考えたら、マフィアの総長は売買の商品とはいえ、こういう状態の人間と同じ馬車に乗ってよく平気だったな。慣れているからなのか、寛容なのか。


「着替えを持って来ました。他は追々準備しましょう」

「アッありがとうございます」


 丁寧な人は持っていたものを私に見せるように話した。その着替えは四角く畳まれているけれど、今着ているものとは質も布の量も段違いな、本来の白さを保っているのがわかる。

 お風呂も勧めてくれているようだし、丁寧な人は親切な人だった。

 喜びをこらえつつ手を伸ばすと、スッと着替えを遠ざけられた。


「汚れますから、先に風呂に入りなさい。髪もきちんと洗うように」

「スイマセン」


 丁寧かつ親切かつ容赦ない人は、手渡しではなくテーブルの上に着替えを置いて去っていった。






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