命短しって寿命的な意味じゃないことを祈る件18
私ひとりが体重をかけたからといって、屋根の上についた棒が曲がるなんて、欠陥住宅じゃあなかろうか。王城なのに安普請はどうかと思う。絶対マージン取って安いとこに頼んだんだ。そうに違いない。
「……!!!」
ギギギ、と曲がる金属にしがみつくように、私はてっぺんに座り込んだ。
あっぶない…………靴下ボールの点火がもうちょっと遅かったら、私、曲がった金属棒ごと屋根から落っこちてたのでは。
焦りから急に出てきた手汗をスカートで拭き取る。なぜ人体は危険な状況でこそ手汗をかくのか。こういう状況で滑る要素を増やさないでほしい。
「おい、早く登れ! 我々が呪力で押し上げてやる!」
「何でもいいからさっさと連れおろせ!!」
「ぎゃっ」
私のピンチは金属棒だけじゃなかった。
すぐ下がにわかに騒がしくなり、誰かがここへ登ってこようとしているのがわかる。ヤバい。捕まる。
曲がってちょっとグラグラする金属棒に掴まりつつ、私は再び立った。朝日が昇りかけている方角を見る。逆光のせいで近付いてくる明かりがどこにあるのかわからなかった。
「サ、サラフさーん!!! 助けてー!!!」
叫んでからハッと思い直す。
「や、やっぱり来ちゃダメー!!! サラフさーん!! 来ちゃダメー!!!」
片手で曲がった棒を持ち、もう片手は口に当てて、私は大声で朝日に向かって叫んだ。
「めちゃくちゃ待ち伏せしてるから来ちゃダメー!! でも助けてー!! 変な人たちが私の命を狙ってくるー!!」
ついでに向きを変えて、大きな建物の方にも向かって叫ぶ。
「誰か助けてくださいー!! ラフィ……ラフィツニ……フ? のおっさんから命を狙われていますー!! 法の番人が異世界人を捕まえていやらしいことを強要した上に命を狙っていますー!! そういうのどうかと思うー!!」
もうヤケクソだ。
私はサラフさんたちに待ち伏せがいることを叫びつつ、合間合間に異世界人の人権尊重しろだとか、おっさんがヤバい部屋を地下に作っていることだとかを叫びまくる。
最初は鳥の鳴き声と下で騒ぐ声くらいしか聞こえなかったけれど、やがてちらほらと窓を開ける人が出てきた。制服っぽい姿の男性が多いのは、警備員的なアレだろうか。
そのうちボヤも発見されると、さらに騒がしくなった。
「皆さん見てー!! あそこにサラフさんを襲撃しようとしている人たちが待機してますー!! 戦争始める気ですよあの人たちー!! 異世界人を敵に回したら、また内乱が起こって大変なことになりますよー!!」
「おい、いたぞ!!」
「うわっ!!」
気が付くと屋根の端からヒゲ面の男の人がこっちを見ていた。こちらに伸ばすように載せられた手は、なんかムキムキしている。
「こここ来ないでー!!! くださいー!!!」
握りしめていた金属の棒を、ぐっとそちら側に押す。
最初に曲がっていたのが功を奏したのか、しばらくするとまた金属の棒はギギギと音を立て、そしてゆっくりと傾き始めた。メキメキと屋根の頂点が割れ始め、私は慌てて一歩下がる。
傾いてくる棒を見たヒゲの人が慌てた顔で下に怒鳴った。
「おい、攻撃してくるぞ! 戻せ!」
ムキムキの腕が慌てて引っ込んだところに、派手な音を立てて棒が倒れる。
棒が当たって凹んだ屋根の下の方から、悪態のような声が聞こえていた。倒れた棒を見つめていた私は、その先端の延長線上に動く光を見つける。
照らされたのは一瞬だったけれど、その目は間違いなくこちらを見上げていた。それにあの体型。
「ラフィツニフ!!」
身を翻したその姿は、ランプを消してどこかへ向かおうとする。それを見た瞬間、お腹の底の方がヒヤッと冷えた感覚がした。息を吸うと、思っていたよりも勢いよく、たくさんの冷えた空気が肺に入る。それで勢い付いて、私はその空気を全て使って叫んだ。
「逃ーげーるなーぁっ!!!」
サラフさんに酷いことしたくせに、これからもっと酷いことしようとしたくせに。私にも酷いことしようとしたくせに。きっと、たくさんの異世界人に酷いことしたくせに。
あのおっさん、絶対絶対捕まえてやる。
ぶわっと鳥肌が立った感覚がして、その瞬間、こちらに背を向けていた体がおもむろにフワッと浮き上がった。




