命短しって寿命的な意味じゃないことを祈る件17
王城で呪力を使える人たちが、やってくるサラフさんを集中攻撃する気だ。
あちこちで光っていたランプの灯りが、門の手前に集まるにつれて消える。暗闇で隠れて待機して、隙を突く作戦なのだろう。サラフさんたちが門を壊して勢いよく入ってきたとしたら、両脇で待ち構えている人たちに攻撃されてしまう。
「なんとかしなきゃ……」
まだ薄暗い中で周囲を見渡す。使えるものがないか服を探る。大きな建物を見上げる。
カイさんは、王城の中にもまともな人はいると言っていた。
もしまともな人がこの攻撃する準備を見たら、止めてくれるんじゃないだろうか? そういうまともな人がどれくらいいるのか、夜明け前のこの時間にお城にいるのかはわからないけれど、とにかくやってみるしかない。
いやどうやって。
大きな建物までの距離は遠い。夜風が冷たいので、開けている窓はないようだ。窓から灯りは見えるけれど、もちろん外を見ている人もいない。
王城っていうくらいだから、たぶん、見張り番をしている人とかもいるんじゃないだろうか。そういう人の中にも真面目な人もいると仮定して、そういう人に知らせたいけれど、どうすればいいんだろう。ここから叫んだら聞こえるかもしれないけれど、ラフィおっさん側にも聞こえる。そしてここまでやってくるのはフードを被った集団の方が早そう。
何か注目を集められるもの。
そう考えて思いついた。
さっき果汁を飲んだ果物の、硬めの殻。それに脱いだ靴下を巻きつける。ちょっとしたボールが出来上がった。
これ、燃やして投げつけたら、誰かが気付いてくれないだろうか。
「カイさんめっちゃ怒りそう……」
これは失敗できない。
プレッシャーが大きいからか、それとも私の倫理観が仕事したのか、やっぱり火は点いてくれなかった。
うん、あの、あれだよね。これはきっと、来るべきときにこう、攻撃とかできるようになんかこう、体が本能的に呪力をセーブしてるとかだよね。きっとそう。だからしかたない。いざというときにいっぱい使えるはずだから。呪力使うのがヘタクソになったとかそういうのじゃないし。きっと。
自分を慰めつつ、私は靴下ボールを眺めた。
……絹って燃えるんだっけ? なんか子供の頃におばあちゃんが「ショーケン着てたから火事でも助かったの」とか言ってたような。あれ? ショーケンって絹のことだったっけ?
「……なんか色々……」
空回りしてる気がする。
自分自身の頼りなさっぷりに、なんかちょっと情けなくなってしまった。屋根の斜面にしゃがんで膝を抱える。
私がここに来て、何か意味があったんだろうか。ラフィおっさんはサラフさんに対する攻撃を止める気はないみたいだったし、私は秘密を打ち明けてしまったし、ロベルタさんは味方かわからないし、ローブ集団は待ち伏せしてるし。
これでサラフさんやお屋敷の人たちに何かあったら、私のせいなんじゃ。
そう思うと、背後から不安と恐怖が具現化して襲ってきそうな気がした。それにせきたてられるように再び立ち上がって、冷たい屋根を踏みしめた。
めちゃくちゃ怖い。
何かしてないと余計に怖い。ダメだこんなとこでジッとしてたら。寒いし。
コワイコワイと頭に響く声を振り払うようにして、私は手を動かした。ヘッドドレスを外して眺める。白い布と、それからリボンだ。
サラフさんが「武器になりそう」的なことを言ってて無理でしょと思ったけど、これ、今使えるのでは?
「伝令まだか!」
「戻ってきません!」
「あの女はどうした! 必ず捕まえろ!!」
殺伐とした声が聞こえてくる中で、私はヒラヒラの布部分とリボンを分けた。靴下を巻いている果物の殻にリボンの端を通して、抜けないようにヘアピンで留める。ついでにひらひらの布部分を靴下の上から巻いて、燃えやすさをアップしてみた。
リボンの端を持つと、靴下ボールがぶら下がって揺れた。
すぐ下にある明かりは、まだ消されてない。そこまで垂らして火を移せたら、そのままどこか下に投げてボヤ騒ぎを誘発できるはず。
「く……」
落ちないように金属の棒を握ったままだと、屋根の端まで届かない。今度はエプロンというか前掛けを外すことにした。ヒモ部分の片側を棒に回してから結び、結び目を握って持つ。引っ張ってもちぎれないことを確認しながら、私は少しずつ屋根の端まで移動した。即席命綱を持ってても、傾斜がついている屋根の端にいくのは結構怖い。
ジワジワと移動して、ジワジワとしゃがむ。ガニ股で座るみっともない状況になりながらも靴下ボールを垂らしつつ下を覗く。
どうやら、この窓の近くに人はいないようだ。さらに下を見ると血の気が引いたけれど、さっきよりも空が明るくなったおかげで石畳の上に木で作られた小屋みたいなものがあるのに気が付いた。小さいので、物置か何かだろう。人が住んでそうな感じはしない。たぶん。
あそこに落とせば、火が移って煙が出るはず。建物は石が並んでて延焼しにくそうだし、周りはお堀だし、派手に燃えても大丈夫なはずだ。てんやわんやになったらきっと、いい人サイドの人も騒ぎに気付くだろうし、ラフィおっさんも身動きしにくくなるだろうし、待ち伏せも中止される。はず。
そろそろとしゃがみ、垂らした靴下ボールを揺らす。時々持ち上げて燃えたか確かめながら、ゆらゆらと揺らしてランプを探した。軽くぶつかる感覚があって、それから熱が手元に立ちのぼってきた。
火が点いた!
「ん? 何だあれは?!」
そして勘付かれた!
「おい、上にいるぞ!!」
さらにバレた!!
燃え始めた靴下ボールを、慌てて下に投げる。そこそこ火が大きくなったボールは小屋の屋根にバウンドして、そこから火が燃え移ったように見える。しっかり確認できなかったのは、身を乗り出してこちらを見上げる気配を感じたからだ。
「異世界人か?!」
「こんなところに……捕まえろ! おい、登れ!」
ぎゃー!
屋根の天辺部分へ戻ろうとエプロン命綱を引っ張って踏ん張る。
2歩登ったところで、ギギギ、と音がした。私は違和感を覚えて前を見上げる。
なんか、棒が、曲がってる、気がする。
なんでだー!!!




