命短しって寿命的な意味じゃないことを祈る件14
ガチャガチャと回されたドアノブと、ドンドンと叩く音、そして声が聞こえてくる。
それに追い立てられるように、私は思い切って窓枠を蹴った。
右手の指を窓枠の上の方に掛け、左手で金属の突起を握って引き寄せるように体を引き上げる。何も履いていない左足で石の壁の突起をどうにか捉えて、右手を思いっきり上に伸ばした。
指の第一関節が、屋根の下に張り出している木材に引っかかる。右足をカエルみたいに動かして窓枠の上側に掛け、金属の突起を掴んでいた左手も上に伸ばして、どうにか半頭身分上に登った。
それからは、もう無我夢中だった。
わーわー落ちる落ちるヤバイヤバイと思いながら、とにかく上に登ろうと手足を動かしまくった、んだと思う。頭が真っ白すぎて覚えてない。
ようやく自我が再起動したのは、屋根の上にへばり付いた状態でしばらく息切れしてからのことだった。
マジでか。登れたんですけど。
自分から行動したとはいえ、落下して昇天する確率の方が高いと思っていた。いや、それは嫌だったからもうがむしゃらにやったけれど、それでも本当に登れるとは。
半ば呆然としながら頭を上げ、ズリズリと屋根の中心、一番高いところを目指す。
円錐形をした屋根は、中心の一番高いところに一本の棒が刺さったような形になっている。その棒は、掴んで並ぶとちょうど私の身長と同じくらいの長さだった。私の顔に当たる位置に、菱形のマークが付いている。
ゼーゼーと息切れしながらその棒に掴まって立ち、周囲を見渡してからすぐしゃがんだ。
夜の高いとこ、怖すぎ。
転げ落ちたらイヤなので、棒に腕を引っ掛けるようにしつつ、屋根におしりを付いて座る。膝を抱えると、すねのあたりが痛かった。よじ登ったときにぶつけたようだ。裸足だったので足の裏もジンジンしていたけれど、それも無理なクライミングのせいなのか、それとも陶器のような素材の屋根に触れて冷えているせいなのかよくわからない。
「……登れた」
口に出してみると、なんかすごいことを成し遂げたような気になって変に力が抜けた。
なんだろう。もしかして私、登る才能があったのだろうか。ボルダリングとかしてたらいい線いってたのかもしれない。スポーツ選手として輝かしい未来を築いていく選択肢があったかと思うと、日本でもうちょっと色んなことに挑戦しとけばよかったな、と思った。
ふー、と大きく息を吐いて心を落ち着けていると、下からドン、と大きな音が聞こえて私は棒にしがみついた。今私が頼れるのは棒しかいない。
ドアを破壊しようとしているようだ。そういえばこの世界では呪力を使えるんだから、ドアを壊して出てくる可能性があったんだった。
何かが燃えているような匂いもしたけれど、大きく燃え広がっている様子はない。もしかしたら、火事も呪力を使うことで抑え込めるのだろうか。そうだったら便利だしすごいけど、私の計画が穴だらけだったと気付いてヒヤヒヤした。無事に逃げられたからいいものの、あっという間に引き戻されていた可能性だってあったのだ。
いや、と思い直す。
冷静に考えたら私、そもそも逃げられてない。
屋根に登っただけで、部屋から出られただけで、逃げられてはいないんだそういえば。
GPSで位置情報拾ったら移動してないも同じだ。
あのまま部屋にいて気持ち悪いことになる結末を避けられたのはすごくいいことだけど、暗いのでここにいてもローブ集団にバレなさそうなのもいいけれど、でも、ここから身動きが取れそうもない。
暗いのでよくわからないけれど、下から見上げた時に同じようなエンピツっぽい形の塔はいくつかあった。しかしここから飛び移れそうなほどの距離にはないようだ。そりゃそうだよね。窓の様子とか見れたら悪事バレちゃうもんな。
座り込んでいる私の右手後ろのほうに、どうやら大きな建物がある。灯りも多いので、ここが本丸というか本館というか、お城のメインの建物なのだろう。その明かりの高さからしてこの塔より高いようで、この屋根の高さにも窓があるけれど、それでも距離は10メートル以上はありそうだ。
「うーん……無理」
私にジャンプの才能があったとしてあっちに移動できたとしても、ここは王城。サラフさんやカイさんいわく、異世界人を売り捌いてカネにしたい魑魅魍魎がウヨウヨしている。助けを求める相手を間違った時点で「ふりだしにもどる」である。
この状況、何か打開する手立てってあるんだろうか。
何か使える道具はないかとポケットを探ったら、夕食の残りの果物が出てきた。ガヨさんのお気持ちと甘い果汁が詰まった果物である。
とりあえず皮を剥いて飲んでみると、美味しかった。




