命短しって寿命的な意味じゃないことを祈る件12
「靴を脱げ」
「…………理由をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「逃げようと思われても困る」
えー、そういう理由で靴脱がされることってあるのかなー。
欧米風の暮らしだから、靴履かないのはなんか恥ずかしいみたいな価値観がこの世界にもあるのかなー。やっぱ外が森に近いから、裸足で逃げるとスピード遅くなるのかな〜。
靴があろうがなかろうが逃げるときは逃げるし、ムリなときはムリってなりますよたぶん。
と言い返せるほどの肝っ玉ではなかったので、私はテーブルに近付き、ローブの人から遠い方の椅子を引いて座ってブーツを脱いだ。編み上げなので地味に手間がかかる。日本で履いてたブーツ、チャックがちょっと不恰好だよねーとか思ってたけど、チャックないとブーツの着脱はほんとに不便だとこの世界に来て気付いた。あの頃の私に説教したい。チャックを舐めちゃいけない。ブーツを履くときにはチャックさんありがとうって3回くらい念じないといけない。
「早くしろ」
「あ、ハイ」
頑張って引っ張りながら脱ぐと、フードの人が手を出してきた。ブーツを渡すと、そのままスタスタと歩いて窓を開け、そこから放り投げてしまう。
「!!!」
私のブーツ!!!
ていうか正確にはカイさんが選んだのでカイさんのブーツ!!!
私の心の中のカイさんが、凍てついた目で私を見つめてくる。やめてください睨むならあの人にしてください。あの人が捨てたんです私が捨てたわけじゃないです。足首に金糸の小さい刺繍が付いてるブーツ、私もお気に入りだったんです許してください。
「何をしている。服も脱げ」
「はっ?!」
なんでこの人、当たり前みたいな顔して全然当たり前じゃないことを言ってるのか。怖いんですけど。
「…………あのー、流石に服まで捨てないでいただきたいんですけど。靴捨てられただけでもう逃げようとか思ってないので」
本当は逃げる気しかないけれど、下手に出てみた。しかしフードの人はフンと不快そうに鼻を鳴らしただけだった。
「流石に私も着衣の女を組み敷く趣味はない」
「……は?」
いや、ほんとに、は? だった。
「わからないのか? ラフィツニフ様は異世界人を増やそうとしておられる。お前は選ばれたのだ」
「え……ふ、増やすって、」
「私は異世界人ではないが呪力が強い。本意ではないがこれも仕事だ」
つまり増やすってそういう……
「時間が惜しい。さっさと脱いで仰向けになれ」
「……きっ」
きもちわるい——————!!!!
気持ち悪すぎるんですけど——————!!!!!
身体中に鳥肌が立ったのがわかった。青虫より気持ち悪い。
ギエエエエと心の中の悲鳴が止まらない。最悪だ。もう何もかも最悪だ。
「抵抗する気なら……」
「待ってください! もしかしてあなた、その状態のままそういうことをする気なのでは?」
「どういう意味だ」
私はバッと立ち上がってフードの人から距離を取る。
身体の中を血流がぐわんぐわん流れていて、意思とは全く別の回路になったみたいに勝手に口が動く。
「私の世界ではその、女性に触れる男性はまず念入りに体を清めるというのが当たり前でして。それすらできない男はゴミというかクズというかありえないんです。吐くのも当然なくらいの不潔な行為です」
「お前にどう思われても知らん」
「もう常識外れすぎて気持ち悪いというか、そんな不潔な人に触られると思うだけでも吐き気が……オエッ」
気持ち悪すぎて、吐きそうな演技に拍車がかかったせいか、こちらに近寄ろうとしていたローブの男性が足を止めた。
「あなたがそうしたいなら私には抵抗はできませんが、吐くのも止められませんよ。ベッドが大変なことになっても気にしないならどうぞ……うっ気持ち悪い」
「……いいか、下手なことは考えるな。部屋を出たところにも見張りがいるからな」
「もちろん、お風呂に入ってくれるならおとなしくします。ただし念入りに!! 本当に念入りに洗ってください!! 手足とか!! 耳の裏とか!! おへそまで!!」
「うるさい女だな。下手に抵抗すればお前の名を使って縛るぞ。こちらは全て把握しているのだからな」
「うっ吐きそう」
ローブの人が不満そうな顔をしながらも、しまっているドアを開けて洗面所の方へと移動した。バタンとドアが閉まったのと同時に力が抜けて、ガクッと床に膝を突く。
しかし2秒後には立ち上がり、私は壁際にあった棚に両手を掛けた。
「……!!」
両足で踏ん張り、絹の靴下が滑るので一旦手を離して靴下を脱ぎポケットに入れて、それからまた踏ん張る。
どこかで使われて古くなったものなのか、棚は簡素だけど厚みがあって重さもあった。
棚の上の方を持って強く引っ張り、傾いてきたそれを支えるようにしながら徐々に後ろに下がり、大きな音を立てないように倒す。体を起こしながら後ろにあった机に飛び付いて持ち上げ、ゆっくりと移動して倒した棚の背面に載せた。うまく載ったら、今度は椅子を持ってきて逆さまにし、机に掛けるように載せる。
一連の動きを終えて、ようやく私は息切れを感じた。
手がブルブルしているけれど、痺れたように重みも疲れも感じなかった。
部屋がさほど広くないせいで、倒れた棚が洗面所へ向かうドアをちょうど塞いでいる。そこへさらに天板の厚いテーブルとしっかりした作りの椅子が加われば、ドアを開くのは難しいはずだ。
息を整えながら、頭の中をぐるぐる回る声を聞く。
もうムリ絶対ムリマジでムリ。
逃げるしかない。逃げられなかったら死んだ方がマシ。
その声に従って、私は窓を開けた。
ヒュオオ、と風が下から吹き上げる。
下が見えないほどに高い窓に、掴まるところのない壁。
「………………」
とりあえず窓を閉めた。
ぐるぐる回る声に私は反論した。
死んだ方がマシっていったって、いくらなんでもほんとに死ぬのはイヤなんですけど!!!




