命短しって寿命的な意味じゃないことを祈る件10
「ほう? 報告では薄汚くみすぼらしいと聞いていたが、そうでもないな」
恰幅のいい人が喋ったので、視線がそっちに向いた。全体的にふくよかだけれど、そこそこ背が高いので丸々とはしていない。色が白く鷲鼻なのが見えた。中年くらいだろうか。
「そりゃ汚ェまんまでは置いとかないでしょ普通〜」
「髪まで整えているし、服も新しい。このまま売れば呪力がなくても値段がつきそうだ」
なんか気持ち悪いニュアンスを感じて、思わず顔を顰めてしまった。思わず後退りそうになるのを、腕を掴んだロベルタさんが阻止する。
そうだった。割と逃げ目がないんだった。私はガクガクな膝に力を入れて、息を吸った。
「あ、あの、あなたがラ、ラフィ……なんとかさんですか」
「ほう? 異世界人ごときに名前を知られているとは」
馬鹿にしたように顔を上げたので、フードの奥の目がチラッと見えた。くすんだ青色だ。同じ青色でもサラフさんとは全然違う。
「まあいい、早く処理しろ」
「ままま待っっってください!」
素早く指示に従おうとするフードの数人が水路を渡ろうとしたので、私は慌てて声を上げた。
「わ、私を! ここで! こ、こ、殺すと! とても後悔します!」
「とてもそうとは思えないが、まさか犬どもが襲ってくるから後悔するとでも言いたいのか?」
「ちちちが、わ、わた」
じわっと涙目になってしまい、私は空いている方の手で、私の腕を掴んでいるロベルタさんの手をぎゅっと掴んだ。筋張って大きい手だけれど、薄い。サラフさんの手のほうがもっとあったかいし、サラフさんの手の方がもっとがっしりしている。
サラフさんの手を握りたい。だから、頑張らないと。
「わ、私の体質はすごくて! 私の呪力を他の人も使えるので!! ほ、他の人の呪力との抵抗も少ないし! そ、その、呪力を持ち歩けるようなもので!」
だから生かしておいたほうが便利ですから!!
声は裏返っているしヘロヘロだったけれど、今の私の精一杯の声量でそう告げた。
「……ロベルタ、それは本当かね?」
「さー? 俺は今まで知らなかったっすけどォ〜」
「ろ、ロベルタさんには! 教えてないです! 意地悪なので!」
「えェ〜ひでェ〜」
疑わしい視線を受けてロベルタさんが首を傾げたので、私は慌てて補足した。私が唯一見出せる活路なので、嘘だと思われて即商品化はとても困る。
他人の呪力に対する抵抗が少ないのはカイさんたちも知っているけれど、私が呪力の外付けバッテリー体質であることは、サラフさんと私しか知らない。サラフさんも「絶対に誰にも言うな」と言っていた。言えばますます狙われるのがわかりきっているからだ。
でもそれはつまり、異世界人を利用したい人たちが、私を生かしたまま使おうとするということでもある。
パーツごとにバラ売りされてしまうよりかは、生きたまま酷使される方がいい。今ここに迫る死よりも、めちゃくちゃ辛くてもいつか助かるかもしれない方がいい。だってその方がサラフさんが助けてくれる可能性があるから。
「や、やってみたらわかります。私の手を掴んで、私越しに呪力を使ったら、自分の呪力を消費せずにできます。ほほほらロベルタさんやってみて」
「待て。ロベルタは手を離せ。こちらの者にやらせる」
ラフィなんとかさんの声が、疑わしげなものからちょっと信じてそうな感じに変わった。無言の指示を受けて、向こう側にいたフードかぶり部隊のひとりが細い水路を飛び越えてこちら側に来た。
ロベルタさんに手を離すように言ったのは、ロベルタさんが私を使って攻撃するかもしれないと警戒したからだろうか。私の呪力量が平均的な異世界人と同じくらいにあったとしたら、単純にロベルタさんの使える呪力が2倍になるわけだ。ロベルタさんひとりに対抗できる数としてこの護衛チームを連れてきたんだったら、倍になったら危ない。
あれ、じゃあロベルタさんにだけ打ち明けて、ロベルタさんと二人羽織で戦ったら勝てたかもしれないのでは。
今更判断を誤ったような気がして、更なる不安に内側から胃袋を揺さぶられているような気がした。
どうしよう。
私の腕を掴む手の力が緩み、ロベルタさんを見上げると、特に変わりない表情をしている。それは大丈夫ってことだろうか。諦めじゃないよね。もし今戦った方が可能性があるなら、私が思いつくよりも早くロベルタさんが私を使ってどうにかしてたよね。だからこのままでも大丈夫……だよね。だよね?
ロベルタさんの手を離れ、代わりにローブを深く被った人に手を掴まれる。ラフィなんとかさんがおじさんだったので同年代だと思ってたけど、黒い袖から私の手首に伸びた手は意外に若そうだった。
「どんな呪力を使える?」
「わ、私が使えるかどうかは関係なくて……お好きにやってみてください。例えば、えーと、あそこのランプ点けるとか……?」
部屋の四隅の高いところにあるランプを指さすと、フードの人はしばらく考えた後に私の手をグッと引っ張って違う方向に向けた。水路の向こう側、怪しげなシミの付いた机の方である。それに気付いたフードかぶり集団が机から遠ざかると、しばらくしてゾワゾワした感覚が手首に走った。
なんか若干気持ち悪い。
チクチクするような感覚がして、それと同時にガタンと机が揺れる。机の片側が浮いて、その上に乗っていた用途不審な斧が重い音を立てて天板の上をゆっくり滑った。重たそうなそれが落ちる前に、机が完全に浮き上がる。
ゆらゆらと揺れたそれは、ぎこちない動きでゆっくりと回転した。おお、とどよめきが聞こえる。そのどよめきも気持ち悪く思えるほど、なんかチクチクした感覚がイヤなふうに私を刺激し続けている。
なんていうか、くねくねした山道を走るバスの中で、思いっきり下向いてる感じ。
「……できる、できるぞ! こいつを使えばいくらでも」
「はいはァ〜いその辺にしとけよォ〜」
軽い声でロベルタさんが割り込んで、私の手首を掴む手にチョップを入れた。するとチクチクがふっと消えて山道のバスも消失し、そして同時に大きな音を立てて乱暴に机が着地した。
息をつく前にロベルタさんの手が私の首をガッと掴んで前傾にさせる。
「ほらァ〜異世界人だからっていきなり呪力使いすぎるから息切れと動悸で辛そうにしてるっしょォ〜? 長く使いたいなら無理に使うのはやめといた方がいいんじゃないのォ?」
別にそこまで辛くはないけども。
そう思ってからハッとした。たぶん、ロベルタさんは私が本当はどれくらい呪力があるのかを相手に知られないようにしてくれたんだろう。
私はわざと息をハアハアと荒くした。ついでに「く、苦しい……」とか呟いてみた。
「……異世界人にしてはさほど呪力はないようだな」
ちょっと演技臭くなったかもしれないと心配したけれど、私の呪力を使った人は疑わなかったようだ。脚がガクガクだったからかもしれない。ビビっててよかった。
お仲間が信じているのを見て、ラフィなんとかさんも私の呪力が少なめと判断したようだった。
「確か、異世界から来た時点では呪力自体も使えない状態だったらしいな。まあ、少ないとはいえ異世界人だ。他の使いようもある」
おじさんの顔が、ニタッと笑った。
なんか嫌な予感がする。この状況ですら割と嫌な状況なのに、嫌な予感がする。




