命短しって寿命的な意味じゃないことを祈る件9
舗装されていない道でたまにグラグラしていた馬車が、石畳でいつもグラグラするようになり、それから手入れされた石畳で揺れがマシになった頃。
ロベルタさんが足を下ろして私の方を向いた。
「ラフィツニフは王城の地下か最上階にいる。もしラフィツニフが最上階にいれば、総長暗殺を強行する可能性が高い。遠目に屋敷が見えっからなァ」
「最悪じゃないですか」
「その代わり、最上階に連れて行かれればユキちゃんが即死の可能性は低くなる。あのクソジジイは解体すンなら地下でやるから」
「どっちにいても最悪じゃないですか!」
ロベルタさんによると、王城には背の高い塔がいくつもあるらしい。サラフさんの襲撃を眺め、かつ人目を忍んで捜査の手から逃れようとするなら最上階にいるし、誰かに見られる危険があっても異世界人の売買を目論むなら地下にいるだろうとのことだった。
最上階に連れていかれたら、私がすぐ切り売りされる可能性は低いけれど、サラフさんの危険が高まる。逆に地下に連れていかれたらサラフさん暗殺の可能性は低いけれど、私の寿命がカウントダウン。
「地下に連れていかれりゃァ流石にやべーからすぐユキちゃん連れて離脱するつもりだけど、本気で来られたら俺も手一杯になるからなるべく自力で逃げろよォ」
「エッ?! 助けてくれるつもりなんですか?!」
「俺に対する信頼低くすぎじゃねェ?」
「イエ……ありがとうございます」
「まあ成功するかわかんねェけどな」
ロベルタさんのことなので、連れて行った後は自分でどうにかしろとか言うかと思った。一応、私の命についても気にかけてはくれているらしい。
「最上階なら今夜は捌かねェだろうから、その間にウチの連中が助けに来んだろ。仮に来なくてもラフィツニフは日が高ェうちは動かねえから、死ぬとしたら次の夜だなァ」
「……それまでに逃げられると思います?」
「大丈夫じゃね?」
楽観的すぎやしないか。こちとら命が懸かってんだぞ。
割と詰みそうな選択肢しかない中で、ロベルタさんは相変わらずヘラヘラしていた。ムカついたり不安になったりを通り越して、むしろいつも通りの安心感を覚えそうだ。
「お、そろそろ到着〜」
「うわ緊張してきた」
「じゃあ縛るわ。手ェ貸して」
「えぇ……」
「油断させねェと助かる確率下がるからなァ〜」
私が両手を差し出すと、ロベルタさんはどこからか取り出した縄で私の両手をぐるぐる巻きにした。手首と肘の真ん中くらいまでぐるぐるされている。両手首のあたりは二重に巻かれ、そこから肘に向かって綺麗に縄が巻かれていた。中央にも縄が通されているので結構がっちりホールドされている。
「いやこの状態の方が難易度高すぎでは……?」
「こっから出てる先っぽあんだろォ? 引っ張ればすぐ解けんだよ」
「それはすごいですね」
肘に近いところ、両腕の間にぴょろりと出ている縄の端を引っ張ることで簡単に解けるようになっているようだ。そんな結び方を手早くできるあたり、ロベルタさんらしいと思ってしまった。
「けどロベルタさん、これどうやって引っ張れば?」
「着いたなァ。気ィ付けろよォ〜」
「ちょっとロベルタさん? 手届かないんですけど?」
「おら喋んなって。俺は無理矢理連れてきた設定だろォ?」
「いやそんな設定先に言ってよ」
がっちりホールドされた腕を引っ張られて、停止した馬車の中で立ち上がる。狭そうに腰を屈めたロベルタさんが、勢いよくドアを蹴り開けた。馬車から見下ろす位置に、マントのフードを深く被った人間が立っている。
「約束の手土産持ってきたぞォ〜ラフィツニフは?」
陽気なロベルタさんの声に、フードを被った人が頷きだけで返していた。見慣れているのか、ロベルタさんは「あっそ」と言っただけでこっちを向き、私を抱き上げた。
「ウワやめてください自分で降ります」
「ンなこと言ってまァた逃げ出されても困るンだよなァ〜」
よっこいしょと微妙に失礼な掛け声をしているロベルタさんに担がれて、私は馬車から出た。馬車は車輪が大きいせいで高さがあるので、着地するときに私はまたお腹にダメージをくらってしまった。担いで歩く気はないらしくすぐに下ろしてもらえたけれど、腕はガッツリ掴まれている。やや乱暴な感じに掴んでいるのは、私を捕まえて持ってきたという設定のせいだろう。でもちょっと痛いので、掴まれている側の肘でさりげなく押し返しておいた。
周囲は暗い。見渡すと背後には森が広がっているようで、ザワザワした音が聞こえる。石畳でその森の間を通ってきたようだ。正面には松明が2つあり、橋がかかっているのが見えた。重厚そうな木の橋には、両端の上に太い木の棒が渡されていて、橋と鎖で繋がっている。跳ね橋というやつだろうか、なんか動かせそうな気がした。
橋の向こう側は、石を組み上げて作られたとても大きな建物がある。松明の光が近いせいで全体ははっきりとは見えないけれど、王城で間違いないようだ。
前が見えているのか心配になる程フードを深く被った人が先に橋を渡り、ロベルタさんと私がそれに続く。渡りながら橋の下を覗くけれど、暗くて底が見えなかった。
「ここの水は冷たいらしいよォ〜? 逆らった人間の骨が泥に沈んでて、足を取られて這い上がれないってよォ」
怖っ!!
私は腕を掴んでいるロベルタさんを引っ張ってできるだけ真ん中を歩くことにした。こんなに縛られた状態で水に落ちたら私も頭蓋骨になる自信しかない。
なんとか渡り終えて、分厚い扉をくぐる。見えていた石畳の建物は意外と薄く、扉を入った先には中庭というか、開けた空間があった。けれどフードの人は、そっちではなくて、薄い建物の内側にある小さな扉の中へ入る。そこには荷物がいくつか置いてあって、木箱を移動させると床に木の板があった。持ち上げると階段が下へと続いている。
私は思わずロベルタさんを見た。ロベルタさんが頷いた。
やっぱりこの階段は、地下、すなわち私の寿命カウントダウンへと繋がっているらしい。
ゴツゴツした石造りの階段は、ただでさえ降りにくい。
段差の高いそれを一段一段両足を揃えてゆっくり降りていると、私の両腕を握っているロベルタさんが先に降りて待つフリをして囁いてきた。
「発見次第殺すからお前は逃げろよ」
ロベルタさんの声は真剣だった。サラフさんが暗殺されてしまう前に、ラフィなんとかさんを先に暗殺してしまうつもりのようだ。でもロベルタさんは、たくさん護衛がいて、呪力を使える人もラフィさんを守っていると言っていた。
できるのだろうか。
そもそも、できるなら最初からやってるはずだし、悪い奴の犯人だったら、ちゃんと捕まえて裁かないといけないのでは。この状況でいきなり襲い掛かったら、返り討ちにされる確率が高いのでは。
それよりも、もっといい方法がある気がする。
階段を降り終えて、私はロベルタさんを見上げた。それから目を見て首を振る。私を見下ろしている赤い目が怪訝そうになった。
狭くて足音が響く通路には、ひんやりとした風が流れていた。しばらくは真っ直ぐ歩き、いくつか扉を経てぐねぐねと曲がる。たくさんの通路があるようだ。どこも同じような石のレンガみたいな壁と高い位置に作り付けられたランプだけなので、見分けが全く付かない。この奥で逃げろって言われてもさっきの出口に到達できる自信がないな、と思った。あと地盤沈下とか心配。外側水路だし。
キョロキョロ見回しながら歩いていると、ロベルタさんが軽く腕を引いた。見上げると顎ですぐ近くのドアを指す。
ローブの人に続いてそのドアをくぐると、初めて大きな空間に出た。
「うわ」
大きな、といっても、天井が低くて圧迫感がある部屋だった。それでもタテヨコ5メートルずつくらいの広さはある。壁も天井も床も石で組み上げられているけれど、独特なのは部屋の真ん中を細い水路が横切っていることだった。ちょろちょろと流れる水路の向こう側には、ここへ案内してきた人と同じくマントとフードで体を隠した人たちが10人ほどいる。中央には恰幅のいい人がいたけれど、それより目を引いているのが、向こう側の壁際に置いてある大きな机である。
なんかあの机、黒ずんでませんか?
ていうか、なんか斧みたいなやつ置いてありませんか?
あー、うん。はいはい。なるほどね。水路。掃除しやすいもんね。うん。はい。
色々と冷静に察したものの、私は自分の膝が急にガクガクし始めたのに気が付いた。うん、めっちゃ怖いんですけど。
帰りたい。でも帰れない。せめて生き残りたい。




