命短しって寿命的な意味じゃないことを祈る件8
王城まで、馬車に乗ってしばらくかかるらしい。お屋敷は王都のはずれにあるんだそうだ。辺鄙なところにあるのは異世界人利用したい派が邪険にしているからだとか、むしろサラフさんが王都を嫌っているからだとか、闇の売買は中心地から外れたところで多いからだとか、色んな説があるそうだ。サラフさんが王都嫌い説は割と合ってそう。
「俺が来たのは3年前だからさァ、どっちかってーと新人なんだよなァ」
「そうですか」
「ユキちゃんと同じで呪力とか知らなかったから、苦労して身に付けたワケよ。あ、コツとか教えてやろっか?」
「そうですね」
「ユキちゃん聞いてないだろォ〜」
「そうですか」
「けっこーイイ性格してんねェ〜」
「そうですね」
馬車の中にある灯りは、ガラスの囲いが付いたロウソクがひとつ。それでも外の方が暗いので、ガラス窓を見ても自分の顔が映るだけだった。私はポケットに入れていた果物を取り出して両手で持ちながら、向かいに座るロベルタさんの話を聞き流している。
果汁が詰まった果物はしっかりした重さがある。その重さが変わらないかと意識を集中させながらムズムズを期待してみるけれど、まだその気配はなかった。
王城に着く前に呪力でものを浮かせられるようになったら、反撃の機会も増えそうなのに。
「ロベルタさん、ラなんとかさんって、直接私に会うと思います?」
「ラフィツニフな。会えるには会えるよォ、俺が直接連れてくから〜。ただ、ユキちゃんがどうにかしたところで倒したり捕まえたりは無理だと思うけどなァ」
「……なんでですか」
「おエラいさんは大体、常に強い護衛を侍らしてんの。武人と呪力持ちの両方なァ」
それもそうか、と納得してしまった。
もしラフィなんとかさんが隙だらけの人だったら、とっくにサラフさんが捕まえてるに違いない。そうでなくても怪しいことしているのだから、同業者に狙われる可能性もあるだろうし。
もしチャンスがあったら、私が返り討ちにできるかもしれないと思ったけれど、仮に呪力を自由に操れたとしてもそんなチャンスはなさそうだ。
私にできることは、ラフィなんとかさんにサラフさんを暗殺しないようにお願いすることと、それから切り売りされないように気をつけること。でも、そのどっちだって、確実にできるという自信はなかった。ていうかむしろ無理っぽい気持ちの方が強い。
今更帰りたくなってくる。なんで私、異世界でまた命の危機に瀕してるんだろう。しかも今度は若干自主的に。あのときは「サラフさんを守りたい」とか思ったけど、普通に足手まといなだけでは。勝手なことしやがってとかで切り捨てられたらどうしよう。そんなことしない人だとは思うけど、思ってるけど、でもなんかよくわからなくなってきた。
「……もしかしてサラフさんって、手近な女の人に手を出しちゃうタイプですか」
「は?」
「顔もいいしスタイルもいいし声もいいから、モテそうだし寄ってきた女を軽く食べちゃったりしてる人だったりするんですか」
「え、待って、ユキちゃんいきなり何言ってンの? 頭大丈夫?」
「誤魔化さないでちゃんと答えてくださいよ!」
「えぇー……いや知らねェし……」
顔を上げて詰め寄るとロベルタさんが困惑した表情をしていた。そんな表情をして誤魔化そうとしてもそうはいかない。
「サラフさんって一見めちゃくちゃ怖いけど、実際全然そんなことな……いやちょっとは怖いけど、優しいとこいっぱいあるじゃないですか」
「いや知らねェって。つーか聞きたくねェんだけど」
「なんか触るときとかも優しいし。乱暴者のロベルタさんと違ってちゃんと気遣ってくれるし」
「さりげなく俺のこと下げんのやめてくんねェ?」
「あといい匂いするし、手が男の人っぽいし、目がすっごい綺麗だし、立ってるだけで結構モテますよね。やっぱ遊び慣れてるんですか? おっぱい大きい女の人に囲まれたりするんですか?」
「いやもう落ち着いて? あと女なんだから男の前でおっぱいとか言うのやめな?」
「別に好きじゃない女にも軽々しく、き、キスとかしちゃうんですか!!」
「うわー……今なんか聞きたくねえ事情聞いちまったなァー……帰りてェー……」
人が真剣に質問しているのに、馬車の座面に長い足を抱えて載せてまで横を向くロベルタさんはやっぱり失礼な人だと思う。
もしかして、私の予想が正しいから答えを誤魔化そうとしているのだろうか。やっぱりサラフさんはモテモテなんだ。王様だからハーレム状態なんだ。
私にキスしたのだって、サラフさんにとっては何の意味もないことかもしれないんだ。
「なんかつらい」
「急に死にそうな顔すンなよ……」
まだ差し迫っていない死の恐怖よりも、今ここにある失恋の予感の方が胸に刺さった。
「いやほらァ……な、総長はそういうことしねェから。多分」
「ロベルタさんの言うこととか信用できない……」
「うわ腹立つなァ〜。もう今言ったこと全部本人に言っとけ。それで解決するから」
「もう会えないかもしれないのに……」
「ンなわけねーだろォいやもうお前ら面倒くせえなァ!」
投げやりな態度になったロベルタさんとウジウジになった私を乗せて、馬車はガラゴロと進んで行ったのだった。




