命短しって寿命的な意味じゃないことを祈る件6
ベッドの上に並ぶ、片っぽの靴下、タオル、コップ、石鹸、ボトル。
そのどれもが綺麗に張ったシーツの上で微動だにしなかった。
椅子に座りながら、それらと向き合いつづけてどれくらい経っただろうか。
「ユキ、食事を持ってきましたよ」
ノックと共に聞こえて来た声に立ち上がると。膝やら腰やらがギシギシしていた。
おばあさんのように手でさすりつつドアを開けると、バスケットを持ったカイさんが片眉を上げた。
「何です、真っ暗なままで。明かりを点けなさい」
「あ、すみません」
ランプの灯りが点いた廊下の光で、いつの間にか日が暮れていたのだと気付いた。窓から入る光がほとんどなくなっている。慌ててロウソクに点火すると、まあ合格みたいな顔でカイさんが頷いた。
「よほど練習に熱中していたようですね。首尾はいかがです」
「あんまり……ていうか全然……」
「そうでしょうね。そういう顔をしています」
どういう顔だろうか。両手で頬を揉んでみると、なんか表情が固まっているような感じがした。
わかりやすくて大変よろしいと言われたけれど、褒められた気がしない。ちょっと微妙な気分でカイさんの手からバスケットを受け取る。
「昼食を摂っていないとガヨが心配していましたよ。これは温かいうちに食べるように」
「はい」
「これも本当はガヨが持ってこようとしていたのですが、果物を50個ほど積んでいたので流石に止めました」
「そ、それはありがとうございます」
危うく部屋が食糧庫になるところだったらしい。カイさんが止めてくれて本当に良かった。
受け取ったバスケットの端っこに入っている果物は5つだった。中に果汁が詰まっている例の果物である。これでもちょっと多い気がするけれど、ガヨさんが私を心配してくれている証かと思うとちょっと嬉しい。
「気が逸るのはわかりますが、根を詰めてもダメなときもありますから。今日は許可しましたが、明日からは部屋にこもらず体も動かすように」
朝、サラフさんの部屋に迎えに来てくれたガヨさんに、私は「今日は一日呪力の練習に集中したい」とお願いした。鬼ごっこも、カイさんの授業も、お仕事も断ってこの部屋に閉じこもっていたのだ。何も言わずにカイさんに伝言してくれたガヨさんも、そしてオッケーしてくれたカイさんにも申し訳なさでいっぱいだ。
「すみません」
「謝れと言っているわけではありません。ユキが努力していることはわかっていますから、もう少し気楽にやるように。また前のように夜を徹して練習してはいけませんよ」
「はい」
カイさんの声は普段より少し優しかった。夜は早く眠るようにと念を押したカイさんにお礼を言って、ドアを閉める。バスケットをテーブルの上に置いてナフキンを捲ると、蓋がされた熱々のグラタン皿と飲み物が入っていた。
部屋の灯りを増やして、ベッドの方に向けていた椅子を戻して座る。楕円形の陶器の蓋を開けると、湯気とともにビーフシチューに似た香りが広がった。
いつもなら美味しそうだとテンションが上がる筈なのに、沈んだ気持ちでそれを口に入れる。
ガヨさんには「呪力の練習がしたい」とか言ったけれど、実際、集中してできたのはどれくらいだろうか。色んなものを持ち上げようと試みている時間より、ぼーっとしていた時間の方が長かった気がする。
気を抜くとすぐにロベルタさんの声がリフレインしてくるからだ。
サラフさんや、ここの人たちが危ない目に遭ってほしくない。でも、自分が怖い目に遭うのも嫌だ。切り売りされるのも嫌だ。また地下牢みたいなとこにいくのも嫌だった。でもやっぱりサラフさんが危ないのも嫌だ。
そんな感じで同じことばっかり考えているうちに1日が終わってしまった。
サラフさんとはあれから一度も顔を合わせていない。何を言っていいのかわからないし、何か言われても困りそうな気がする。
サラフさんは優しい人だ。「今夜王城に行くべきか」なんて相談したら、絶対に行くなって怖い顔で言うだろう。めちゃくちゃ怖い顔で言われたら、たぶん私はその通りにしてしまう。だから会いたくなかった。
あまり味わえないまま夕食を食べ終わり、私はシャワーを浴びた。下着とインナーを着て髪の毛を乾かしたあと、私は寝巻きではなくフリフリの服を着ることにした。髪の毛をまとめて、ちょっと迷ってからヘッドドレスも付ける。ブーツも履いて、それからまたコップだの椅子だのを浮かせてみようとしたものの、結局少しも動かせないうちに窓がガタンと開いたのだった。
「来たよォ〜。お、準備万端じゃん。王城行く気になったわけェ?」
いつものニヤニヤ顔で入ってきたロベルタさんに、私は頷いた。
 




