命短しって寿命的な意味じゃないことを祈る件2
どーん、と、まるで大砲でも降ってきたのかというくらいの音が響く。ちょっと揺れたように感じたのは気のせいだろうか。
とりあえず、目の前で舌打ちが行われて、サラフさんが地獄のような声で「殺すぞ」と呟いたのは気のせいじゃなかった。この人やっぱり王様っていうかマフィアだと思う。
「だ、誰か来たんですか……ね……」
「……朝からうるっせえな」
サラフさんが初対面のときと同じような「ぶっとばすぞ」モードになっていて私は棚の髑髏さんに抱きつきたいほど縮み上がったけれど、サラフさんが怒りの矛先がいるドアの方を向いたせいで距離ができたので、同時にホッとした気分にもなった。
サラフさんたちに恨みを持っている人攫い集団の襲撃なのか、それともサラフさんたちに恨みを持っている王城サイドの集団の襲撃なのかわからないけれど、タイミングだけは感謝したい。
棚に張り付いていた状態からようやく姿勢を立て直すことができて、大きく溜息を吐く。
私が顔を上げると同時に、グッと背中を押すように引っ張られた。
「あ、」
溢れた声ごと、サラフさんが私の唇を噛み付くように塞いだ。
いきなり触れてしまったサラフさんの唇があったかくて、柔らかくて、二重にびっくりする。舌が入ってきて、口の中を舐められると背骨のあたりがゾクゾクした。どうしたらいいのかわからなくて、サラフさんの刺激のままに勝手に反応してしまう。
力が抜けそうと思った瞬間に唇が離れて、同時に息を吐く音がした。距離のできたサラフさんが自分の下唇を舐めているのを見てしまって、そこでようやく恥ずかしさが押し寄せてきた。
「ここで練習してろ。勝手に出るなよ」
背中に回っていたサラフさんの手が離れて、私は慌てて後ろの棚にもたれた。燃えてるのかと思うくらい熱い顔で頷くと、サラフさんが部屋を出ていく。私が動けるようになったのは、それから10分くらい経ってからだった。
よろよろと棚を離れてテーブルにしがみつきながらなんとか椅子に座る。一度力を抜いてしまうと、体を起こしてるのが難しいくらいに脱力してしまった。テーブルに伏せると天板が冷たくて熱い頬にちょうどいい。
「うぅ……」
目を瞑ったままじっとしていると、恥ずかしいような、嬉しいような、怖いような、泣きたいような気持ちが胸のところでずっとぐるぐるしていた。唇や舌や背中の感覚がまだ残っているような気がして体がむずがゆい。
なんで急に、とか、何か色々考えないといけない気がしたけれど、全然頭が回らない。手足の先まで血液が回ってる感じがするのに、頭にだけはいってないのかもしれないと思うほどにものを考えられなかった。あんなちょっとの時間だったのに、なんだか全力疾走をしたのかというくらいにヘトヘトになっている。
なんでサラフさんはいきなり、き、き、キスをしたのか。
心の中で呟いただけなのに、恥ずかしさでますます顔が赤くなった気がした。
今までサラフさんと私は、もちろん恋人とかそういう関係ではなかった。もともと私は異世界から来て早々に捕まって売られようとしていただけだし、サラフさんは異世界人保護のために仕事をしていただけだ。
そりゃ、最近はサラフさんと仲良くはなっていたけれど、というか私はサラフさんに色々助けてもらったり親切にしてもらっているのでもう怖さとかもあんまり感じなくなったし、ていうかむしろいい人だなーとか思うようになってたけれど、だからってそんないきなり。
普通はもっとなんかこう、段階があるんじゃないのだろうか。
心を落ち着かせるために、とりあえず深呼吸をしてみた。
一番問題なのは、キスされてイヤじゃなかったことだ。
手を掴まれたり、距離が近かったりすることは、今までにもあった。呪力の使い方を教えてもらっているときの二人羽織状態も、確かにイヤじゃなかった。だけど、普通、それとキスとは隔たりがあるのではないだろうか。
それなのに、イヤじゃなかったどころか。
「ううぅ……」
もしかして、いやもしかしなくても、私、サラフさんのことが好きなのでは。
いつの間に。ていうかこんな異世界とか狙われてるとかこんな状況で。私ってもしかして自分が思っている以上に能天気なのでは。
でもサラフさんは威圧感があるけど優しいし、トイレ貸してくれたし、泣いてもそっとしといてくれたし、果物くれたし、呪力も分けてくれたし使い方も教えてくれたし、階段から落ちたときも助けてくれたし、人生レベルで大変だったのに同じ異世界人救う組織率いてるとかすごいし、よく見たらかっこいいし、ていうか目が綺麗だし、背も高くて程よく筋肉ついてるのもいいし、手とかなんか男って感じでがっしりしてるし、なんかいい匂いするし、笑ったときに目尻がちょっと緩んで柔らかい表情になったらさらにかっこいいし。
好きにならない要素、ないのでは……?
どうしよう。今度からどういう顔して会えばいいんだ。
ていうか今度っていうか数時間後っていうか。ここサラフさんの部屋だしサラフさんここに戻ってくるし。帰りたい。でも外出るなって言ってた。でももはやここにいるのが恥ずかしいんですけど。よく考えたらベッドがある部屋とか入るの無防備すぎでは。なんで総長なのに一部屋にベッドとテーブルが一緒に置いてあるんですか。機能性重視なんですか。
テーブルに伏せたままよくわからないイチャモンを付けていると、窓の方からカタンと音がした。何度か聞いた音だ。ガヨさんが謎の身体能力を駆使してやってきたのだろう。前にも同じような状況で様子を見に来てくれたから、また果物でも差し入れに持ってきてくれたのかもしれない。そういえば朝ごはんがまだなのでお腹が空いている気もする。さっきの衝撃が大きすぎてよくわからないけど。
このままじっとしていると思考の沼にズブズブ沈んでしまいそうなので、誰かおしゃべりできる人が来るのは嬉しい。私は顔を上げて窓の方を見た。
「ガヨさん、いらっしゃ……」
「よォ」
そこにいたのは黒髪黒目のガヨさんではなく、赤髪赤目のロベルタさんだった。




