異世界に来てからというもの運がものすごく悪い件5
馬車のドアが、ガチャッと乱暴に開かれた。
「お帰りなさいませー、総長ォ〜!!!」
「?!」
開いたドアから、ヒャハハとかやばそうな笑い声を発する大きな声が聞こえてきた。赤い髪に赤い目をしている。どう見てもやばめの鉄砲玉である。
ていうか今総長って言った。総長って。明らかに大学の総長とかではない。やっぱりマフィアのボスだったんかこの人。知ってた。
「うるせえな」
「ひでェ〜なんかァお土産連れてきたって聞いて迎えた部下に対する態度っすかそれェ〜」
君、ボスに対して生意気な口を聞きすぎてズドンされるタイプの下っ端ではないか?
軽々しい口調に慄きながら総長が降りるのを眺める。
「何をしてる」
「アッハイ」
馬車の中で座ったままの私を見て、総長が早くしろと凄んできた。私は素早く立ち上がって馬車の壁に手を掛ける。開けた視界には、そのほとんどを覆うような豪華な建物がそびえ立っていた。大理石のような白っぽい石の柱に、黒いレンガの壁。柱には彫刻がされているのがわかる。お屋敷と城の間くらいの豪華さである。周囲は木々が取り巻いていた。
やっぱりマフィアは儲かるらしい。そしてこれだけ豪華な建物を建てているということは、相当に力のあるマフィアなようだ。人身売買グループとの抗争で圧勝するだけある。私を攫った人たちは、乱暴だったけれどそれほど統率が取れていたわけではなかった気がするし。
呆気に取られていると、ヌッと総長が近付いてきてビクッとなった。
人を睨むだけで殺せそうな目が、つい見つめてしまいたいほど綺麗な青だというのが厄介だと思った。見たら死が待ってそうなのに、目が合ったらつい見てしまう。金髪碧眼なら白い肌を連想するけれど、濃い青色なので褐色の肌に映えてとても似合っている。
じっと見ていると、怪訝そうに眉に皺が寄った。
「早くしろ」
「……あっ、大丈夫ですスミマセン」
視線を下げるとでかい手がこっちに出されている。
動きが遅すぎる私めに総長が手を貸してくださろうとしたらしい。恐れ多いので、というかぶっちゃけ怖いので、私は素早く馬車のフチに座るようにして足を伸ばし、なんとか地面に着地した。
「アハハァ〜総長ビビらしたァ〜」
「あ? 殺すぞ」
「そういうとこが怖いってんですよォ」
ヒャヒャヒャと笑いながら、赤い髪の人がズバズバと地雷を踏みに行っている。
だめだろ、そんなこと言っちゃ!! いや言うにしても私がいないとこにして!! 自爆に巻き込まないで!!!
「別に怖がらせてねえよ」
「いやポジティブすぎか〜? ほら見て総長、すげービビってるから。な?」
な? ってこっちに振るなよ!!
いきなり地雷原に引き摺り込んでくる赤髪の鉄砲玉を引っ叩いて黙らせられたらよかったけど、あいにくそんな度胸も身長もなかった。赤髪の人、ヒョロイけど地味に背が高い。
総長がじっと見下してくるので、私は首を横に振った。
「怖がってねえだろうが」
「総長って人生楽しそうっすねェ〜」
「死ね」
いきなり死の宣告が聞こえてきて関係ない(はず)の私がビクッとしたけれど、総長は赤髪の人に1発パンチしただけでそのまま歩いていった。腹に1発食らった赤髪の人は「ひでェ〜」と笑った以外はそのことに特に反応するでもなく立っている。
なんで? マフィアの人って痛覚ないの?
「なァ」
「ヒッ」
フラッと近付いてきた赤髪の人が、いきなりガシッと肩を組んできた。身長差が頭いっこ半くらいあるので、赤髪の人に一方的にもたれかかられているような感じだ。腕は細長いけど、結構重い。そしてこの人に間近で見られるの、怖い。赤髪赤目という色素や西洋人っぽい顔立ちの問題というよりは、この人がヘラヘラしてるのに目だけ妙に鋭いからだと気付いた。
「あんた売りモンだったんだろ? 総長が連れ帰ってきたッつーことは異世界人?」
「え、あの、えっと」
「あれェ〜警戒してんのォ? 大丈夫大丈夫、俺も異世界人だからさァ」
「エッそうなんですか」
「うわ信じるのかよォ〜無防備で弱いし格好の獲物って感じ」
嘘なんかい!!
ヒャヒャと笑われたけれど、まあマフィアの人と比べたら弱いのは弱いだろうし、実際に人攫いのカモになっていたので反論できない。そうじゃなかったとしても怖いから反論できないけど。
「まァまァ怒るなって。俺はロベルタ。よろしくなァ〜」
ヘラヘラしながら、赤髪の人が自己紹介してきた。
ロベルタという名前の響きは、なんだか女性の名前っぽいように感じる。でもそれは地球基準であって、この世界では男性の名前なんだろうか。ちょっと違和感があるけれど、握手のための手を差し出してきているので、友好的な態度を取ろうとしてくれているようだ。見た目や言動はかなりヤバめだけれど、実はいい人なのかもしれない。マフィアだけど。
ロベルタさんについての認識を改めつつ、差し出された手を握る。
「よろしくお願いします。私はいでででで」
「な〜本名教えて?」
「痛い痛い、手痛いっす」
「教えてくれたら放してやるからさァ」
全然いい人じゃなかった。握力強すぎ。
友好的な握手の力を超えているので指を引き剥がそうとしたり叩いたりしてみるけれど、ロベルタさんは薄笑いしながら見ているだけだった。怖い。てか痛い。
こうなれば今後のことを一切考慮せず金的などを狙うしかないのか、と究極の選択に迫られていると、ロベルタさんが「おっと」と表情を変えてパッと私の手を離した。解放された右手を慌てて抱え込んでいると、視界が暗くなる。
目の前にあるのは、背中だった。いつの間にか総長が戻ってきていた。マフィアの背中でかい。
「ロブ、いい加減にしとけ」
背中越しに聞いたとは思えないほど、その言葉はゾッとするような迫力があった。声音は静かで落ち着いてるけど、怒っているというのがわかる。冷や汗を流しながら固まっていると、ロベルタさんが「……はァ〜い」と渋々っぽい声を出していた。この状況でそんな態度取れるあたり、ロベルタさんも相当な強者だ。メンタル面の。
「来い。こういう乱暴者には近付くんじゃねえよ」
振り向いた総長に背中を押されたので、私はつまずき掛けながら慌てて足を動かした。
スンマセン、助けてもらっといてなんですけどあなたも十分乱暴者っす。
心の中で返事をしてみたけれど、もちろん言葉に出す勇気はなかったので、ジンジンして熱くなってきた手をさすりながら頷いておいた。
「獲物ちゃ〜ん、またね〜」
ロベルタさんの声が後ろから追いかけてきた。めちゃくちゃ失礼な呼びかけだけれど、どう考えても私のことを指してるっぽかったので、顔だけで振り向いて会釈しておいた。