悩ましいってレベルじゃないことが多すぎな件7
「ユキ自身が抑制していることには使えないとは思うが、それでも相当なことに利用できる。例えばこのテーブルを投げられるだけでも人を殺せるからな」
「そそそれって殺人の実行犯を押し付けられたりしてしまうということでは……?!」
「そう言ってんだろうが」
裁判で確実に有罪にされてしまう。
「し、しかも、使われまくったら倒れたりするんですよね。カイさんが最悪死んだりするって。もし悪い人に捕まったら、そういうこともあると」
勝手に呪力を使われて悪いことに利用されたり、最悪呪力がゼロになるまで酷使した挙句使い捨てされたりできちゃうわけだ。怖すぎる。
「いや、恐らく死ぬまで呪力を使い果たされることはねえだろ」
「あ、流石にそこまで使い果たすのは難しいんですか」
「違ぇよ。異世界人が何故切り売りされるかわかるか。生きてたらその呪力を使えねえからだ。切り落とせばその部分に宿る呪力を、本人の意思に関係なく使えるようになる。だが、使っちまえばもう回復しねえ」
「死んでますもんね」
「生きたまま使えりゃそのうち呪力は回復する」
「……」
つまり、殺されない代わりに、何度でも使えるモバイル呪力として、ずっと使われてしまう可能性の方が高いのだ。そしてその分だけ、悪いことに呪力を使われてしまうのだろう。何度も。
想像すると、ヤダ、と勝手に口から漏れた。
「な、なんでそんなことになってるんですか、なんで私なんですか」
「ユキ」
「なんでそんな、便利な道具みたいに扱われなきゃいけないんですか」
「落ち着け」
「勝手にこんな世界に来て、何も悪いことしてないのに、なんで狙われないといけないんですか!」
私が声を荒らげると、サラフさんがグッと私の手を引っ張った。そのままサラフさんにぶつかって、背中に回った腕にぎゅっと抱き締められた。強い力で抱きしめられて、不満をぶちまけたい口がサラフさんの胸のあたりで塞がれた。
「いいから落ち着け」
サラフさんが静かな声で言ったけど、私は抱きしめられたまま首を振った。
なんで私が狙われないといけないんだろう。
異世界人ってだけで命を狙われるのに、なんでそれ以上に厄介なことになってるんだろう。なんでそんな世界で生きていかないといけないんだろう。帰れないってだけでもイヤなのに、なんで。
理不尽さとそれに対する怒りで、頭がかーっと熱くなる。暴れ出したい気持ちだけど、それと同じくらい強い力で抱きしめられていて動けなかった。
好きで呪力が高い異世界人になったわけじゃない。好きでこの世界に来たわけじゃない。それなのに、勝手に利用しようとしてくる人たちがいるなんて嫌だ。
私だけじゃない。サラフさんも、子供だったのにこの世界に来て大変な目に遭った。このお屋敷にいる他の異世界人だって、この組織がなかったらどうなっていたかわからない。保護されることなく、利用されてしまった人だってたくさんいる。
悔しくて、怖くて、悲しくて、どうしようもなかった。
「ユキ。お前は何も悪くねえ」
悪くなくたって、狙われるじゃないですか。
サラフさんに言っても仕方ないのに反論したくなってしまって、私はサラフさんにしがみ付いて言葉を飲み込んだ。女友達に抱きついたときよりも、ずっと筋肉が多くて硬い。
「異世界人を狙う奴らは、いずれ全員消す。いくら湧いてきても片っ端から潰してやる。どんな手を使ってでもな。異世界人に危害を加えた奴らは全員、地の果てまで追いかけてでも罪を償わせる」
珍しく優しい声音で語りかけてきているのに、サラフさんの喋っている中身はいつも以上に物騒だった。もしこの世界の人たち全員が敵だったら、その全員が相手でも戦っていきそうな気がするくらいに物騒だった。たぶん、サラフさんなら本当にやり遂げるんだろう。12歳で悪い奴らを倒した強さがあるのだから。
そんなに強いのに、私の背中を撫でている手はすごく優しかった。何度も撫でられているうちに、みるみる呼吸が落ち着いてきたのがわかる。
私は深呼吸して鼻をすすってから、目を瞑ったまま名前を呼ぶ。
「……サラフさん」
「何だ」
「なんでそんなに強いんですか」
抱きしめられたままくぐもった声で聞くと、サラフさんがちょっと息を吐いたのがわかった。笑ったようだ。
「教えてほしいか」
「ほしいです」
「誰にも言わねえなら教えてやる」
「内緒にします」
「よし」
サラフさんが私の背中を軽く叩いてから、少し距離をとった。
強さの秘密を教えてくれるらしい。ていうか、サラフさんの強さに理由とかあったんだろうか。
目を拭ってから一歩分の距離が空いたサラフさんを見上げると、青い目がニヤッと細められた。そしてすぐに厳しい表情になり、胸を張ってすっと立つ。
「我が名はサラフ・ユージグリフ・キウリカ・イル・ダイード4世。ユージスの大陸を制覇した偉大なる王の名を継ぎ、民と土地を守る者なり」
「…………えっ?」
張りのある低い声で、はっきりと告げたサラフさんは、それだけで威厳が漂っていた。
マフィアってレベルじゃすまないようなオーラだった。
いやそうじゃなくて。
いやいやちょっと待って。
「…………………………あのー、えーっと、あの、サラフさんってもしかしてめちゃくちゃ高貴なおうちの生まれ……的な……?」
今、なんかすごい王様の名前を継いだとか言ってませんでしたか。
大陸を治めてるタイプの王様の。4世ということは。




