悩ましいってレベルじゃないことが多すぎな件5
「カイには何を習った」
「えーと、主に物を浮かせるための練習をしてるんですけど、全然できないので、もうちょっと簡単なのも追加して……」
カップを使ったり、葉っぱを使った練習についてサラフさんに説明する。
「で、どっちもできねえんだな」
「ソウデス……」
ずばっと言われて、私は萎れた心で頷いた。
睡眠時間を削ってまで頑張っていたというのに、なんとも悲しい事実だ。
「手ぇ出せ」
「手ですか?」
両手を差し出すと、サラフさんが左側の手を掴んでくるりとひっくり返した。上向きになった手のひらには、2色の模様が付いている。青くて少しラメっぽく見える唐草模様に似たものと、黒い楕円形が丸く集まったもの。サラフさんとガヨさんの呪力が残っている証だ。分けてもらった当時と比べるとずいぶん薄くなってしまったけれど、それでもパッと見てわかるくらいにはハッキリしている。
「自分の呪力自体は使えてるようだな」
「え? あの、全然実感ないんですけど……この印が残ってるから、サラフさんたちの呪力を使ってるんじゃないですか?」
この世界に来る異世界人には、もれなく呪力多めという特典だか危険だかが付与されている。魔法だか超能力だかとして前の世界でも似たような能力を使っていたらそのまますんなり使えるけれど、特殊能力とは無縁だった人間は自分の呪力すら感知できないことも珍しくない。私ももちろんわからない勢だったので、ガヨさんやサラフさんに呪力を分けてもらい、その呪力を使うという形でなんとかトイレに出入りしたり灯りを点けたりできる状態なのだ。
その感覚はこのお屋敷に来た頃から変わっていないし、自分の呪力について感じられるようになった自覚も全くない。今日も感じたのは、もらった呪力を使うムズムズした感覚だけだ。
「毎日灯りを点けて回ってるだろ」
「はい、3階分の廊下は毎日やってます」
「そんだけ使ってりゃ、どれだけ節約してても分けた程度の呪力はとっくに消えてる。これだけ残ってるなら確実にユキ自身の呪力も使ってるはずだ」
確かに左手の模様がなかなか消えないなとは思っていたけれど、それは呪力を最小限に抑えて使えるようになったからだと思っていた。最初の頃に無駄に使っていると言われたし。
「全然気付きませんでした。毎日しっかり見てたわけじゃないですけど、最近もじわじわ薄くなってるなーとは思ってたので」
「おそらく分けた呪力と自分のを混ぜて使ってんだろ」
「ブレンドしてたんですね……」
自分でも気がつかないうちに、私はサラフさんやガヨさんの呪力と、自分の呪力とを同時に使っていたらしい。なんか節約術っぽい。模様が消えたらトイレに行けないという危機感から、無意識にもらった呪力をセーブして使っていたのだろうか。
「今まで練習してたり点火したりしてる最中に、いつの間にか使えるようになってたんでしょうか」
「だろうな」
「じゃあ今までの練習も無駄じゃなかっ……た部分もあったんですねちょっとは! 昼間にやった練習とか!」
サラフさんのギロリが「深夜練習のことじゃねえぞ」と言っている気がしたので、慌てて付け足しておいた。睡眠不足に厳しい総長様である。見張りの夜勤とかホワイト運営されてそう。
サラフさんいわく、他人からもらった呪力よりも、自分のもののほうが操りやすいらしい。なので、練習を始めた当初よりはコツを掴みやすくなっているハズなのだそうだ。自覚はなかったけれど微妙に進歩していたとわかって嬉しい。
「あとは感覚を掴め」
「そこが全然わかりません!」
「自信持って言い切るんじゃねえ。後ろ向け」
左手の手首を掴んだサラフさんに誘導されてサラフさんに背を向ける。するとサラフさんが背中から手を回して右手首も握ったので、私は心の中でギャッと叫んだ。
「ささサラフさんこのなぜに体勢これ」
「じっとしてろ、向かいからじゃめんどくせえんだよ」
耳の後ろちょっと上あたりから聞こえてくる声にグワワワと揺らいでいる心のまま、サラフさんが動かすままに両手が動く。向けられたのは綺麗な花が飾ってあるテーブル、のところに置いてある椅子である。
「あの椅子を見てろ、要領はわかるな?」
「エート、アノ、それはロウソクのときの感じでヨロシイんでしょうか」
「そうだ。しっかり見てろ」
二人羽織状態で両手を椅子の方にかざした私は、言われるがままに視線もそこに向ける。背もたれの彫刻や座面のカーブなどを眺めていると、両手首にムズムズっとした感覚が走った。そのムズムズの7割くらいが手のひらの方へと走り、残りが腕を上って胸のあたりにまでムズムズが伝わっているような気がした。サラフさんが近過ぎて気持ちの意味でもムズムズしているので、もうどういうムズムズなのかよくわからない。とにかく目の前に集中しようと頑張っていると、椅子がほんの少し傾いた。
「あっ」
しっかりした木製の椅子が、引っ張られているかのように横に傾く。床についている脚が片側の2本になり、しばらくしてからユラッと動いて1本だけになる。不安定にゆらゆらしていた椅子は、やがてその最後の一本も床から離れてふわふわと浮きはじめた。
「浮いてる……」
「なるべく集中してろ。落とすなよ」
ゆらゆらとわずかに上下しながら空中に浮いている椅子を眺めながらサラフさんの言葉に頷く。ムズムズした感覚がちょっとマシになってた私の両手をサラフさんが軽く動かすと、それに連動するように椅子がゆっくり回転した。
お店の展示品のようにゆっくりと回転する椅子は、しばらくしてから動きを止める。サラフさんが動かす私の手に合わせてゆっくりと下に移動して、ゴトンと床に着地した。
「う、浮きましたねサラフさん!!」
喜びのままに振り返ってサラフさんを見上げると、サラフさんは何か考えているような顔をしていた。かなり近い距離なのに目線が合わない。
「ユキ、ちょっと待て」
「はい」
小難しい顔のサラフさんが、また私の両手首を掴む。そして私の手を再び椅子に向けたので、確認のためにもう一度やるのかと椅子に集中した。
腕に走るムズムズした感覚と、それから揺れて浮く椅子。手で持ち上げようとすると結構重くて大変なそれが軽そうにゆらゆらしている光景は、見ていて不思議な気持ちになる。感覚は全然わからないなと思っていると、椅子はさっきよりも早く床に着地した。
「……浮きましたけど、感覚を掴めたのかはよくわからないです。なんかこの辺までムズムズする感じがしたんですけど、そういう感じでいいんでしょうか……サラフさん?」
返事がないので、二人羽織状態のまま再び振り返ってみた。サラフさんがやっぱり難しい顔をしている。
何か手順が間違っていたりしたのだろうか。ていうか近い。そろそろ離れるべきだろうかと考えていると、サラフさんの青い目がどこか遠くから私に戻ってきた。
「ユキ」
「はい」
「今の、わかったか」
「……今の?」
今のってなんだろう。
「あの、火を点けるときと同じようなムズムズは感じましたけど、それのことですか?」
「違う」
サラフさんがじっと私を見る。
「今、俺はお前の呪力をそのまま操った」




