悩ましいってレベルじゃないことが多すぎな件3
「捕まえようとしてる人、法の番人だってカイさんが言ってました。本人を捕まえにくいだけじゃなくて他の悪い人を捕まえるのにも影響あるんですよね。だったら、その人を捕まえないと、他の人をいくら捕まえてもまた同じような人たちが出てきますよね」
私以上に囮に向いているような有能な人がいつか現れるとして、それまでにサラフさんたちはどれくらい苦労して異世界人を保護したり人攫いを捕まえたりしないといけないのだろう。ここのお屋敷の人たちは強いけれど、だからって毎回必ず無傷でいられるとは限らない。戦う相手に呪力を操る人がいたら、ここの人たちだって危ないはずだ。
「わ、私が囮になれたら、サラフさんたちの仕事がもっと楽になるかもしれないじゃないですか、逆に考えたら、私ができないせいで、のちのちお屋敷の人たちが危険に晒されるかもしれないし」
私がここでできることといえば、廊下の明かりを点けて回ったり花を活けたり野菜を運んだりするくらいだ。こうしてお屋敷に住まわせてもらって、ちょっと個性的過ぎるけれど洋服ももらって美味しいご飯も食べている対価としてあきらかに見合っていない。
私は、ただここにいさせてもらうことに後ろめたさを感じるから囮をやりたいのだろうか。囮役をして貢献することで、堂々といられる権利を得たいのだろうか。
そういう気持ちもゼロではないと思う。もう家族のもとに帰れない私には、居場所がここしかないのだ。
でも、そういう思惑が100パーセントの理由でやりたい、ということでもない気がする。
「……サラフさんが助けてくれたから、私はここにいられるので、私がサラフさんの助けになれるなら、やりたいです」
サラフさんと最初に出会ったとき、マフィア的な集団の襲撃かと思ってビビり倒していたわけだけども。今度こそお陀仏かとか思ってしまってたりもしたけども。
サラフさんは最初からちゃんと親切だった。睨むと怖いけど、声だって迫力があるけど、言葉だって物騒だけど。それでも、私を気にかけてくれてることがわかるくらいには優しかった。だから、サラフさんのためにできることしてあげたい。
と、そこまで考えてハッと気付いた。
「……な、なーんちゃってー……」
よく考えたらサラフさんはめちゃくちゃ強いわけだし、そもそも私はサラフさんを助けられるほどのスキルを何一つ持ってないんだった。つまり今の私はビッグマウスなだけのただのお荷物人間がなんか言ってるくらいの状態なのでは。
恥ずかしさで顔が赤くなってきたので、へにょへにょと言葉を濁して私はパンをちぎる作業に熱中することにした。いたたまれなさで前が見れないんですけど。
皮がパリパリのパンをひたすらちぎって食べているけれど、サラフさんは黙ったままだった。恥ずかしかったので黙ったというのに、今度は沈黙が気になる。
必要以上に小さくちぎったパンを食べつつこっそり向かいを見ると、サラフさんはグラスを片手にじっとこっちを見ていた。慌てて視線をパンに戻し、しかし見られていると気付いたからには何か言うべきだろうかと悩み、またちらっと見るけれどサラフさんがそのままの状態でいるので今度はサラダの残りを食べたりして挙動不審になっていると、ふっと笑った気配がした。
見上げると、サラフさんが面白いものでも見るような目でこっちを眺めている。なぜに。
「ユキ」
「ハイ」
「てめえは前に俺に対して『いい人』だなんだと言ってたが、俺はユキの方が『いい人』だと思う」
「……いえ、私は別にいい人ではないと思います」
「少なくとも俺にとっては『いい人』だが」
「ウッ」
ニヤッとしながらサラフさんが言った言葉は、私が前にサラフさんに言った言葉と同じだ。私が反論できずに言葉に詰まると、またサラフさんが笑う。
いつも人相が悪いサラフさんの貴重な笑顔だ。なんか悔しいけどあまり見れないものなので、とりあえず眺めておいた。
「改めて言っとくが、ユキを囮にするつもりはない」
「……」
「今のところは」
「エッ、あの、それってつまり」
「もしユキが自在に呪力を使いこなすことができるようになったら、考えてやる」
「ほんとですか?! サラフさんありがとうございます!!」
まさかのオッケーが出た。いや出てないけど、可能性がゼロから1、いや0.001くらいに上がった気がする。サラフさんは怒って絶対ダメって言うと思ってたのに。
「喜ぶんじゃねえよ。また寝不足でボケッとしたら一生部屋にぶち込んどくからな」
「いっぱい寝ます!!」
「てめえは能力的には操れる。前みたいに手助けしてやるから、勝手に無茶したらただじゃおかねえことを肝に銘じておけ」
「サラフさんが教えてくれるんですか?!」
「幽霊みたいにフラフラされるよりマシだろ」
やっぱり、サラフさんはいい人だ。すごく優しくていい人だ。
よろしくお願いしますと言ったら、サラフさんがちょっと呆れた顔で笑った。こうしていろんな表情を目にすると、なんだか前よりもサラフさんと仲良くなれた気がしてちょっと嬉しくなる。
「じゃあこれからは師匠と呼んでもいいですか?」
「怒るぞ」
すでに怒ってる顔で即却下された。やっぱり怖い。




