難しいのは仕事だけじゃない件7
サラフさんを最初に捕まえた集団はほとんどがサラフさん自身の手によって潰されたけれど、その集団は実行部隊というか、要するに下っ端だった。
「異世界人売買は巨額が動く。正規の市場ではない取引は摘発されやすいため、そうならないようには取り締まる者に賄賂を渡して見逃してもらうか、または地位の高い者が直々に取り仕切ることで摘発のきっかけを潰す必要がある。当然後者の方が取り分が大きい」
「サラフさんを攫った人たちも、黒幕は偉い人だったんですね」
「ええ。地位が高くなればなるほど取り締まりはしにくくなる。情報は隠蔽され捜査は妨害されますからね。サラフを攫った集団の黒幕は、とびきり地位の高い人間でした」
「誰だかわかってるんですか?」
私が尋ねるとカイさんがあっさり頷いた。
「いくら正体を隠そうとも、15年も追っていれば自ずと目星がつくものです。まあ、手っ取り早く潰せるものを端から潰していけば情報は得られますから。ただ、犯人が見つかれば捕縛して解決というわけにはいきません。相手はよりにもよって法の番人ですから」
「エッ、つ、つまりそれは……」
「捕まえても裁かれない可能性があるということです」
法の番人ということは、裁判官とかだろうか。そんな人が悪いことしちゃダメじゃん。
思わず心の中で突っ込んでしまったけれど、よく考えたら悪いことをするのに最適な地位なのかもしれない。自分の悪いことを都合よく無罪にできるだけじゃなくて、他の人から賄賂をもらって判決を変えたりできるかもしれないし。そうしたら、異世界人を攫ったり売り捌いたりする人たちをいくら捕まえても、すぐに出てまた悪いことをしたりする可能性が……。
「そんなのダメじゃん!」
「言葉は丁寧に」
「ダメではないですか!」
「よろしい」
よろしいをゲットした。
カイさんは頷きながら、空のカップを渡してきた。話をしながら練習しなさいということらしい。気が散るんですけど。
「黒幕の名前は、ラフィツニフ・ヌワージュ・シルサルドニアスといいます」
「……名前が長いですね」
「この国は地位が高いほど名前が長いですから。呪力で縛られる危険がないよう、公表している部分の名前だけでこの長さなのですから、本名は相当長いでしょうね」
「なるほど……そういえば私の世界でも、外国の貴族とかは色々名前が長かったような……サラフさんの名前も長いですよね」
サラフさんも故郷の世界ではいいとこの坊ちゃんだったんだろうか。褐色の肌も金色の髪も青い目も綺麗な色だし、眉を寄せて睨んでなければ女性が寄ってきそうな美形だし。異世界に来なければ今頃は裕福で幸せな生活を送っていたのかもしれない。
考えていると、カイさんが首を傾げた。
「サラフの名を聞いたのですか?」
「はい。流石に全部じゃないと思いますけど、サラフ、ユー……なんとかかんとか、なんとか、なん世、みたいな名前だったような」
「ほう、そこまでは私でも教えてもらってませんね」
感心したようにカイさんが頷いた。
「地位が高いほど名前が長いという制度であると知ってから、サラフはサラフとしか名乗らなくなりましたから。罪人の糸を引く奴らと一緒にされたくないのでしょう」
「なるほど」
「それ以前はサラフ・ユージフと名乗っていましたが、それを知るものは組織でもごく僅かですね」
しっかり覚えているわけじゃないけれど、私が聞いた名前は、ユージフとはちょっと響きが違ったような気がする。サラフさんがこの世界の人を警戒して偽名を使ったのか、実はどっちも本名で私とカイさんそれぞれに違う一部分を教えたのかはわからないけれど、その辺はあんまり追求しない方がいいのだろう。
「ユキには長い名を教えたのなら、サラフなりに気を許しているのかもしれません」
「そう……でしょうか?」
教えてもらった時点で気を許される要素ってあったっけ。カップを両手で転がしながら私が首を傾げると、カイさんはただ微笑んだだけだった。
「話を戻すと、そのラフィツニフが犯罪行為に繋がる確たる証拠を得るために、我々は様々な策を講じてきました。中には我々の組織に属する異世界人を囮にする作戦もいくつかあります」
「あっ、だからロベルタさんが囮って言ってたんですか」
「ええ。我々の構成員も実力も既に知られているので、相手に手を出させるのはなかなか難しい。その点ユキは異世界から来たばかりな上に、呪力の攻撃が得意でないことは身をもって証明されていますからね」
「食いつきやすそうなエサということですね……」
なんとなくアメリカザリガニを連想してしまった。私はスルメなのかちくわなのか。
前にこのお屋敷まで乗り込んできて、王城に来て私に届け出させろと言っていた人たちは、おそらく人攫い集団の残党から情報を得たようだった。つまり、私が反撃したり逃げ出すことなく地下牢に捕まっていたということもバレている。サラフさんのように暴れて組織を壊滅させるリスクがない、優良な商品と捉えられているのだろう。
「我々は長年かけて異世界人の保護に努め、奴の手足をかなり捥いできました。異世界人の価値は高騰し、売人同士が奪い合うまでになっています。無傷で過ごせたユキはかなり幸運でした」
「人に必要とされてこんなに嬉しくないことって初めてです」
「異世界人は呪力の補給源として自分で使える上に、売れば高値になる。そのうま味を長い間味わってきたラフィツニフが、ユキを見逃すはずはない」
王城にホイッと私を置いておけば、そのラなんとかさんなりその部下なりが手を出す可能性がかなり高いようだ。需要あるなー、私。
「そこを押さえられることができれば大きな勝利につながります……が」
「が?」
「危険が多過ぎる。戦闘に慣れているか、もしくは生まれながらに呪力を使う生活をしていたならまだしも、ユキには抵抗する手段があまりにも少ない」
囮にするにしても頼りなさすぎてそのまま連れていかれるだけになる可能性も高いようだ。
「万が一奴らがユキを手に入れれば、こちらの追跡を恐れて直ちに証拠を隠滅するはずです」
「え……それってつまりその、その証拠というのは私ということですか」
カイさんが頷き、私の脳裏にはヤバめの映像が浮かんだ。即バラされて売られるんですか。怖すぎ。カップを握り締めつつブルっていると、カイさんが安心しなさいと言った。
「ロベルタがどう言おうが、我々はあなたを囮にする予定はありません。王城に行く際には万全の準備を整えて、1人になる時間すら作りません。ラフィツニフを捕まえる機会はまた巡ってくるでしょう。あなたの命を賭けてまで今欲張る必要はない」
「あ、そう……なんですか」
「とはいえ、あなたも呪力や護身術の練習を怠らぬように。いいですね」
ホッとしたような気が抜けたような気持ちで、私はカイさんの言葉に頷いた。




