難しいのは仕事だけじゃない件4
「……怒られましたね」
サラフさんが出ていくのを見送ってから、私は隣に立っているガヨさんに話しかけた。
私の腕にそっと触れていたガヨさんは、そちらを向くとその手を離す。
「ごめんなさい」
「エッなんでガヨさんが謝るんですか」
「ガヨのせい」
いつも無表情なガヨさんが、心なしか申し訳なさそうな顔になっている気がした。ちょっと俯いているので、いつも見ている角度よりも顔が見えにくい。
「あの、サラフさんが怒ったからですか? ガヨさんのせいじゃないです。私が不注意だったし、ていうか元はといえばロベルタさんが脅かしてきた上に追いかけてきたからで」
「すぐ行けばよかった」
「ガヨさんは後から来るはずだったんですから、間に合わなくても責任感じることないですよ。あんな状態で助けるなんて普通無理ですし」
全く責任がないガヨさんがこんなにしょんぼりしているのに、ロベルタさんが微塵も罪悪感を見せずに去っていったのはいかがなもんだろうか。今度会ったら文句を言った上でパンチのひとつでもお見舞いしたい。心の中で。
「ガヨの呪力、足りなかった」
「あ、やっぱりあれ呪力で浮いてたんですね」
「総長の呪力もなかったら、ユキ落ちてた」
階段の途中で躓いて盛大に投げ出された私の体は、ガヨさんとサラフさんの呪力コラボレーションで助けられたらしい。人ひとりを持ち上げてしまえるって、結構なエネルギーが必要そうだし、ガヨさんだけでは足りなくても無理もない気がする。
「あの、結果的に無傷でいられたし、私はいつもガヨさんに助けてもらっているので、あんまり責任を感じないでください。私もこれからは気をつけて走るようにします」
「ガヨもユキが見えるところにいる」
「はい。これからもよろしくお願いします」
手を差し出すと、ガヨさんが握ってくれた。私を見上げるその表情は、もう普段通りだ。
「今度ロベルタさんを見かけたら、一旦中断して一緒に逃げましょう。怖いし」
「ロベルタは今度倒す」
「いやさすがに倒さなくてもいいと思います」
「ユキにしつこい」
ガヨさんの眉がちょっと寄った。
ガヨさんの目から見ても、やっぱりロベルタさんは私を目標として絡んできていたようだ。どうりで他の人に絡んでいるところを見たことがないと思った。
「それはあの、やっぱりさっき言ってたことが原因なんですかね」
あのときは様々な感情が日本海の波のように押し寄せていたのでしっかり考える隙がなかったけれど、ロベルタさんは、私が囮になればいいとかなんとか言っていた。
ここには異世界出身の人が沢山いる。異世界人を狙う人たちを捕まえるために、異世界人を囮にして捜査するのは珍しくないことなのかもしれない。囮捜査とか私には縁のない話ではあるけれど、効果的な方法ではあるのだろう。
「総長はユキに忘れろって」
「言ってましたね……」
迫力に負けて頷いたけれど、本当に忘れられるほど私の頭は都合よくできていないわけで。
「サラフさんが長年追ってる相手って言ってましたよね。何か因縁が……?」
「……」
ガヨさんは、口を閉じたまま私を見上げるだけだった。黙秘を貫くようだ。サラフさんが忘れろって言ってたので、余計な事情は話さないことにしたようだ。
気になるけれど、しかたない。
「えーと、じゃあ、ちょっと早いけどお昼にしましょうか」
話題を変えると、ガヨさんは頷いてくれた。
「今日はどんな料理ですかね。ガヨさんは苦手な食べ物ってありますか?」
「ない」
「すごいですね。私は苦いのが苦手です」
「焦げたもの?」
「そういう苦さじゃないですけど、焦げた食べ物も無理ですね……」




