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難しいのは仕事だけじゃない件2

 大きく深呼吸を繰り返す。昼間の間だけ開ける窓から爽やかな風が入ってきた。廊下の一番端にあるこの窓から見下ろすと、花が沢山咲いた庭が見える。

 ショートブーツの紐もしっかり結んであるし、今の時間はお屋敷にいる人も少ない。逃げるにはもってこいの環境だ。


「よし……。じゃあ、始めましょうか」


 階段を降りて逃げる練習をメインに行う鬼ごっこは、いつも私が寝起きしている部屋の前からスタートする。私はここから廊下を走り、階段を降りて、あちこちの部屋に逃げ込もうとしたりそれをガヨさんに華麗に阻止されて追い詰められつつ階段を上ったりなどをするわけである。

 心の準備も終えて、ガヨさんを見る。いつでも変わらないガヨさんは、私の出発を待っていた。同時に出発すると並走というか追い抜かれるしかできないので、ガヨさんは私が出発してから30秒後に追いかけてくる予定だ。スタートダッシュのガヨさんはスピードを出していて一際怖いので私の逃走にも力が入る。


 ぐっと踏み締めて駆け出す。廊下はカーペットで足を取られないようにするのが重要だ。曲がり角に手を掛けながら階段へと突入し、足元に気を付けながら駆け下りる。踊り場で曲がりながら警戒していると、2階の廊下に一番近いドアが派手な音を立てて開いた。


「獲物ちゃんみーっけ」

「ギャアアアデタアアアア!!」


 ドアを蹴り開いたのは、髪も目も赤いロベルタさんだ。私は絶望を声に出しながら足を速めようと努力する。

 お屋敷を走り回るようになって色んな人との遭遇率が上がったのと同時に、赤い人ことロベルタさんとも遭遇する機会が増えた。ロベルタさんもお仕事で外に行っていることが多いので遭遇するのは2日に1回くらいだけれど、遭遇してしまうとなぜかロベルタさんも追いかけてくるようになるのである。しかも棍棒装備で振り回しながら追いかけてくるのでめちゃくちゃ怖い。もちろんロベルタさんの運動神経も私よりも遥かに優れているので、私の真後ろで棍棒を振り回しながら執拗についてくるのである。


「コナイデエエエ!!!」

「つれないこと言うなよォ〜」


 手すりに張り付くように2階を避けつつ引き続き階段を降り始めると、すぐ後ろから楽しそうな声が付いてくる。


「なァ〜この後一緒に遊ばねェ? 2人で」

「アソバナイイイイィ!!」

「なァんで」


 返事で呼吸が乱れ、精神も乱れる。そして今日はそれが足にも伝わってしまった。


「アッ」


 左足のつま先が、右足に引っかかる。上半身が勢いで投げ出され、指が手すりから離れ、私の視界には階段がいっぱいに広がった。

 これはヤバいやつ。


「ユキ!!」


 ガヨさんの声が聞こえてきた気がした。

 スローモーションで近付いてくる階段と、こんなとこで死んだらすごくすごく嫌だなあとかせめて今日のお昼ごはんは食べたかったなあとか考える思考をどこか遠くで眺めている気持ちになりながら、私は落ちるがままになる。

 余計なことを考えまくりな思考がもう無理、と妥当な結論を導き出した瞬間、ブワッと温風が体の下から吹き上げたような感覚に包まれた。前に倒れるように感じていた重力が下から押される力で消えたような気がして、奇妙な感覚に目を瞑る。


「ロブ、てめえいい加減にしろ」

「うっ……?」


 威圧感たっぷりの声が聞こえてきて、私は目を開けた。

 機嫌が悪いを通り越して凶暴なお顔になっているサラフさんが、触れるくらいすぐ近くにいた。階段の上を睨み付けている目は炎のようだ。青い炎って熱いんだよね確か。斜め上から眺める角度は新鮮だ。


「ん?」


 なんで私がサラフさんを見下ろしているのか、と何気なく視線を下ろすと、自分が浮いていた。足も手も地面や手すりと遠く離れ、体が水平になるようにして浮いている。サラフさんが立っている1階の床からすると軽く2メートルは浮いているだろうか。日が暮れてきたら点けるはずのランプがやけに近い。無意識に足を動かすとすかっと空気を蹴って、体のバランスが崩れた。


「うわわわわわ!!」


 慌ててパニック状態になり、思わず差し出されたものにしがみついた私に何の罪があろうか。サラフさんの腕をガシッと掴み、そしてそのままサラフさん自身にしがみつく。しがみついた腕を起点として、空気を掻いていた足がゆっくりと下がってきた。伸ばしていたつま先に硬くて平たい感触が触れて、じわじわとブーツの裏が床に着く。サラフさんの首元にしがみついていた腕は、高さに負けてちょっとずり落ちた。そのせいで床を探っていた左足の膝がカクッと曲がってしまい、バランスを崩し掛けたところで背中をグッと支えられる。

 ふわっとお香に似た香りがしたと思ったら、低い声が耳に囁いてきた。


「大丈夫か」

「は、ハイ……」


 いつも通りの重力を感じられるようになると、私の脳内に現実が入り込んでくる。

 体がそこそこの高さに浮いているという前代未聞の状態にパニックになってしまい、よりによってサラフさんに思いっきりしがみついてしまった。確か階段で躓いてそのまま落下しそうになっていたはずなのに、なぜこんなことになるのか。なんか奇妙な浮いた感覚があったのは、もしかしてサラフさんが呪力でなんかしてくれたのだろうか。呪力すごい。ていうか早く離れた方がいい気がする。いつまでもしがみついてちゃいけない気が。


「ロブ!! さっさと降りてこい!!!」


 ヒー頭のすぐ上からめっちゃ強い声が聞こえてくるんですけどー……。

 サラフさんめちゃくちゃ怒ってないかこれ。もう動くのすら怖いんですけど。


「えェ〜躓いてすっころんだのは俺のせいじゃないんだけどォ」


 怒りのオーラを真っ向から浴びても気にしないロベルタさんが、のんびり階段を降りてくる足音が聞こえる。と同時に、私の隣にトンと軽い音が聞こえた。


「ユキ、大丈夫?」


 ガヨさんの声だ。3階にいたはずのガヨさんが一瞬でどうやってここに来たのかとかちょっとわからないけれど、心配しているのはわかった。声の方を向くと見せかけてさりげなくサラフさんから離れようと試みるけれど、聞こえてきた「早くしろ」の声の殺気が強過ぎたので私は限りなく存在感を消すしかなかった。ガヨさんがいる方向には手でサムズアップを送っておいた。






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