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世の中物騒だと覚えることがたくさんある件9

 もう一度人攫いに遭遇したら前回と同じく捕まる確率が高く、そして数ヶ月のうちにはその人攫いの原因になりそうな届出を王城に出しにいかないといけない。

 やっぱ詰んでるな。


「総長、ユキをいじめないで」

「いじめてねえが」


 ぎゅっと手を握る感覚がして、顔を上げるとガヨさんがサラフさんを睨んでいた。眉を寄せたサラフさんとじっと睨み合ってから、黒い目がこちらを見上げた。


「ユキは大丈夫」

「ガヨさん……」

「私が鍛える」

「ありがとうご……え? なんて?」


 私の手を握るガヨさんの手が、心なしかガッチリと力が込められている気が。


「おいやめとけ。ユキを殺す気か」

「そうですよ。こんなズブの素人にあなたの指導は上級過ぎます」

「できる」


 なんかサラフさんとカイさんが総出で止めに来てるんですけど。

 なぜそんなにも確信めいた「できる」を発するのですかガヨさん。


「あの、ガヨさん……私はまずカイさんの指示通りに逃げる練習をしようかと」

「できる」

「やめなさいガヨ。あなたはそもそも追い詰める専門で、逃げることについては知らないでしょうに」

「できる」


 ガヨさんが「できる」しか言わなくなってしまった。しっかり私の手を握っているガヨさんは、私を鍛えるという使命感に囚われてしまったようだ。ありがたすぎて明日からが不安。

 結局、身を守るための練習についてはカイさんの指導のもとでガヨさんに手伝ってもらうということで一件落着した。ガヨさんは不満そうな顔をしていたけれど、カイさんが「少しお説教が必要なようですね」とそのまま引きずってどこかへと行ってしまう。


「お、おやすみなさーい……」


 去っていくふたりに挨拶すると、カイさんがちょっと振り返って「良い夜を」と言い、そのカイさんに首根っこを掴まれてズルズル引き摺られているガヨさんが手を振りかえしてくれた。お説教、大丈夫だろうか。


「おい」

「ハイッ」

「行くぞ」


 振り向くと、サラフさんが階段に足を掛けていた。そのままの状態でこっちを見ているので、私を待っているようだ。慌てて近付くと、私に合わせて階段を登り始める。

 夜のお屋敷はどことなく不気味だ。上まで続く吹き抜けも、昼間はステンドグラスから日光が入って明るい雰囲気だけれど、夜はランプやロウソクの灯りで影が揺らめくのでちょっと怖い。サラフさんがいてくれてよかった。

 踊り場で曲がり、さらに階段を登る。3階に近付いてちょっと息切れを感じてしまい、こっそり深呼吸しながら階段を登っていると、不意に声が降ってきた。


「いじめてねえ」

「えっ?」

「いじめてねえだろ」


 サラフさんを見ると、青い目がこっちを見ていた。その目がなんとなく気遣わしげに見えるのは私の気のせいなのだろうか。

 もしかして、ガヨさんがさっき「いじめないで」と言っていたので気にしていたのだろうか。


「あ、いじめてない、です。あの、サラフさんは事実を言っただけだと思うので、気にしないでください」


 確かにズバッと言うなーとは思ったけれど、私の心に刺さったのはもろもろ詰んでる事実だけであって、サラフさんがどうこうというわけではない。

 サラフさんは目付きが恐めだし言い方もぶっきらぼうに聞こえるけれど、特に悪意があって睨んでいるわけでも、脅すために声を低くしているわけでもないことはここ数日で段々わかってきていた。


「サラフさんは今日のお昼みたいに助けてくれるし、むしろ親切にしてくれていい人だなーと思ってます」

「いい人ではねえっつってんだろ」

「あ、スイマセン」


 いい人認定は嫌なようだ。なぜ。いい人なのに。ちょっと不満に思いつつ見上げたら、サラフさんが小さく息を吐いて歩みを止めた。私の方が2段先に登ってしまったので、サラフさんとの身長差が縮まる。濃くて綺麗な青い目が、真っ直ぐに私を見ているのがわかった。


「言っとくが、俺は一切抑制を感じるものがない。人間相手でも呪力を使える。そういう人間がいい人か?」


 その人の観念や倫理観が、呪力を抑制するという。

 人を傷付ける可能性のある呪力を使えるということは、サラフさんには人を傷付けてはいけない、という観念がないということなのかもしれない。

 

「……でも、あの、反撃するのにも抑制は邪魔になるってサラフさん言いましたよね。助けてもらったとき、サラフさんが戦ってくれなかったら、私はどっかに売られてたし、生きてなかった……かもなので、助けてくれたサラフさんは命の恩人です」


 人攫い集団からしたら、あの日のサラフさんや部下の人たちは、襲撃してきた敵だったかもしれない。けど、私からしたら命の恩人だ。

 誰かを攻撃することは、ない方が本当はいいのは当然だけど、悪いことを考えている人たちがその理想に賛同してくれるとは限らない。そうなったときに、身を守るために戦うのは悪いことだろうか。


「あの、だから、少なくとも私にとってサラフさんはいい人です……」


 サラフさんは呪力がとても高いらしい。それで人に対しても呪力を使えるなら、戦闘能力も高いのだろう。でも、それとは別に、サラフさんは親切だ。夜中に他人を部屋に招いてトイレを貸してくれたり、その後長時間泣いたのに黙っててくれた時点でそれは揺るぎないと思う。

 私がそういうと、サラフさんはしばらく何も言わないまま私を見ていた。サラフさんの目はとても綺麗なので間近で見られるのは嬉しいけれど、眼力が強いしなんか恥ずかしいのであんまりじっと見られると困る。

 チラチラ視線を彷徨わせながら様子を窺っていると、サラフさんがふっと笑った。


 笑った。

 標準装備かな、と思うような眉間のシワもなく、悪どいことを考えていそうなニヤッとしたものでもない。ちょっと眉尻を下げて目を細めた柔らかい微笑みは、それはそれでサラフさんに似合っていた。いつもはミステリアスな肌の色や感情の読めない唇も、笑うと親しみやすくて優しい感じになる。


「意外と頑固なやつだな」

「が、頑固というか、私はそう思うというか、サラフさんは普段も優しいといいますか」

「カイあたりに言うと病気扱いされるぞ」


 ぐっとサラフさんが近付いて、心臓がぎゅっとなった。

 距離が近くなったサラフさんは、私の頭に手を伸ばす。ぽんと軽く触れてから、そのまま私の横をすり抜けて1番上まで登っていった。見上げると、口の片側を上げるように笑う。


「ユキ、早く寝ろ」

「……あ、はい。おやすみなさい」

「おやすみ」


 片手を軽く上げて、サラフさんは右側の廊下を歩いていってしまう。小さくドアの音がするまで、私は階段の中途半端な位置で突っ立っていた。

 サラフさん、笑った。頭ポンした。おやすみって言った。


 ゆっくり手を伸ばして、頭の上にあるヘッドドレスを触れてみる。 

 なんかむず痒い気がして、私は慌てて階段を登った。躓いてこけそうになった。






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