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世の中物騒だと覚えることがたくさんある件7

 左手をまっすぐ上に伸ばす。廊下の一番奥、壁の高い部分にあるランプに手のひらを向けながら、私は力を込めた。

 ぐぐぐ、と震えるほどに力を入れつつ、ランプの中を凝視する。


「フン……! ヌ〜……!! いや無理」


 力を抜いて息をしていると、パッと光が降り注いできた。

 見上げると、ランプに火が灯っている。すぐに振り向くと、階段のところでサラフさんがこっちを見ていた。


「サラフさん、お帰りなさい!」

「ああ」


 近寄って頭を下げると、サラフさんは首に手を当てて腕を回しながら頷いた。

 このお屋敷に来てから今日で5日。

 呪力を使う練習をしたり花瓶に花を活けたりしながら、私は順調にここの暮らしに慣れてきていた。


「何遊んでんだ」

「イエ遊んでたんじゃなく、ランプに火をつけようとしてたんですけど……」


 サラフさんは視線を私の横にずらすことによって疑問を投げかけてきた。

 壁に立てかけてるのは、3段の脚立である。ランプの火を灯すために使うはずの道具だ。それを使わずに何してたんだと言いたいようだ。


「あの、離れた場所からできないかなって……前にサラフさんもおっしゃってましたし……」


 呪力が強いと、離れた場所からでも何かを操作したりできるらしい。サラフさんは自分の部屋のシャンデリアを手も伸ばさずに点けていたし、カイさんも廊下を歩くだけでランプに火を入れることができる。センサー式みたいに点いていくのでそれがちょっとかっこいいのだ。できるようになったらきっと楽しいし、いちいち脚立を持って移動しなくていいので時短にもなる。

 そう思って練習しているのだけれど、今のところ、私は15センチ以内の距離じゃないと火を灯すことができないでいる。

 歩いて勢いをつけてから手を突き上げてみたり、じっと手のひらを向け続けてみたり、パワーを込めてから押し出すように近付けてみたりと色々したけれど、全てが徒労だった。というか、そういう変な動きももしかして見られていたのだろうか。だとしたら恥ずかしい。


「今日こそできる気がしてたんですけど、やっぱり呪力がそんなにないのかもしれません」

「分けた呪力使い切ったのか」

「いえ、まだ模様はちゃんとあります」

「ならできるだろ」


 左手を開いて見せると、サラフさんが眉を寄せた。

 訝しげにこっちを見てくる青い目は、サラフさんとガヨさんに分けてもらった呪力の分だけ遠く離れても出来るはず、と言いたいようだ。

 ですよね。私もそう思うんですけど。離れちゃうとやっぱり全然ムズムズしてこないというか。呪力とか今まで縁がなかった人生だったせいといいますか。

 私が心の中で言い訳していると、サラフさんがおもむろに手を伸ばしてきた。


「来い」

「えっ」


 開いていた左手の手首をサラフさんが掴む。そのままくるっと半回転させられて体が後ろを向き、握られたままの左手が上の方へ持ち上げられた。ふわっと香水の匂いが鼻を掠める。


「目標にしっかり集中しろ。感覚がわからないなら手をまっすぐ向けろ」

「ぬっ……?!」


 低くてよく響くいいお声が、右耳のすぐ近くから聞こえてきた。

 なんか、なんか右の方に顔がある気がするんですけど。右肩に手を置かれてる気がするんですけど。背中側に気配を感じる気がするんですけど。


「おい、しっかり見ろ」

「ハイッ」


 ぎゅーっと後ろの方に向いていた意識を、必死に前へと方向転換させる。見上げると、視界の真ん中に廊下の上に作り付けられているランプがあって、その隣に私の手。そしてその手首を握る大きな手。

 どういうこと。


「見とけ」

「ハィ……」


 考えると意識が四方に飛び去ってしまいそうなので、私はひたすら固まって前を眺め続けた。しばらくすると、手首にムズムズした感覚がしたかと思ったらそれが手のひらに伝わって、それからランプが光り始める。


「ついた……」

「わかったか」

「えっ、はい、えっと、えー」

「わかってねえだろ」


 相変わらず右耳にダイレクトに聞こえてくる声に狼狽えていると、サラフさんが私の注意散漫を見抜いた。さすが総長である。総長関係あるかわからないけど。

 褐色の手が動いたので、握られている私の手も動く。今点灯したランプの隣に狙いが定まった。しっかり見てろと言われて小刻みに頷くと、また手首と手のひらがムズムズして廊下が明るくなる。


「次はどれだ」

「えっ?! 次、じゃあ、あの、その隣のやつで……」

「狙ってみろ」


 今度はサラフさんの手がついたままの左手を、自分の意思でちょっとずらした。サラフさんが無言のままなので自分でやれってことだと解釈する。

 火の点いていないランプを凝視しつつ、左手に力を込めてムズムズを待つ。

 なんか気まずい。

 湧いてくる雑念に苦労しながら力を込めていると、手首と手のひらがムズッとしてランプの中に火が揺らめいた。


「よし」

「よ、よし……でしょうか」


 今、サラフさんがまたアシストしてくれた結果なのでは。


「他もやってみろ」

「はい」


 それからサラフさんは、3階廊下のランプを全て点けるまで手伝ってくれた。最後のランプを点け終わると「よくやった」という言葉とともに、ぽんと右肩が叩かれる。

 正直、サラフさんの気配が大きすぎてよくわかってなかったしほぼサラフさんが点けてくれていた気がするけれど、褒められたのは嬉しい。


「ありがとうございます、サラフさん」

「何度も言うが、力は抜けよ。息も止めんな」

「が……頑張ります」


 拳を握って頷くと、疑わしげな目をされた。

 サラフさん、正直力抜くほうが難しいです。






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