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世の中物騒だと覚えることがたくさんある件6

「あの、私この世界に来てすぐ人攫いの人たちに攫われてたし、特に知り合いとかいないし、ていうか王城とかもわかってないし偉い人にコネもないし、あと私がここにいるって知ってる人だってそんなにいないっていうか」

「落ち着きなさい」


 向かいに座るカイさんに言葉で宥められ、隣に座るガヨさんはナイフで丸い果物に穴を開けたものを渡してくれた。受け取って飲む。美味しい。食事中なのに甘いもの食べてしまったとか今ガヨさんナイフどこから出したのとかを飛び抜けて、美味しい。ちょっと落ち着いた。ガヨさんにお礼を言うと、無表情のまままたポケットから同じ果物を取り出して置いた。ガヨさんのポケットってもしかして農園と繋がってたりするのかな。

 私が大人しくなったので、カイさんが話を再開する。


「順当に考えると、昨日の闇市場にいた者の仕業でしょうね。逃げおおせた客の中に貴族とコネのあるものがいたか、それとも人売りの元締めか……もしくは、捕らえられていた者か」

「そんな……」


 最後の可能性はないと信じたい。あの地下牢に入れられた人たちはみんな、人攫いたちからお互いを守るために協力し合っていた。助けられた記憶はあるけれど、恨むようなことをしていた人はいなかったし、私もしていない、と思う。たぶん。それに、あの中に私がどこに連れていかれたのか知っている人もいないはずだ。

 人攫いの集団の誰かか、あの人身売買会場に集まっていたお客さんのうちの誰かが、抗争の腹いせにチクったのだろうか。


「ともかく、昼間騒がしかったのは王城の使いが来ていたせいでした。ユキには不自由な時間を過ごさせましたが、今連れ去られるとあなたも困るので」

「あ、あれ、私のせいだったんですか……」


 物音と声が騒がしい「客」は、私の情報を掴んでやってきた王城の人だったようだ。だからサラフさんは外に出るなと言い、ガヨさんも様子を見にきてくれたのかもしれない。

 ここに来る途中で通った廊下も階段も、特に荒れた様子はなかった。けれど考えてみると、カーペットや飾られているものが昨日と変わっていたような気がする。それはやっぱり、やってきた人と争いがあったせいではないだろうか。


「すみません、私のせいでそんな人たちと揉めることになってしまって」

「あ? ユキのせいじゃねえだろ」


 申し訳ない気持ちになって謝ると、きっぱりした答えが返ってきた。顔を上げると、サラフさんがこっちを見ている。


「あの程度のことは飽きるほど起きてる。狙われた異世界人はユキだけじゃねえからな」

「そ、そうなんですか」

「総長の言う通り。今日の騒ぎなど大人しい方です。もう少し大規模に襲ってくれればいい暇潰しになるのですが」

「そ、そうですかね……」


 サラフさんの言葉にちょっと安心し、カイさんの言葉に安心を超えてちょっと不安になった。

 争いって暇潰しのカテゴリーに入るものだったかどうかは置いておいて、気にするなと言ってもらえるとお世話になっている身としては罪悪感が減った。


「そういうわけですから、あなたは明日から最低限の護身術を習得することを優先なさい。流石に届出を半年延ばすのは難しいでしょうから、2ヶ月を目標にします」

「はい」

「それからくれぐれも知らない者についていかないように。庭周りの仕事は届出を無事終えてからにしましょう」

「はい、よろしくお願いします」

「ここでは細々した仕事を得意とする者が少ないですからね。期待していますよ」

「はい!」


 お世話になっている上に王城から庇ってもらっているとかかなり肩身が狭いので、労働力として求められていると私としてもとてもありがたい。

 やることはいっぱいありそうだけれど、それでも地下牢でひたすら膝を抱えていたことを思うと忙しい方が嬉しいと思えるくらいだ。材料として狙われるとか王城に届出とか色々怖いけど、だからこそ、このお屋敷にいられることが、自分以外の異世界人の人がいて何が危ないのかどうすればいいのか教えてもらえることが、どれだけラッキーなことかわかる。


「あの、サラフさん、カイさんもガヨさんも、助けてくれてありがとうございます。いきなり異世界に来て色々あって困ってたけど、いい人たちに出会えて本当によかったです。あの、最初のアレがあの……ちょっと乱暴な感じだったので、ここの人たちも危ない人かと思ってました。誤解していてすみません」


 いきなり人攫いに乱暴に攫われて、地下牢に閉じ込められてぞんざいな扱いを受けて。正直言うと、私はこの世界に対して何の希望も抱いてなかったのかもしれない。どんな人も悪い人なんじゃないかと疑っていた。どうせひどいことが起こるんじゃないかと思っていた。

 でも、サラフさんたちなら、信じられる。

 この世界にもいい人たちがいるんだって、信じられる。


「……別にいい人ではねえよ」

「エッ」


 喜びと希望で胸いっぱいになっている私に、サラフさんが眉を寄せて言った。

 そしてガヨさんとカイさんも頷いている。


「まあ、極悪非道というわけではありませんが、我々も利益のためには手段を選びませんし」

「エッ」

「当然のことでしょう。敵の拠点に穴を開けて殴り込みに行く善人がいますか」

「あっ」


 そういえば、轟音と共に開けてたなー、穴。

 親切にしてもらって色々助けてもらって感謝の気持ちで忘れてたけど、抗争してたなー。


「ユキ、騙されやすい」

「そうですよユキ。ちょっとやそっと親切にされたくらいで人を信頼してどうするんです? そんなことではすぐにまた攫われますよ。もっと人を疑うだとか、心を許したふりで内心は猜疑心で一杯だとかそういう風になりなさい」

「エェ……」


 なぜか説教される形で、その日の夕食は終わった。

 サラフさんたちが一体どんな人たちなのか、結局この日もよくわからないままだった。






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