世の中物騒だと覚えることがたくさんある件4
複数人とテーブルで食事するのは久しぶりだ。
「味はどうです?」
「すごく美味しいです。お肉が柔らかいし味も染みていていくらでも食べられそうです」
「そうでしょう。朝から仕込んだものですからね。素材も厳選していますし」
「カイさんが作ったんですか?」
「勿論。他人が作ったものなんて何が混入しているかわかりませんから」
サラッと殺伐としたことを言われたけれど、とりあえずお肉は美味しかった。牛肉だろうか、デミグラスっぽいソースがたっぷり絡んでいて、フォークだけでホロホロと崩れるほどに柔らかい。小さいじゃがいも的な野菜もホクホクだった。小さいパンも皮がパリッと硬くて中は適度に柔らかい。カイさんはもしかしてパンも焼くのだろうか。
「やはりきちんと味の感想を言う者がいるといいですねえ。うちの人間はどれだけ美味しいものでも当然とばかりに食べるだけですから。総長もガヨもユキを見習うべきです」
カイさんのチクリとした言葉も、鉄のハートを持つサラフさんとガヨさんは平然とスルーしようとしていた。この人たちの心臓ってやっぱり鉄なの?
私が間に入るべきかと視線をさまよわせると、カイさんが溜息を吐いて首を横に振った。
「全く無口で。ここで暮らしていたら異世界人は無口なのが普通じゃないかと思ってしまいますよ」
「エッ?!」
「素っ頓狂な声を出すのはおやめなさい」
「スミマセン」
じろりと睨まれたので、私は心を落ち着けるためにグラスに口を付けた。お茶だ。飲みやすい。
「……あの、サラフさんとガヨさんも異世界人なんですか?」
「もちろん。ここで働いているものの8割方は異世界人ですから」
「そうなんですか?! あ、すいません静かに喋ります」
カイさんの片眉が動いたので素早く謝ってから、私はサラフさんとガヨさんを見比べる。
褐色の肌を持つサラフさんに、黒髪黒目のガヨさん。この異世界で何が普通なのか、何がそうじゃないのか知らなかったから気付かなかったけれど、2人ともが私と同じように異世界から来た人だったらしい。
全然思いつかなかった。というか、てっきり現地の人だと思い込んでいた。
「あの、カイさんは……?」
「私はこの世界で生まれ育った人間ですよ」
つまり、今ここで食事をしているメンバーの中で、カイさんだけがこの世界出身ということになる。なんだか不思議だ。
「サラフさんとガヨさんは、それぞれ別の世界から来たんですか?」
「ああ」
サラフさんとガヨさんが頷く。特に口を開かない2人の代わりにカイさんが説明を引き受けてくれた。
「この世界は異世界人がたまに現れますが、同じ世界から来る者はほぼいませんね。異世界人が多いここでも数えるほどしか」
「そうなんですか……じゃあ、世界? って沢山あるんですね……」
日本で住んでいたときは、そういう想像をしないほど、世界はひとつだった。別世界という言葉はせいぜい、ものすごいお金持ちとか、全く気候の違う大陸とか、遠く離れた銀河とかを指していただけだ。本当の違う世界があるなんて実際に来てみなければわからなかったし、地球ともこことも違う世界が沢山あることについては聞いてもやっぱりピンとこない。
「異世界人に共通していることは、呪力が高いことです。元々そういった素質のものがここへ来るのか、それともこの世界へ来る過程でそうなるのかはわかりませんが、概ねここの平凡な人間よりは呪力を多く擁しています」
「だから狙われるんですね。……あの、私にもあるんですか?」
「ありますよ。総長やガヨのように元の世界でも呪力を使っていた者ほど高いことはないでしょうが、おそらくは私と同等くらいにはあるはず」
「自分では全然わからないし、お手洗いを開けるのもガヨさんに呪力を分けてもらってできるようになったんですが」
「呪力を?」
首を傾げたカイさんに私は頷いた。
ガヨさんにもらった呪力もサラフさんにもらった呪力も、使うときには手のひらがムズムズする。輪ゴムを手のひらに置いて指で転がしたときのような、痛くもくすぐったくもないものだけれど、そんな感覚を私は日本で感じたことはない。それこそ輪ゴムを実際に触っているときくらいだ。
フォークを置いて、左の手のひらを見る。唐草模様っぽいものと花っぽいものが浮かんでいるので呪力を使えてもコレのおかげだと納得できるけれど、この模様がない状態ならできる気がしない。というか、実際できなかったし。ロウソクの火点かなかったし。
「使えないのは、今まで使ったことがないせいでしょう。練習すれば使えるようになりますよ。稀に使えないままの人もいますが」
「エッ……あの、使えない人でも呪力はあるんですよね?」
「そうですよ」
カイさんが優雅に口元を拭いつつ頷く。
「使えないままでもその、材料として狙われるんですよね。呪力自体はあるなら」
「そうなりますね」
「なんかそれ理不尽すぎやしませんか」
「私に言っても仕方ないでしょう」
自力でトイレにも行けず、ロウソクも点けられず、なのに知らない人から無条件に狙われるとか難易度高すぎないか。もし私も使えないままだったらどうしよう。今は好意で分けてもらっている呪力も、数年数十年と繰り返していたら流石にウザがられるのでは。ていうか私、数年後もこの世界にいるんだろうか。
「そんな顔をせずとも、感覚を掴む練習をしていれば大体は大丈夫ですよ」
「大体……」
カイさんが慰めになっているようななってないような言葉をかけてくれた。その気遣いは嬉しいけれど、こちとら平々凡々な人生を送っていたただの日本人である。呪力とかもうそんなの全然聞いたことがないし、私が操れるのではないかと思ったことがあるのは静電気くらいだ。しかも冬限定。
成績も普通、大学のランクも普通、バイトの時給も普通、ついでに育った家庭だって普通である。親戚に霊能力者がいたとかそういうこともない。飼ってた猫も猫又になったりもしなかった。
できるのだろうか、そんな私に。




