異世界に来てからというもの運がものすごく悪い件3
全っ然助かってなかった——!!
気付きたくなかった事実に冷や汗を流していると、部下の人たちが女の子を促して歩かせ始めた。
まあ、仕方ない。地位は変わってないとはいえ、私が競売にかけられる日は今日これからということはないだろう。……ないよね?
手枷も外したということは、もうちょっと人道的な扱いをするタイプの人身販売の人かもしれない。……オリジナル手枷をするために外したとかじゃないよね?
さっきから私の心の中のポジティブが立ち上がるたびにネガティブがワンパンしてくる。
考えたって仕方ない。今度は手枷なしでありますようにと願いながら、私も女の子たちの列にそっと紛れることにした。
「おい、お前は別だ」
「ヒェッ」
失敗した。ガシッと肩を掴まれて前にも後ろにも進めなくなる。ネイがそれに気が付いて近付いてきてくれたので、私は心の中で念じる。
ダメだよネイ、マフィアのボスに目を付けられる前に行くんだ。私はもうダメだ。
ウソ無理行かないで。なんで私だけ別扱いなの。やっぱり即売会行きなのか。
「他に異世界から来た奴はいるか?」
低くて妙に迫力のある声でボスが言うと、女の子たちがお互いを見回すようにしながらかぶりを振る。ネイも少し驚いたように私を見ていた。そりゃそうよね。攫われた先の地下牢でちょっと喋った相手が実は異世界人とかどんな天文学的確率だよってなるよね。
「よし、残りは連れていけ。後のことはわかってるだろうな」
部外者としては後のことがどうなるのかは全くわからなかったけれど、ボスの声にハイというかオイみたいな勢いのいい返事をした部下の人たちは、私を残して女の子たちを連れていってしまった。ネイが振り返り振り返り角を曲がっていく。
ああ、ネイ。心配してくれてありがとう。本心をいうと全力で助けてほしいけど無理っぽいしせめてネイだけでも元気でいて。でももし何かのチャンスがあったら私のことも思い出して助けて。
去っていくのを見守ってから、マフィアのボスが歩き出す。肩を掴まれたままの私も歩き出す。ボスの手、めっちゃでかいな。私の肩を余裕で掴んでいる。逆らうと余裕で握りつぶされそう。ちょっと小走りになりながら、足の長いボスに遅れず早すぎずを心掛けながらついていく。舞台袖から観客席に出ると、いつの間にか人身売買ショーの観客も売る側も全員が昏倒しているか捕縛されていた。怒りのままに捕まえた側を罵倒している人や、うなだれている人、人生終わった的な笑いを浮かべている人など様々だ。
散乱した椅子を避けながら歩いていると、いきなり足首を掴まれた。倒れていると思っていた人が、憎しみなのか怒りなのか顔を歪ませて手を伸ばしている。その見上げる目と目が合ってしまった。
しかし次の瞬間には、私の足首を掴んだ人の腕が大きな靴にめいっぱい踏まれていた。叫び声を上げた人を足蹴にするように転がして、マフィアのボスが私の肩を押す。
一連の出来事が、悲鳴を上げる暇もなく行われた。
「まだ動ける奴もいる、端を歩け。……怖いか?」
怖かったっちゃ怖かったですけど、どっちかというとあなたの方が怖いッス。
もちろん(生存本能に)正直な私は、ブンブンと首を横に振った。壁に張り付くように移動することにする。テーブルやら椅子やらが転がっていると、ボス様がわざわざご丁寧に蹴り上げて道をお作り下さった。
テーブル蹴るってどういうこと? 脚力強すぎない? 足痛くないのかな。マフィアはみんな安全靴履いてるのかな。チラチラとマフィアの靴を気にしながら、大きく空いた穴から出る。
「うっ」
捕まってからずっと地下のロウソクくらいしか見ていなかったせいで、晴天の陽光が痛いほど眩しかった。薄着のせいか風は涼しいけど、日差しは結構暑かった。夏なんだろうか。この世界に来たときはどうだったか思い出せない。
外には、中に入ってきた人たちの何倍もの人がいた。
雑草がのびて荒れ放題の地面を広く囲うように、ぼろぼろだけれど高い塀がある。そこも何箇所か穴が空いていて、馬車のようなものが何台もあるのが見えた。金属板でできた門扉も盛大にひしゃげている。戦車でも使ったのだろうか。
「来い」
掛けられた一言で私は素早くキョロキョロをやめ、悠々と歩くマフィアのボスについていく。ボスが通るたびに、作業をしていたり話し合っていた人たちの誰もがパッとこちらに注意を向け、軽く頭を下げる。どの人も緊張感を持って通り過ぎるのを待っているように思えた。
やっべー……。この人、マジでボスなのでは。ボス中のボスみたいな人なのでは。道理でめちゃくちゃ強いはずだ。いや、本当に偉い人は本拠地で革の椅子とかに座りつつブランデー飲みながら猫撫でてたりするはずだ、多分。実行部隊長みたいな人だろうか。
売られている最中だったために、そんな人に目を付けられてしまうとは。この先、失敗が即命の危機に繋がる気がする。異世界って怖い。
「乗れ」
また声をかけられて、私は顔を上げた。目の前に白くてでっかい馬車がある。屋根もあって、窓もあるけれど、カーテンが閉められていて中の様子はわからなくなっていた。
馬車を見て、それから隣にいるマフィアのボスを見上げる。じっと見下ろされたので、恐る恐る目の前の白い馬車を指さしてみると、頷かれた。部下のひとりが素早く近寄ってきてドアを開ける。
これに乗れということらしい。
今までの人生で残念ながら馬車とは縁がなかったけれど、この馬車は結構高級そうな気がする。そんなのに私みたいなのを乗せていいのか。馬車とセット売りにして少しでも高く売り捌くつもりだろうか。もしくは中に既に異世界人購入希望者がいてそのままお払い箱だろうか。
考えていると「乗れないのか」と凄まれたので、私は慌てて白い馬車にしがみついて乗り込んだ。馬車は車輪が大きく、ステップが私の膝よりも高い位置にあったけれど、乗れないなどと不満を言って「なら地獄行きの馬車に乗れ」とか言われても困る。よじ登るような形になりつつ、中に向かい合わせになっているベンチのなるべく端に浅く座った。
中には誰もいない。内側が深い青色に塗られていて、なんか高級そうな雰囲気だ。
マフィアって金回りいいんだなあと思っていると、ギシッと馬車が揺れてヌッと金髪が入ってきた。口を一文字に引き結びながら自分の膝に視線を固定していると、隣にどさっと座る気配がする。視界の端で長い足が悠々と組まれると、なんか香水っぽい匂いがした。
マジでか。
「行け」
そう大きくもない一言で、馬車がゆっくりと進み出す。ガタガタと体を揺らそうとしてくる馬車の揺れに必死に耐えながら。私は握った自分の拳をじっと見つめていた。
馬車の中には私とマフィアのボス。
……マジでか。